大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2230号 判決 1974年12月19日

控訴人(附帯被控訴人)

バンコック・バンク・リミテド

右代表者

チン・ソーポンパニック

右日本における代表者

パイブーン・インカワット

右訴訟代理人

小中信幸

外一名

被控訴人(附帯控訴人)

桜井晃

右訴訟代理人

永島雄蔵

外二名

被控訴人

宇佐見星

主文

一、控訴人の被控訴人両名に対する本件各控訴を棄却する。

二、附帯控訴人桜井晃の附帯控訴に基づき、同附帯控訴人に関する原判決主文一項の1を次のとおり変更する。

附帯被控訴人は右附帯控訴人に対し金二七、四〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四二年四月一日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

三、控訴費用並びに附帯控訴費用はいずれも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

四、この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一被控訴人ら主張の請求原因1・2・4の各事実(ただし、原判決四枚目表三行の「金三二〇〇円」を「金三、二〇〇万円」に改めたもの)はいずれも当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によれば、被控訴人桜井は昭和四二年三月二八日同被控訴人が転付命令を得た別紙債権目録記載の定期預金債権(元本1・3・5・7・9の合計金二九、八〇〇、〇〇〇円、利息2・4・6・8・10の合計金一、七一六、〇〇〇円、以上合計金三一、五一六、〇〇〇円)のうち同目録1の内金二、四〇〇、〇〇〇円の限度でその債権を被控訴人宇佐見に譲渡した事実が認められ、同年六月二七日到達の書面で控訴人にその旨の債権譲渡通知がなされたことは当事者間に争いがない。

二そこで、以下控訴人の抗弁については順次検討することとする。

1  まず、<証拠>を総合すると、

(一)  訴外高春木は、中国国籍をもついわゆる華僑であるが、昭和三八年項控訴人香港支店に対し、自己が代表取締役をしていた訴外会社の代表者として、当座貸越契約の締結を申込んだが、控訴人香港支店は、右高春木が日本に居住していたため、その個人財産及び信用状態を把握できないので、同人が東京において控訴人東京支店と定期預金契約を締結すれば、訴外会社との間の当座貸越取引をする旨表明した。

(二)  そこで、高春木は、同年一二月頃東京において、控訴人東京支店との間に四回にわたり定期預金契約を締結し、当審控訴代理人の陳述2、(一)の(1)ないし(4)の四通の英文定期預金証書の作成を得るに至つた。

(三)  次いで、高春木は右定期預金証書四通を香港に持参し、控訴人香港支店との間に、別紙被担保債権目録記載のとおり、同年一二月四日から翌昭和三九年九月二八日までの間に四回にわたり当座貸越契約を締結し、その担保として、右各定期預金証書の裏面元利金受領署名欄に日付空白のまま署名してこれを交付し、控訴人香港支店との間に担保設定契約を締結し、こうして、訴外会社は同目録金額欄記載のとおり控訴人香港支店からの合計四四〇、〇〇〇香港ドルの借受けに成功した。

(四)  その後更に、高春木は、控訴人東京支店との間で別紙債権目録記載1の定期預金契約を締結し、同じくその英文定期預金証書と前記四通の満期更新後の同目録記載3・5・7・9の英文定期預金証書とを併わせ、その五通の定期預金債権を前記訴外会社の当座貸越債務担保のため、前同様の方法により各証書に署名し、これを交付して控訴人香港支店との間で担保設定契約を締結した(以下、この五つの定期預金を本件定期預金という。)。その各定期預金債権と被担保債権の関係は次のとおりであり、各担保権設定については控訴人香港支店から控訴人東京支店に通知された。

担保設定契約年月日 被担保債権目録の番号 債権目録の番号

昭和三九年一二月一二日   1    3・4

右同     2    7・8、9・10

右同     3    5・6

同年九月二八日    4    1・2

(五)  ところが、訴外会社は、前記当座貸越契約による借受金(右被担保債権)計四四〇、〇〇〇香港ドルを弁済期を過ぎても履行しないので、それを清算するため、控訴人香港支店は、本件定期預金の債務者である控訴人東京支店に対し、本件定期預金証書五通を送付したうえ、同支店で外為法所定の手続をとり、本件定期預金約契を解約して控訴人香港支店に振替支払するよう昭和四〇年一二月二〇日到達の書面をもつて依頼した。しかし、控訴人東京支店では、当時の日本政府の外国為替管理政策上送金許可を得るのは困難であろうとの判断のもとに、右送金手続をせず、したがつて、帳簿上はもちろん現実に本件定期預金の解約・弁済充当の措置がとられないで、その後昭和四七年四月になつて、定期預金口座からアンクレイムド・バランス(資金の最終的処分保留のものを入れておく勘定科目)に振替え、こうして、なお控訴人東京支店が本件定期預金の元利金を保留している。

以上の各事実を認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

2  以上の認定事実に徴して考えると、訴外高春木が、訴外会社の控訴人香港支店に対する当座貸越債務を担保するため、本件定期預金証書の裏面元利金受領署名欄に日付空白のまま署名してこれを控訴人香港支店に交付してなした担保設定契約は、権利質の一つである債権質設定の合意と解して妨げないものというべきである。

