東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2074号 判決 1974年9月27日
控訴人 平岡富美子
右訴訟代理人弁護士 斎藤治
被控訴人 平岡三平
右訴訟代理人弁護士 矢可部一甫
主文
原判決を次のとおり変更する。
原判決添付物件目録記載の宅地が控訴人の所有であることを確認する。被控訴人は、控訴人に対し右宅地につき真正な登記名義回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
控訴人その余の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じて三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取消す。原判決添付物件目録記載の宅地が控訴人の所有であることを確認する。被控訴人は、控訴人に対し右宅地について真正な登記名義回復を原因とする所有権移転登記手続をし、右物件目録記載の建物を明渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び建物明渡の部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は、次に附加するほか、原判決事実欄の記載と同一(ただし、原判決五枚目裏九行目の「富美江」を「冨美江」と改める。)であるから、これを引用する。
(控訴人の主張)
一、被控訴人が原判決添付物件目録記載の建物(以下、「本件建物」という。)について、昭和二八年から居住を目的とる期間の定めのない使用貸借上の権利を有していたことは認めるが、右物件目録記載の宅地(以下、「本件宅地」という。)について賃借権若しくは使用貸借上の権利を有し、本件建物につき賃借権を有していることは否認する。
二、控訴人は、昭和四五年六月、被控訴人を相手方として東京家庭裁判所に対し本件宅地について所有権確認等の調停を申立てたところ、被控訴人は、本件宅地は、同人の妻節子が金を工面して買受けたものであるなど虚偽の主張をして控訴人の所有権を否認するという背信行為に出て、また、控訴人は、同年八月、それまで居住していた日本橋人形町の建物(もと、控訴人が世話を受けていた張兆錠の所有であったが、同人死亡による遺産分割の結果、相続人和子の所有となったもの)から退去することになり、本件建物を自己のため使用する必要が生じたので、被控訴人に対し同月三〇日到達の書面をもって、本件建物の返還を要求したから、これにより本件建物の使用貸借は終了した。
(被控訴人の主張)
一、仮に本件宅地が控訴人の所有であるとしても、本件建物は、その所有ではなく、被控訴人は、本件宅地につき賃借権又は使用貸借上の権利を有し、該権利に基いて、本件宅地上に本件建物を所有するものである。
(一) 被控訴人は、昭和三五年本件宅地について、普通建物所有を目的とする期間の定めのない賃借権を取得したのであり、賃料の支払いは、控訴人の払うべき本件宅地の固定資産税を被控訴人が負担することにより行なうものとされた。
(二) 右賃借権が認められないとしても被控訴人は、昭和三五年本件宅地について、普通建物所有を目的とする期間の定めのない使用貸借上の権利を取得した。
二、仮に本件宅地建物がいずれも控訴人の所有であるとしても、被控訴人は、昭和二八年控訴人から本件建物を期間の定めなく賃借したのであり、賃料の支払いは昭和三五年までは、控訴人の払うべき本件建物の固定資産税を、それ以後は同じく本件宅地建物の固定資産税を被控訴人が負担することにより行なうものとされた。
右賃貸借が認められないとしても、被控訴人は昭和二八年控訴人から本件建物を居住のため期間の定めなく無償で借受けたものである。
三、控訴人から昭和四五年八月三〇日本件建物の返還を要求する書面が被控訴人に到達したことは認める。しかし、本件建物の使用貸借は、右にのべたように居住を目的とするものであるから建物が朽廃するまでは終了させることができないのであり、また、控訴人が日本橋人形町の建物を退去したのは、本人の自発的な意思に基づくものであるから、仮に同人に本件建物を使用する必要があっても、これは、右使用貸借を終了させる理由とはならないものというべきである。
四、仮に右主張が認められないとしても控訴人が本件建物の明渡しを請求することは、信義則違反ないし権利の濫用として許されない。
(証拠関係)<省略>
理由
一、本件宅地が昭和三五年九月一五日被控訴人名義に所有権移転登記されていることは、当事者間に争いがなく、控訴人は、本件宅地がその所有である旨主張するので、まず、その点について判断する。
(一) <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
1. 本件宅地は、もと村越力蔵の所有であり、同人から控訴人が本件建物所有のため(本件建物は、控訴人が昭和二八年に新築したものであって、もと同人の所有であったことは、争いがない。)賃借していたものであるところ、力蔵は、土地区画整理に伴う債務を支払うため、所有地の一部を借地人に売却する必要を生じ、本件宅地についても、賃借人であった控訴人と売買の交渉をした結果昭和三五年三月三日、控訴人は、力蔵から、本件宅地を、弟である被控訴人の名義をもって、六六万円で買受けるに至った(買主を被控訴人の名義として売買が行なわれたことは、争いがない。)。
