大判例

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東京高等裁判所 昭和47年(う)531号 判決 1974年3月27日

被告人 山口公利

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審における未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入する。

但し、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

押収してある火炎びん二本(東京高裁昭和四七年押第一一八号の四、六)を没収する。

訴訟費用中原審国選弁護人及川信夫に支給した分の三分の一および原審証人岩城正治、同西森一美、同八木才日子、同渡部力男、同金高善五郎、同上原完、同平山茂(二回)、同石川正清、同権田妙子、同寺尾のり子、同田中一夫、同権田茂に各支給した分ならびに当審証人権田茂に支給した分は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人前島正好、同寺光忠、同林宰俊、同富永赳夫、同山下登司夫、同向山隆一、同高野洋一、同中野慶治、同保持清、同野村政幸、同太田惺共同作成名義の控訴趣意書および被告人作成名義の控訴趣意補充書各記載のとおりであるから、これを引用し、これに対して、当裁判所は、記録を調査し、当審における事実取調の結果に基づき、つぎのとおり判断する。

控訴趣意第一(訴訟手続の法令違反の主張)について。

原審が被告人の統一公判要求や弁護人の代表者法廷案をいれないで、いわゆる分割審理をしたことは、所論のとおりである。

しかし、弁論の分離、併合は、原審の自由裁量である。原審が被告人や弁護人の右要求などをいれないで、いわゆる分割審理をしたことが、実体的真実の発見、妥当な刑の量定、審理の円滑な進行、被告人の権利の保護などの点からみて、著しく裁量の範囲を逸脱したものとは認められない。

同第二(訴訟手続の法令違反の主張)について。

原審が被告人の証拠調の請求をすべて却下し、また被告人の冒頭陳述を許さなかつたことは、所論のとおりである。

しかし、証拠の取捨選択や被告人の冒頭陳述の許否は、原審の自由裁量である。原審が被告人の証拠調の請求をすべて却下したことが、その証拠の本件との関連性やすでに取調べた他の証拠との重複性などの点からみて、著しく裁量の範囲を逸脱したものとは認められない。また、本件記録によると、原審は昭和四六年一一月五日の第六回公判期日に被告人側の証拠調の請求は同年一一月末日までに書面ですることと定めたが、被告人側から同期間内に証拠調の請求がなされなかつたこと、その後同年一二月八日に至り、被告人から証拠調の請求が書面でなされたが、原審はこれを却下したこと、被告人が同月二〇日の第七回公判期日に冒頭陳述の許可を求めたが、原審は前回の公判期日に右許可を求める機会を与えていることや前記のように、同年一一月末日までに被告人側の立証のための行動がなされなかつたことなどの理由からこれを許可しなかつたことが認められる。以上のような本件審理の経過などに徴すると、原審が被告人の冒頭陳述を許さなかつたことが、著しく裁量の範囲を逸脱したものとは認められない。原判決に訴訟手続の法令違反はなく、したがつて憲法三七条に違反するところはない。

同第三(訴訟手続の法令違反の主張)について。

一  権田茂の検察官に対する供述調書(以下検察官調書と略称する)の任意性がないとの主張について。

原審および当審で取調べたすべての証拠を検討しても、検察官が権田の取調べに際し、同人に対し、「自白をすれば、処分の点は考慮する」と再々いつたことは認められない。もつとも、原審第七回公判調書中の証人権田茂の供述記載によると、警察官が権田を取調べる際机を叩いたり、黙秘している同人に対し、君はこのままでいけば起訴されるが正直に話せば情状を酌量されるとか、自分は一〇年間暴力団関係の刑事をしていたので、怒るとものすごくこわい。しかし、君が正直に話すというなら、そんなこわいことはしないなどと申し向け、同人を脅迫し、または同人に対し利益誘導したことが窺える。しかし、全証拠を検討しても、警察官の右言動が権田の検察官に対する供述に影響を及ぼしたとは認められない。他に権田の検察官調書(二通)の任意性を疑うべき特段の事情は認められない。

二  権田の検察官調書の採用は伝聞法則に違反するとの主張について。

権田が原審に証人として喚問されながら、その証言を拒絶したため、原審が検察官から証拠調の請求のあつた権田の検察官調書を刑訴三二一条一項二号により証拠として採用したことは所論のとおりである。

しかし、証人として裁判所に喚問された者が証言を拒絶した場合、その者がその後証言拒絶の意思を翻した事実がない以上裁判所は刑訴三二一条一項二号によりその者の検察官の面前における供述録取書面を証拠とすることができると解すべきである(最高裁昭和二六年(あ)第二三五七号、同二七年四月九日大法廷判決、刑集六巻四号五八四頁参照)。本件において権田が証言を拒絶した後原審が同人の検察官調書を採用するまでの間に、同人が証言拒絶の意思を翻した事実は認められない。また、原審が権田の検察官調書を証拠として採用した点について他に伝聞法則の違反は認められない。

