東京高等裁判所 昭和47年(う)3484号 判決
被告人 座間一好
〔抄 録〕
そこで、被告人の殺意の有無を検討してみるのに、(1)まず、本件犯行の態様は、兇器である果物ナイフは、刃渡り九・五センチメートルで先のとがった刃物であって、その性状からすれば、これを人の身体の枢要部に突き刺せば致命傷を与え得るものであるが、被告人が捜査官に対し、「ナイフだけではやられると思い、竹棒も持った。」と供述していることからすると、被告人としては、果物ナイフの兇器としての危険性についての認識が十分でなかったと認められること、右果物ナイフは、石森から「ヤッパを持って来い。」と言われたので、取りに帰ったものであって、当審における被告人質問の結果によれば、持ち出す際は自分で使うという確定的な意思があったわけでもないと認められること、被告人は阿久津を追いかけているうち、同人が立ち止まって後ろを向いたとき、そのままぶっつかるような状態で左上腹部を突き刺してしまったのであるが、当審における被告人質問の結果によれば、被告人は、一旦、阿久津と相対峙し、身構えたうえで突きかかっていったというわけではなく、はずみに身体の枢要部である左上腹部に突き刺してしまった状況であると認められ、しかも重ねて刺そうとはしないで左顔面をもう一回切りつけ、長さ四センチメートルの切創を負わせたことが認められる。この点につき、被告人は捜査官に対する供述でも、「私は腹に刺したという感じが余りなかったので、顔面を狙って切りつけた」と述べているのである。(2)次に、本件犯行の動機についてみると、前記の高山と今井の喧嘩は、「ニューすずらん」を出るときは、両名が一対一でやるような状況であって、前記空地においても、被告人は、高山、今井の位置から一〇メートル位離れて見ており、直ちに高山に加勢して今井やその仲間にかかっていくつもりはなく、被告人は、高山が北谷からコンクリートの破片で殴られ、昏倒したのを見て憤激し、高山に加勢し、その仕返えしをする意思を抱くにいたったと認められるのであるが、高山が昏倒したとはいえ、死んだと思ったわけではないから、右の事情は殺意をもつほどの動機としては薄弱であると考えられるのであり、加えて、被告人は、高山を昏倒させたのが現に自分が追いかけて来た男(阿久津)であると思っていたわけではないのである。また、被告人は、阿久津が立ち止まったとき応戦してくるのではないとか考え、機先を制しようという意思がひらめいたことは否定できないが、同人が刃物などを持っていると思っていたわけでもないと認められる。(3)さらに、被告人は、阿久津の顔を切りつけたときその流血に驚ろき、同所に来た石森から果物ナイフを貸せといわれたけれども、同人がこれを使用するかも知れないことをおそれて最後まで渡さなかったのである。
以上の諸事実を総合して判断すると、なるほど傷害の部位程度は重大であるけれども、被告人において阿久津が死亡するかも知れないことを認識し、かつ、死の結果を認容して本件犯行に出たものと断定するにはたぶんに躊躇されるものがあるといわなければならない。
もっとも、原判決が挙示する被告人の捜査官に対する各供述中には殺意を認める趣旨の供述部分が散見されるけれども、これらを仔細に検討してみると、いずれもきわめて誇張した表現であって、にわかに信用しがたいばかりでなく、これらは右に説示したような本件犯行に至る経過および犯行の動機、態様、犯行後の状況等の客観的状況と符合しないものというのほかはない。そして、被告人は原審第一回公判以来終始殺意を否定しているところであって、その他原審記録に当審における事実の取調の結果を加えて検討してみても、本件につき殺意を認定した原判決には深い疑問をさしはさまざるをえない。
(寺尾 丸山 福嶋)