2 控訴人は、昭和二十一、二年頃から中国人の男性である張兆錠の世話を受けていたが(控訴人が張の世話を受けていたことは、争いがない。)、同人は、昭和三四年一〇月死亡し、翌三五年二月一〇日相続人の間で遺産分割の協議が成り、控訴人は、実質上は張の所有であるが控訴人の所有名義になっていた立川市所在の建物を張の相続人に返還し、右建物と敷地の借地権が第三者に売却できたときに相続人から五〇〇万円の贈与を受けることとなった。
このような事情から、控訴人は、本件宅地を自己の名義で買受けると、張の相続人から、控訴人が張の財産を隠していたのではないかと疑われたり、場合によっては、右贈与金の支払いを受けられなくなることを恐れて(事実、控訴人が全額の支払いを受けるまで一〇年を要した。)先のように、本件宅地を弟である被控訴人の名義をもって買受けたのであり、その代金は、すべて控訴人の出捐にかかるものであった。
(二) 右のとおり認められ、原審における証人村越康二、岩瀬冨美江、平岡節子の各証言及び控訴人、被控訴人各尋問の結果並びに当審における被控訴人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして信用することができない。
なお、<証拠>によれば、控訴人は、昭和三五年頃張の処へいろいろの人が出入する関係から自己の手許におくことに不安を感じてダイヤモンドの指輪や現金などを被控訴人に預けたことがあったこと、これと同様の趣旨に出た控訴人の依頼により、被控訴人は、控訴人の現金を被控訴人名義で預金していた事実のあること、昭和四三年頃になり張の遺産分割の問題も概ね片づいたので、控訴人は、被控訴人に対して、本件宅地の権利証と測量図を返還するよう請求し、被控訴人は、これに応じてこれらの書類を控訴人に返還していることが認められるが、これらの事実は、前記認定を裏づけるものであり、他面前記認定を覆すべき的確な証拠はない。
(三) 前記(一)に認定したところによれば、本件宅地は、控訴人が前記売買によって取得したものであり、同人の所有というべきである。
二、次に、被控訴人の本件宅地に対する時効取得の抗弁について判断するに、被控訴人がおそくとも昭和三五年三月三日から本件宅地を占有していることは、控訴人の認めるところであるが、一の(一)の冒頭に掲げた証拠によると、同項で認定した控訴人の本件宅地買受の経緯(被控訴人の名義とした点をも含めて)は、被控訴人においても知悉していたものと認められるから、同人の占有が所有の意思に基くものとは解しがたいばかりでなく前認定のとおり、被控訴人は、昭和四三年頃、控訴人の求めに応じ同人に対して本件宅地の権利証等を返還しているのであるから、おそくともその時期において、被控訴人は、本件宅地が控訴人の所有で、あることを承認していたものと解すべく、被控訴人が所有の意思をもって占有を継続してきたとは認め難い。原審における平岡節子の証言、当審と原審における被控訴人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は、信用することができない。従って、本件宅地に対する時効取得の坑弁は、採用することができない。
三、次に本件建物の所有権について判断するに、控訴人が昭和二八年頃本件建物を新築してその所有権を取得したことは、当事者間に争いがない。
(一) 被控訴人は、まず、昭和三一年五月控訴人から本件建物の贈与を受けたと主張する。
しかし、<証拠>によると、昭和三一年五月当時、控訴人の生活は張の援助によって一応安定した状態にあったこと、控訴人には、唯一人の弟である被控訴人を除いて兄弟はなく、両者の仲は本件紛争が起るまでは円満で、同人らの父の身辺の世話を被控訴人方においてしていたことがあったことは認められるものの、他方、<証拠>によると、控訴人は、当時、本件建物以外に目ぼしい固有財産を有していなかったこと、前記認定の事実以外には、控訴人がこの唯一ともいうべき財産を被控訴人に与えることを相当とする特段の事情の存しないこと、本件建物は建築以来今日まで未登記であるが、固定資産(家屋補充)課税台帳には控訴人の所有と記載されていること、本件建物の敷地たる本件宅地は、前認定のとおり控訴人において買受けた昭和三五年三月までは村越力蔵の所有であったものであるが、その間地主たる同人においては終始、控訴人を本件建物の所有者たる借地人として取扱っており、その間借地権の譲渡ないし転貸等の通知のなされたこともなく、また被控訴人その他なにびとからも右の点につき異議のあったことはなく、村越は、昭和三五年三月本件宅地の売却に際しても、以上のことを前提として、控訴人を相手に売却の交渉をしたものであって、被控訴人もこれに立会っているにかかわらず、その際、被控訴人から、自己が本件建物の所有者であるとか、本件宅地の借地人である旨の主張のされた事実のないことが認められるから、昭和三一年五月の時点における被控訴人への本件建物贈与の事実は、到底認めることができない。