三  権田の検察官調書の信用性がないとの主張について。

本件記録を調査しても、権田の検察官調書の信用性を疑うべき特段の事情は認められない。

同第四(事実誤認の主張)について。

一  原判示第一の事実の誤認の主張1について。

(一)  原判決が原判示第一と第二の各事実について数多の証拠の標目を一括して掲げていることは所論のとおりである。しかし、有罪判決において数個の犯罪事実につき各事実ごとに証拠の標目を示さず、多くの証拠の標目を一括して掲げても、判文と記録を照らし合わせてみて、どの証拠でどの事実を認めたかが明白である限り、違法でないと解すべきである(最高裁昭和二五年(あ)第一〇六八号、同年九月一九日第三小法廷判決、刑集四巻九号一六九五頁参照)。そして本件において原判示第一の判文と本件記録とを照らし合わせてみると、原判決の証拠の標目の中証人権田茂、同岩城正治、同金高善五郎の原審公判廷における各供述、権田の検察官調書、司法警察員金高善五郎作成の写真撮影報告書、警視庁技術吏員石川正清ほか二名作成の鑑定書、司法警察員佐野茂作成の鑑定嘱託書謄本、押収してある火炎びんの破片一包、火炎びん二本で原判示第一の事実を認めたことが明らかであるから、原判決には所論の理由の不備は存しない。

(二)  権田が原判示第一の事実について被告人と実質的な共犯の関係にあり、権田の検察官調書が同人の自白をその内容とするものであることは、所論のとおりである。しかし、共犯者の自白は任意性に疑いがない限り、独立、完全な証明力を有するものと解すべきである(最高裁昭和二九年(あ)第一〇五六号、同三三年五月二八日大法廷判決、刑集一二巻八号一七一八頁参照)。そして、権田の検察官に対する供述の任意性に疑いがないことは前記説示のとおりであるから、権田の検察官調書は独立、完全な証明力を有するものというべきであり、同調書により原判示第一の事実を認定しても、証拠能力のない証拠によつて同事実を認定したということはできない。同調書の外に補強証拠がない限り被告人は有罪とされえないとの所論は採用できない。

(三)  本件記録を調査しても、所論の証拠物と原判示第一の事実との間の関連性に重大な疑いがあるとは認められない。

二  同2について。

原判決挙示の証拠によれば、原判示第一の火炎びんを警視庁第七機動隊隊舎(以下機動隊隊舎と略称する)に投げることにより同隊舎を焼燬することが可能であつたことおよび被告人らに共同加害の目的があつたことを認めることができる。

三  同3について。

権田の検察官調書中に被告人が権田に対し君達はゲリラをやるんだといつた旨の記載があることは所論のとおりである。

原審が被告人の右供述を機動隊に対する直接攻撃を意味するものと理解したが、単なる政治的アジテーシヨンを意味するものと理解したか明らかでない。しかし、右供述は必ずしもこれを政治的アジテーシヨンを意味するものと理解しなければならないものとは解されない。

四  同4、7について。

原判示第一の火炎びんの性能や使用目的などに徴すると、原判示第一の事実関係のもとでは、同火炎びんを兇器であると認定した原判決の判断は正当であり、兇器準備集合罪の立法経過に照らして右火炎びんは兇器に当らないとする所論は採用できない。

五  同5について。

原判示第一のような被告人らの集合形態が、社会生活の平穏を害するものであることは明らかである。

六  同6について。

兇器準備集合罪はそれじたいその目的たる犯罪の予備罪と並んで成立しうべきものである。したがつて、本件において、原判示第二の放火予備罪が成立したことによつて、さきに成立した兇器準備集合罪の構成要件的状況が消失してしまつたものということはできない。

