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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2277号 判決 1974年6月20日

控訴人(附帯被控訴人) 小澤勇蔵

右訴訟代理人弁護士 澤荘一

被控訴人(附帯控訴人) 横尾直一

右訴訟代理人弁護士 諏訪栄次郎

主文

一  控訴人(附帯被控訴人)の控訴を棄却する。

二  附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、四〇〇万円及びこれに対する昭和四六年二月一二日から支払いずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実

(申立)

控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人という)代理人は控訴につき「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人という)の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに附帯控訴につき附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人代理人は控訴につき控訴棄却の判決並びに附帯控訴につき、原判決第一、二項を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し四〇〇万円及びこれに対する昭和四六年二月一二日から右金員支払ずみにいたるまで年六分の割合による金員を支払え。」との判決を求めた。

(被控訴人の主張)

(請求原因)

一、被控訴人は自動車の解体修理業を営む商人であるが、控訴人との間で昭和四五年一一月二六日控訴人所有の別紙目録記載の土地(以下本件土地という)を、代金を一三〇〇万円とし、同日手付金四〇〇万円を、同年一二月一〇日中間金六〇〇万円を、所有権移転登記と引換えに三〇〇万円をそれぞれ支払う約定で買受ける契約(以下本件契約という)をなし、右約旨のとおり同日控訴人に対し手付金として四〇〇万円を支払った。

二、しかしながら、本件契約は、被控訴人が錯誤に基づいて締結したものであるから、無効である。

(一)  本件土地は、もと岡田久次郎が所有していた農地であるが、控訴人は右岡田から本件土地を買受け、貸家用住宅の敷地とするため昭和四五年四月三〇日付で農地法五条による埼玉県知事の許可を得、同年八月二六日所有権移転の登記を経由した。

(二)  本件土地は、昭和四五年八月二五日埼玉県告示二〇〇三号によって指定された市街化調整区域内にある。したがって、右指定の日以後に本件土地について開発行為をし、あるいは、本件土地上に建物を建築するには、埼玉県知事の許可を要し、しかも、その許可は都市計画法三四条各号に該当する場合に限ってなされるものである。

(三)  被控訴人は本件契約当時本件土地について右のような制限があることを知らなかった。

(四)  被控訴人が本件土地を買受けた目的は、本件土地上において自動車解体修理業を営むことにあったので、被控訴人は、本件契約を締結する際、控訴人及び仲介人中山正徳、同寺田英一に対し右目的を明示し、本件土地を右目的に使用できるか否かを確めた。これに対し、控訴人及び右仲介人らは、本件土地は市街化調整区域内にあるが、控訴人は既に農地転用の許可を受け、所有権移転登記もすませているので、被控訴人が一応控訴人名義で倉庫を建てさえすればすぐにも地目を現在の田から宅地に変更して被控訴人名義に所有権移転登記をすることができ、以後は被控訴人が自由に自動車解体修理業を営む用地として使用できる旨申述べて買受け方をすすめた。そこで、被控訴人はこれを信じて本件契約を締結した。

(五)  ところが、その後被控訴人が調査したところによれば、本件土地について被控訴人が開発行為をし、あるいは建物を建築するには、前記のとおり都市計画法による許可を要し、しかも被控訴人の前記使用目的は都市計画法三四条各号の定めに該当しないので、右許可は得られる見込みのないことが判明した。被控訴人は本件契約締結当時、右の様な事情を知っていれば、本件契約を締結しなかった。

(六)  以上のとおり、被控訴人は本件土地が自動車解体修理業の用地として適法に使用できるものと考えたから本件契約を締結したものであるところ、本件土地を右用途に使用することは許されないのであるから、本件契約の締結については被控訴人に動機の錯誤があったものである。そして、右動機は本件契約締結の際控訴人に表示されており、また、本件土地を自動車解体修理業を営む用地に使用できない場合には被控訴人は本件土地買受けの目的を達することができないから、右動機の錯誤は法律行為の要素の錯誤というべきである。

三、仮に、右主張が認められないとしても、本件契約に際し、控訴人および前記仲介人らは、本件土地が被控訴人の意図する用途に適法に使用できないことを知りながら、前記のとおり使用できる旨虚偽の事実を告げ、被控訴人をしてその旨誤信して本件契約を締結させたものであるから、被控訴人は控訴人らの詐欺によって本件土地を買受ける意思表示をしたものということができる。そこで、被控訴人は控訴人に対し昭和四六年二月一一日到達の本件訴状により本件契約を取消す旨の意思表示をした。