証人岩瀬冨美江、平岡節子の各証言中には、その頃、控訴人が同人らに対して本件建物は控訴人が被控訴人のために建ててやったものである旨のべたとの部分、また、原審と当審における被控訴人尋問の結果中には、その頃控訴人が、本件建物を被控訴人に与えるとの趣旨のことをのべたとの部分があるが、前認定の事実と照し合せて、直ちに信をおきがたく、仮に控訴人が右のような発言をしたことがあっても、それは被控訴人の結婚した当時、その父と被控訴人ないしはその妻節子との間の折合がよくないことがあって、これを心配した控訴人が、新婚間もない節子を姉として宥める趣旨でのべたにすぎず、せいぜい将来事情によって贈与することあるべき意向を表明したにすぎないものと認められるから、これをもって、当時控訴人と被控訴人との間に贈与契約が成立したものと認めることはできず、被控訴人の贈与の主張は採用できない。
(二) 進んで、被控訴人の本件建物に対する時効取得の抗弁について判断する。被控訴人が遅くとも昭和三一年五月から本件建物を占有していることは当事者間に争いがないが、右認定したところに照らすとき、被控訴人が、控訴人から贈与をうけて本件建物の所有権を取得したと信じたものとは、到底認めがたく、仮にそのように信じたとすれば、かなり軽率の譏りを免れないから、被控訴人の占有は、悪意又は有過失のものというべきである。従って、被控訴人がその占有を開始としたと主張する昭和三一年五月から未だ二〇年を経過していない以上、取得時効は成立するに至っていないといわなければならない。
(三) なお、被控訴人は、本件宅地について賃貸借又は使用貸借の成立を主張するが、これを認めるに足りる証拠はないばかりでなく、前認定のとおり本件宅地上に存する本件建物が控訴人の所有である以上、被控訴人の主張は、前提を欠き、採用にあたいしない。
四、最後に、被控訴人の本件建物に対する賃貸借又は使用貸借の主張について判断する。
(一) まず、賃貸借については、これを認めるに足りる証拠に乏しい。もっとも本件宅地が村越力蔵の所有であった当時はその賃料と本件建物の固定資産税の、控訴人が本件宅地を買受けた後は本件宅地建物の固定資産税の各支払いを被控訴人において負担していたことは、証人平岡節子の証言と原審における被控訴人尋問の結果から認められるが、控訴人と被控訴人との間に、被控訴人による右の負担を本件建物に対する使用収益の対価とする明示又は暗黙の合意があったとは認められず(この点に関する控訴人の原審尋問の結果は、信用することができない。)むしろ、控訴人と被控訴人とが姉と弟の関係にあることからすれば、被控訴人は、本件建物の無償使用を許されたことに対する謝礼の意味で右の負担をしたものと認めるのが相当であるから、この点は賃貸借を認める根拠とはならないものである。
(二) 次に、控訴人と被控訴人との間に、昭和二八年から本件建物について、居住を目的とする期間の定めのない使用貸借が成立していたことは、控訴人の認めるところであるが、控訴人は、自己使用のためと被控訴人の背信行為を理由に、同人に対し昭和四五年八月三〇日到達の書面をもって、本件建物の返還を要求したと主張し、被控訴人に対し右日時に本件建物返還請求の控訴人の書面が到達したことは、当事者間に争いがない。
しかし、被控訴人が昭和二八年から本件建物に居住してきたものであることは、右のように当事者間に争いがなく、前認定のとおり控訴人は、被控訴人の実姉であり、上来認定したところからすれば、被控訴人において、特段の事情のない限り、本件建物に引続き永く居住できることを期待していたことは固より、控訴人としても、そのことを容認していたと解するのが相当である。
従って、期間の定めのない使用貸借ではあっても、かような場合において、被控訴人に対し使用貸借の終了に基き建物の明渡しを求めるについては、その請求を相当とするに足りる特段の事情が存することを要するものというべく、然らざる限り該請求は、権利の濫用として許されないものといわなければならない。
そして、原審及び当審における控訴人、被控訴人の各供述と弁論の全趣旨によれば、控訴人は独身であり、差当って住居の緊急な必要性に迫られているとは認められないのに反し、被控訴人にとって、本件建物は、正に一家四人の生活の本拠であって、同人が他に住居を求めて移転できるだけの経済的余裕を有するものとは認められず、本件建物の明渡によりその生活を根本的に破壊するものと認められるから、かような事情と上来認定した使用貸借成立の経緯と対比するときは、明渡の請求を相当とする特段の事情は存しないものというべく、結局、控訴人の本件建物の明渡請求は、権利の濫用に該当し許されないものというほかない。
控訴人は、被控訴人が本件宅地に対する控訴人の所有権を否認するに至ったことをとらえて、背信行為であると主張し、これを本件建物に対する使用貸借終了の一理由とするが、かような事情は、右の結論を動かすには足りないものというべきである。
五、以上説示したところにより、控訴人の請求のうち、被控訴人に対し本件宅地所有権の確認と右宅地につき真正な登記名義回復による所有権移転登記手続を求める部分は、正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。
よって、これと一部結論を異にし、控訴人の請求をすべて排斥した原判決は右の趣旨に変更すべきものとし、民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 寺田治郎 裁判官 福間佐昭 宍戸清七)