七  原判示第二の事実の誤認の主張1、2について。

権田の検察官調書によると、つぎの事実が認められる。

権田は、原判示の日の午前〇時半ごろ、被告人の住んでいたアパートの被告人の部屋で、外一名と共に被告人から火炎びんの取扱いについての説明を聞いた後、君達は火炎びんで明日午後七時に七機(第七機動隊の意味)の宿舎を攻撃しろ、機動隊はもう出動しており、だれもいないはずだ、このびんを宿舎の中へ投げこんでこい、宿舎は木造だ、などといわれ、機動隊隊舎の略図をノートの切れ端に書いて詳しく同隊舎へいく道順やその付近の状況などについての説明を受けた。そして権田は、同日午前一〇時ころから同所で、被告人外一名と共に火炎びんを作り、四本の火炎びんをシヨルダーバツグと手提バツグとに分けて入れ、その後同所を出て、自らは右シヨルダーバツグを、外一名は右手提バツグを持つて被告人と共に最初原判示喫茶店「百合」に入り、その後二か所ほどの喫茶店に入つて時を過した。同日午後六時ころ、最後に入つた喫茶店で、権田と外一名は、被告人から権田は七時に七機の正門からやれ、外一名は裏側からやれ、七時にいつせいに裏と表から宿舎に火災びんを投げつけるんだといわれ、互に腕時計の時間を合わせた。権田は、一人で同店を出て午後六時半ころ、機動隊隊舎の正門近くまでいつたが、機動隊員の姿が見えたので、これはまずいと思い、すぐ多摩川駅まで引き返した。その後権田は、再び機動隊隊舎に近づいたが、そのとき同人は、正門付近に機動隊員がいなかつたら、隊舎に火炎びんを投げつけてこれを燃やしてしまい、もし機動隊員がいたら、その機動隊員に対し火炎びんを投げつけてやろうと考えた。ところが、正門付近にはやはり機動隊員がいたので、権田は正門から五〇メートル位手前のところで、右手に持つた火炎びんを機動隊員目がけて投げたが、火炎びんが投げた地点から一四、五メートル先に落下し、しかも発火しなかつたので、失敗したと思い、逃げ帰つた。

以上の事実によると、被告人と権田および外一名との間に機動隊隊舎を火炎びんで焼燬すること、その実行は権田および外一名がすることを内容とする謀議が成立し、これにもとづいて権田は右隊舎を焼燬する目的で火炎びんを携帯して機動隊隊舎正門附近に近づいたことが認められる。したがつて、被告人は権田外一名と共謀して原判示第二の放火の予備をしたということができる。

同第五(法令適用の誤りの主張)について。

放火の予備は、行為者に放火実行の意思とその意思を実行に移す準備としての外部的行動があれば成立する。前記控訴趣意第四に対する判断七で認定したように、被告人は権田外一名と共謀して機動隊隊舎に放火する意思で、原判示第一の喫茶店「百合」外二か所位の喫茶店に火炎びんを携帯して集まつたのであるから、喫茶店「百合」に集合した時点で被告人らに放火実行の意思があり、その意思を実行に移す準備としての外部的行動があつたと認めることができる。そして放火の実行行為の着手以前のすべての準備行為は放火の予備であるから、原判示第二の放火予備は、おそくとも原判示第一の喫茶店「百合」に集合の時点ですでに開始されたというべきである。そうだとすると、原判示第一の所為と同第二の所為は刑法五四条一項前段の一個の行為で二個の罪名に触れる場合に当ると解すべきである。原判決が原判示第一の所為と同第二の所為とは刑法四五条前段の併合罪の関係にあるとしたのは法令の解釈、適用を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

被告人の控訴趣意補充第一点(訴訟手続の法令違反の主張)について。

原審および当審で取調べたすべての証拠を検討しても、検察官が権田の取調べに際し、同人に対し、所論のようにいつたことは認められない。その他権田の検察官に対する供述の任意性に疑いのないことは前記弁護人の控訴趣意第三に対する判断の一で説示したとおりである。

同第二点(原判示第一についての事実の誤認、法令適用の誤りの主張)について。

被告人らに機動隊隊舎に火炎びんを投げつけてこれを焼燬する目的があつたことは、前記弁護人控訴趣意第四に対する判断の七で認定したとおりである。そして、原判示第一の事実が刑法二〇八条の二、一項の構成要件に該当することは明らかである。

同第三点(原判示第二についての事実誤認、法令適用の誤りの主張)について。

権田が原判示第二のように放火の機会を窺つていたこと、被告人と権田および外一名との間に原判示第二の共謀があつたことは前記弁護人控訴趣意第四に対する判断七で認めたとおりである。

同第四点(可罰的違法性が無に等しいとの主張)について。

原判示各行為の動機、態様などに徴すると、原判示各行為の可罰的違法性が稀薄で無に等しいということはできない。

同第五点(法令適用の誤りの主張)について。

原判決に所論の法令適用の誤りがあることは弁護人の控訴趣意第五に対する判断で説示したとおりである。

よつて、量刑不当の控訴趣意についての判断を省略し、刑訴三九七条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書の規定に従い本件について更に判決をすることとする。

原判決の適法に確定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為中原判示第一の点は刑法二〇八条の二、一項昭和四七年法律第六一号罰金等臨時措置法の一部を改正する法律による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号(右改正後の同法三条一項一号刑法六条一〇条)に、同第二の点は刑法一一三条本文一〇八条六〇条に各該当するところ、以上は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段一〇条により犯情重い放火予備罪の刑に従い処断すべく、所定刑期範囲内で被告人を懲役一年に処し、同法二一条に則り原審における未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入し、同法二五条によりこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、押収してある火炎びん二本(東京高裁昭和四七年押第一一八号の四、六)は原判示各犯罪行為を組成した物で被告人以外の所有に属しないから、同法一九条一項一号二項本文によりこれを没収し、訴訟費用の負担については刑訴一八一条一項本文を適用して主文第六項記載のようにこれを被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

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