東京高等裁判所 昭和47年(う)1550号 判決
被告人 李錫雷
〔抄 録〕
次いで所論は、仮りに被告人が帆苅を殴打したとしても、被告人の当時の内妻朴福順に対する暴行を阻止せんがために已むを得ずしたことであって正当防衛であり、若し刑法三六条一項の要件を欠いても盗犯等の防止及処分に関する法律一条一項二号、三号による正当防衛行為であり、仮りに被告人及び朴福順に対する現在の危険を認め得ないとしても、新本、帆苅らの執拗な暴行、脅迫行為に対する恐怖、興奮状態で行ったものであるから、同法条二項に該当して罰せられないと主張する。しかし記録によれば、朴福順らと帆苅とが揉み合う状態の中で朴が帆苅に突飛ばされて転倒したことは認められるが、その頃には植松巡査が現場に来ており、同巡査は帆苅らの携えて来たバールを危険と考えて取上げていることよりしても、同巡査の面前で更に同女の身体に対する侵害が急迫した状態にあったとは認められず、また被告人は未だその現場に現れていないのであるから、その身体に対する侵害が問題にならないことはいうまでもない。そしてそのことは同時に盗犯等の防止及処分に関する法律一条一項の「現在の危険」にも当らないから正当防衛の主張はいずれも理由がない。更に同法条二項に該当するかを検討すれば、同条項は不法な住居侵入等前項各号所定の事態に当面した者が、そのために恐怖、驚愕、興奮または狼狽して平静を失った精神状態で、現場において、被害者を殺傷した場合、現実には人の生命身体または貞操に対する現在の危険がなかったとしても、冷静に事態を判断して行動することを期待することは無理であるため、その錯誤に出た防衛のための殺傷行為につき刑責を問わないとするものである。即ち人を殺傷するという客観的には重大な侵害行為について刑責を否定する異例のものであるから、同条項の適用ありとするためには、所定の要件は厳密に吟味されることを要し、行為者の恐怖、驚愕、興奮、狼狽は、現実に採られた殺傷行為が已むを得ないとして一般に宥恕され得る性質、程度のものでなければならない。右の見地に立って本件をみれば、新本、帆苅らが門扉を破壊して被告人方住居に侵入した事実は認められ、被告人が憤慨して或程度の興奮状態にあったことは十分推認し得るが、本件は民事紛争に基因する白昼公然の事態であり、被告人は当初、家族らと帆苅らとが内玄関の内外において押問答をし、揉み合っている状況を屋内にあっては窺っており、私憤を晴さんがため、機を見て現場に飛出して本件犯行に及んだものであって、同条項にいう恐怖、驚愕、興奮または狼狽した状態にあったとは認められない。
(高橋 寺内 千葉)