四、仮に、右主張も認められないとしても、本件契約については、本件土地が公法上の制限により被控訴人の買受け目的を達することができないものであるときは、被控訴人は本件契約を解除することができ、この場合控訴人は手付金を返還する旨の特約が付されていた。そして、本件土地が被控訴人の買受け目的を達することができないものであることは前記のとおりである。そこで、被控訴人は、昭和四五年一二月二四日到達の書面をもって、控訴人に対し、右合意に基づき本件契約を解除する旨の意思表示をした。

五、以上のとおり、本件契約は当初から無効であるか、少くとも現在では効力を失っているから、本件契約の手付金として支払われた四〇〇万円は、法律上の原因なくして控訴人が利得し、被控訴人はこれによって同額の損害を蒙っているものということができる。しかも控訴人はおそくとも本訴の提起された時から後は当然に悪意の受益者としての責任を負うべきものである。したがって、被控訴人は控訴人に対しその不当利得金四〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四六年二月一二日から右金員支払ずみまで商法所定年六分の割合による利息の支払を求める。

(控訴人の主張に対する反論)

本件契約締結の際、被控訴人に公法上の制限を潜脱しようとする不法な意図がなかったことは、請求原因において主張したとおりであり、本件手付金の授受がいわゆる不法原因給付と目されるいわれはない。また、被控訴人が控訴人主張の中間金の支払をしなかったことは認めるが右支払をしなかったのは本件土地がその買受け目的に従って使用できないことが判明したからであり、正当な事由によるものであって、被控訴人にその責めに帰すべき債務不履行はない。

(控訴人の主張)

(請求原因に対する答弁)

請求原因第一項、第二項の(一)、(二)、(三)記載の各事実第二項の(四)記載の事実中被控訴人の本件土地買受けの目的が被控訴人の主張のとおりであること、本件契約締結の際右目的が表示されていたこと、第四項記載の事実中被控訴人主張の書面により本件契約を解除する旨の意思表示がなされたこと、以上の事実は全て認める。その余の被控訴人の主張事実は否認する。被控訴人の法律上の主張は争う。被控訴人は、本件契約締結当時、本件土地が市街化調整区域内にあり、改めて被控訴人名義で許可を得ない限り、本件土地に被控訴人所有の建物を適法に建築することができないことを十分了知していた。そこで、当事者双方話合いのうえ控訴人が本件土地につき、さきに貸家用住宅の建設を農地転用目的として許可を受けて宅地に造成中であったのを自己の事業たる漬物加工々場の建設と目的変更の申立をなし、且つ都市計画法三四条九号にいわゆる既存権利届出をなすこととし、他方被控訴人が控訴人名義で建物を一応建築すれば逐次地目を宅地に変更することもでき被控訴人への所有権移転登記も可能となることに着目し、右のような順序を踏むことを納得して本件契約を締結したものである。

(抗弁)

一、本件契約に従い被控訴人が支払をなすべき中間金六〇〇万円の支払期たる昭和四五年一二月一〇日を経過したので控訴人は被控訴人に対し昭和四五年一二月二一日到達の書面で右金員を五日以内に支払うべく右期間内に支払をなさなければ本件契約を解除する旨の催告並びに条件付契約解除の意思表示をしたところ、被控訴人は、右期間を徒過したので本件契約は解除された。よって被控訴人が契約に違反したため契約が解除されたときは手付金の返還を請求することができないとの当初の約旨に従い、被控訴人は手付金の返還請求権を有しない。

二、仮に、本件手付金の受領が不当利得となるにしても、本件契約は市街化調整区域内にある本件土地の利用については種々の公法上の制限があるのに、控訴人と被控訴人とが相互に意を通じて右制限を潜脱して目的を遂げようとしたものであるから、いわゆる不法原因給付として、被控訴人が本件手付金の返還を求めることは許されない。

(証拠)≪省略≫

理由

一、被控訴人が自動車解体修理業を営む商人であり、その営業のための用地を取得する目的で控訴人との間で被控訴人主張のとおり本件契約を締結したこと及び手付金として四〇〇万円を支払ったことは、当事者間に争いがない。