そこで、その準拠法について考察するに、わが法例一〇条一項は「動産及ヒ不動産ニ関スル物権其他登記スヘキ権利ハ其目的物ノ所在地法ニ依ル」と規定しており、担保物権を含め、動産、不動産に関する物権の成立及び効力に関する諸問題は目的物の所在地法によるものとされている。このように、物権問題がひろく目的物の所在地法によつて定められるべきものとされているのは、物権関係が物の直接的・物質的利用に関する権利関係であるから、その権利関係の目的達成のためには目的物の現実的所在地の法律を適用するのが最も自然かつ合理的であること、また特に物権が排他的効力をもつため、第三者との利害の衝突・調整のためにも、それが簡単かつ確実であることにあると思われる。そして、このことは質権・抵当権のような約定担保権の場合でも異なるところはない。しかし、同じ質権でも、権利質のように、その目的物が財産権そのものであつて、有体物でないときには、直接その目的物の所在を問うことができないから(なお、定期預金証書は定期預金債権を証する証拠証券にすぎないから、これを債権質の目的物とみることはできない。)、結局権利質の客体である財産権自体についてそれを考えざるをえない。したがつて、客体たる財産権が物権であればその物権の目的物の所在地法をもつて、また債権であればその債権の準拠法をもつて権利質契約の準拠法とすることになり、この解釈が前述の法意に副うものと考えられる。

このように考えると、本件債権質の客体は契約債権たる定期預金債権であるから、その準拠法は、まず法例七条一項の規定に従い、当事者の意思によつて定まることになるが、本件においてはその明示の意思を証拠上認めるに足りないから、右契約時の諸般の事情を勘案して当事者の黙示の意思を問うことになる。そして、前示認定の事実関係からすると、本件定期預金契約は、タイ国を本国(本店所在地)としながら日本国内の東京都で支店業務を営む控訴人東京支店と、当時日本に居住していた華僑の訴外高春木との間に、日本貨幣の「円」を対象として預金し、締結したものであり、しかも、その定期預金契約は、控訴人の東京支店が日本国内においてその銀行取引の一つとして定型的・画一的に行なつている附合契約の性質をもつた取引であるから、特段の事情がない限りその営業所の所在地法である日本法によるべきことを黙示的に指定する意思であつたと推定するのが相当である。

この点について、控訴人は、本件定期預金契約が当時香港で右高春木が代表取締役をしていた訴外会社と控訴人香港支店との当座貸越取引の一環として、その債務担保のために締結されたものであり、かつ、右香港での継続的取引と密接な関連があつて、その関係は主債務と保証契約の例のごとくであり、それが東京で締結されたのは、同人の住居や資金調達の関係によるなどの偶然の事情にすぎないとるる主張するが、右は契約の動機・縁由に関する事情であつて、本件定期預金契約そのものに直接関連・結合する事情とは認めがたく、控訴人主張の右事情をもつて本件定期預金契約の準拠法を香港法とする旨の黙示の意思があつたと認むべき特段の事情とはなしがたい。

以上のとおり、本件債権質契約の成立及び効力に関する準拠法はその客体である本件定期預金契約の準拠法である日本法によることになり、したがつてまた、その方式に関する準拠法も、法例八条一項により右の日本法になると解するほかない。

ところでまた、控訴人は、法律行為の方式については、法例八条二項本文により、「方式の補則」としての行為地法(香港法)の適用を受けることにもなるから、本件債権質の対抗要件として必らずしも日本法による確定日付を要しないと主張する。しかし、右八条二項但書は「但物権其他登記スヘキ権利ヲ設定シ又は処分スル法律行為ニ付テハ此限ニ在ラス」と規定して右方式の補則の適用を排除しているのであるから(したがつて、物権その他登記すべき権利に関する方式は法例八条一項、一〇条一項により目的物所在地法に限定される。)、物権であることにつき疑いのない本件債権質の方式については、所論のように行為地法によることができず、前述のとおり、法例八条一項によつて本件債権質の効力に関する準拠法、すなわち日本法によらざるをえないと考える。

3  以上考察のとおり、本件債権質契約の成立及びその対抗要件についてはわが民法の適用を受けるべきところ、その第三債務者である控訴人東京支店と質権者である控訴人香港支店とは、その営業場所(支店)を異にしても法律上の権利義務の主体は同一であるから、民法三六四条一項、四六七条の適用上、右支店相互間では第三債務者に対する対抗要件として質権設定の通知又はその承諾を要しないけれども、第三債務者以外の第三者に対する対抗要件として右支店間の通知・承諾を証する書面に確定日付を付するか、質権設定契約書・担保差入証書に確定日付を付する必要があるものと解するのが相当である。しかし、右確定日付の存在については控訴人から何ら主張・立証がない。

控訴人は、このような関係にある本件定期預金債権が本件転付命令送達前の質権実行により取立・弁済充当済みであつて、すでに存在しない旨主張する。

しかし、さきに本項1の(五)で認定したように、控訴人香港支店は控訴人東京支店に対し、昭和四〇年一二月二〇日到達の書面をもつて、訴外会社に対する前記当座貸越債権を清算するため本件定期預金の送金依頼をしたが、これに対し右東京支店では、当時の日本政府の外国為替管理政策上右依頼の筋の送金許可をとることは困難と判断してその許可手続をとらず、帳簿上はもちろん、現実にも本件定期預金の解約・弁済充当の措置をとらないまま、その後(本件転付命令送達後)昭和四七年四月になつて同支店の定期預金口座からアンクレイムド・バランスに振替えて本件定期預金の元利金を保留しているというのであるから、控訴人主張のように本件転付命令送達前に本件定期預金債権が債権質の実行によつて被担保債権の弁済に充当されたと認めるのは困難である。

よつて、控訴人の右債権消滅の抗弁は外為法二七条等違反の民事上の効果の問題に触れるまでもなく、採用することができないものといわざるをえない。《以下省略》

(浅賀栄 小木曾競 深田源次)

(別紙)債権目録、被担保債権目録《省略》

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例