東京高等裁判所 昭和47年(う)1298号 判決
被告人 益子政史
〔抄 録〕
しかし、わいせつ文書の著作者と右文書の出版販売業者との間の刑法上の共犯関係について考えてみるに、著作者は著述を完成し、出版販売業者は右著述を出版販売するものであって、著述行為と出版販売行為との両者が協力して、それぞれ分担するところを完了しなければ、当該わいせつ文書の出版販売を実現することができないものであるし、著作者は特別の事情の存しない限り、自己のわいせつ文書がそのまま出版されることを知悉しているものというべきである。そして、この協力はいろいろあるべく、著作者の協力の程度いかんによっては、著作者が幇助犯の責任を負うにとどまる場合のあることも否定することはできないが、少なくとも著作者が出版販売業者の要請を容れて完成したわいせつ文書を引き渡し、出版販売業者がそのままこれを出版販売し、その文書が「わいせつ文書」と認められる場合には、著作者と出版販売業者との間には、わいせつ文書販売罪についてのいわゆる共同加功の意思と行為の分担が当然存在し、刑法第六〇条の共同正犯の成立があるものといわなければならない。(昭和二七年(う)第一一六七号同年一二月一〇日当裁判所第二刑事部判決、高刑集五巻一三号二四五八頁参照)。そして、著作者と出版販売業者との間に右のような共同正犯の成立があるときは、著作者が販売業務に一切関係しなかったり、販売利益を収受しなかったとしても、右共同正犯の成否にはなんら影響を及ぼさないものと解すべきところ、原判決挙示の関係証拠を総合して考察すれば、被告人と日本出版センター代表者山北典男相互の間に原判示わいせつ文書を出版販売することにつき共同犯行の認識のあったことを含めて、原判示第一の事実をゆうに肯認することができるのであって、記録を精査し、当審における事実取調の結果によっても、これを覆すに足りる証拠はない。そして、被告人が所論のように販売業務に関係せず、販売利益を収受していないとしても、右山北との共同正犯の成立にはなんらの影響がないことは前説示のとおりである。したがって、原判決には、所論のような事実の誤認はないから、論旨は理由がない。
(真野 吉川 岡村)