二、そこで、錯誤の主張について判断する。

本件土地がもと岡田久次郎所有の農地であって、控訴人が被控訴人主張のとおりこれを買受けて所有権移転の登記をしたこと、本件土地が昭和四五年八月二五日埼玉県告示第二〇〇三号をもって指定された市街化調整区域内にあること、本件契約締結に際し、被控訴人の前示本件土地買受け目的が控訴人に表示されていたこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。そして、以上の争いのない事実に≪証拠省略≫を綜合すると、被控訴人は自動車解体修理業を営む用地を物色していたところ、昭和四五年一一月初め頃、不動産業者である中山正徳から本件土地を紹介され、同月二六日右中山及び同人が同道した不動産業者寺田英一と共に控訴人方に赴き、控訴人と本件土地買受けの交渉をしたこと、その際被控訴人は右中山らから本件土地が市街化調整区域内にあることをきいたので、控訴人及び中山らに対し、被控訴人は、本件土地を前記営業の用地として買受けるものであることを告げて、本件土地が右使用目的に合うものであるか否かを確めたところ、控訴人らは、本件土地は農地であるから直ちに移転登記はできないが、控訴人は市街化調整区域に指定される前に農地転用の許可を得ているので、控訴人名義であればすぐにも倉庫を建てることができ、倉庫を建てれば地目を宅地に変更することができるので、その後は所有権移転登記をした上、被控訴人の希望通りの用途に使用することができる旨の説明をしたこと、これをきいた被控訴人は、控訴人名義であれば本件土地に直ちに適法に被控訴人所有の倉庫を建てることができ、倉庫を建てた上で地目を変更すれば本件土地については市街化調整区域内にあることによって特別の法的規制を受けることなく、適法に自動車解体修理業を営む用地として使用できるものと信じて前示のとおり本件契約を締結し、手付金として四〇〇万円を支払ったこと、その後、被控訴人は控訴人名義で被控訴人所有の建物を建築することができるか否かに疑問を持ち、土地家屋調査士蓮見昭一に相談したところ、同人からは当事者双方で用途変更の申請をして許可があってから買受けるようすすめられたので、更に埼玉県建築課の係員に確めたところ、控訴人であれば、都市計画法三四条九号のいわゆる既存権利者として建物を建てることができるが、被控訴人は既存権利者ではないから、本件土地に既存権利者として建物を建てることはできない旨の説明を受け、昭和四五年一二月九日頃前記中山に対し家を建てることができないから本件土地を買受けることはやめたいと申入れるに至ったことなどの事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫ところで、都市計画法によれば、市街化調整区域の指定後にその区域内の土地を取得した者がその土地について開発行為をし、あるいは、建物を建築するためには、同法二九条、及び、四三条により、右各法条に定める例外の場合を除き都道府県知事の許可を得ることを要し、都道府県知事は同法三四条各号に該当する場合に限って右許可をすることができるものとされているところ、被控訴人の前記認定の本件土地の使用目的が前記各法条に定める例外に該当するとは必ずしもいうことを得ず、また、右被控訴人の使用目的、本件土地の地積から推認される被控訴人の営業規模などに照らすと、被控訴人が改めて本件土地を右目的に使用するための許可を申請したとしても、埼玉県知事の許可を得る見込みはすくないものと認めることができる。

そうすると、被控訴人は本件土地をその買受け目的に従って適法に使用することができず、このような事実を知っていたら本件契約を締結しなかったのに、これを買受け目的に従って適法に使用できるものと考えて本件契約を締結したものということができるから、この点において、本件契約の重要な動機に錯誤があったものということができる。そして、本件契約に際し、控訴人に被控訴人の本件土地の使用目的すなわち本件契約の動機が表示されていたことは既に認定したところである。したがって、本件土地を買受ける旨の被控訴人の意思表示は、その要素に錯誤があったものであり、本件契約は無効であるということができる。

三、そうすると、本件契約の手付金として支払われた四〇〇万円は、控訴人が法律上の原因なくして利得し、被控訴人はこれによって同額の損害を蒙っているということができる。そして、本件契約締結に際し被控訴人の側に何ら公法上の制限を潜脱する意図がなかったことは既に認定したところにより明らかであるから、本件手付金の授受が不法原因給付とならないことはいうまでもない。また、被控訴人が本件契約の無効を主張して提起した本訴状送達の日であることが記録上明らかな昭和四六年二月一一日以降控訴人は悪意の受益者となるものと解するのが相当である。

四、よって、控訴人に対し不当利得金四〇〇万円とこれに対する控訴人が悪意の受益者となった日の翌日である昭和四六年二月一二日から支払ずみまで商法所定年六分の割合による金員の支払を求める被控訴人の本件請求はこれを正当として認容すべきであり、右と一部異なる原判決はその限度において失当である。よって控訴人の本件控訴は理由がないから同法三八四条一項に従いこれを棄却すべく、被控訴人の附帯控訴は理由があるから民訴法三八六条、三八五条に従い原判決を主文第二項のとおり変更し、訴訟費用の負担について同法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 兼子徹夫 小田原満知子)

<以下省略>

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