東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2311号 判決 1974年7月19日
控訴人 薩川竹次郎
右訴訟代理人弁護士 山崎新一
同 大谷照明
被控訴人 日本勧業角丸証券株式会社
右訴訟代理人弁護士 藤井与吉
主文
一、原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。
二、被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。
三、控訴人と被控訴人との関係においては、訴訟費用は、第一審及び第二審を通じ、被控訴人の負担とする。
事実
一、控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
二、当事者双方の主張及び証拠関係は、次に附加訂正するほか、原判決の事実欄に摘示されているとおり(ただし、原判決一〇枚目表九行目中「飛鳥」は「飛島」の誤記と認める。)であるから、これを引用する。
三、控訴代理人は、「被控訴人主張の身元保証書に控訴人が署名押印したことはない。右書面の作成日附である昭和四〇年二月二二日当時、控訴人は、宮城県方面に商用で出張中であったから、自らこれに署名・押印することは不可能であった。右書面上の控訴人の住所・氏名は石井宏が記載したものであり、控訴人名義の印影は商人が控訴人の妻貞子から控訴人の実印を借りて押したものであるが、控訴人が貞子の右無権代理行為を追認した事実はない。」と述べ、被控訴代理人は、原判決に記載された請求原因のうち、原判決一一枚目裏二行目及び一三枚目表七・八行目中「解約し」を「売却し」に、同一四枚目表一〇行目中「右各口座」を「右各口座顧客」に訂正し、「控訴人は、妻貞子の無権代理行為を帰宅後知らされていたものであり、その後被控訴人に対してなんらの異議の申出もしていないので、右無権代理行為を追認したものである。」と述べた。
四、証拠<省略>。
理由
一、被控訴人が証券会社であること及び原審被告石井宏が、昭和三〇年三月ごろ被控訴人に雇傭され、昭和四一年一月三一日解雇されるまでの間、外務員として被控訴人の清水支店に勤務していたことは、当事者間に争いがない。
二、被控訴人は、控訴人が、昭和四〇年二月二二日、被控訴人に身元保証書を差し入れて、石井宏について身元保証をした旨主張し、控訴人はその事実を争うので、まず、この点について検討する。
三、<証拠>を総合すると、静岡県証券業協会(以下「協会」という。)は、公正慣習規則第三号有価証券外務員に関する規則(甲第四二号証)を定め、協会員所属の外務員について登録制度を設け、登録申請の際、本人の誓約書二通、身元保証人二人の身元保証書の写し二通、身元保証人の印鑑証明書一通等の書類を提出させることとしていたこと、登録の有効期間は三年で、期間満了による再登録申請の場合には提出書類の一部を省略させることができることとされていたこと、誓約書、身元保証書等の用紙は協会が用意してあるものを用いていたこと、右規則等による規制にかかわらず、外務員に対する取締りは一般に厳しさを欠き、証券取引に関する紛争が多発していたので、昭和四〇年二月ごろ、大蔵大臣からの指導もあり、協会として、右規則励行の趣旨で、各協会員に対し、外務員の誓約書等の書類の提出を指示したこと、甲第二五号証の一から五まで(誓約書、身元保証書及び印鑑証明書)は、このとき被控訴人が石井宏から徴した書類であって、同人の不正行為発覚後、被控訴人が調査したところ協会に提出保管されていることが判明して協会から取り寄せたものであること、甲第二五号証の二(誓約書)及び両号証の三(身元保証書)には名宛人たる会社名及びその社長名の記入がされていないままであったこと、以上の事実を認めることができ、当審における津島靖の証言中右認定事実に抵触する部分は、措信し難い。
四、右認定事実、特に前記規則においては身元保証書の写しを協会に提出することとされていたにかかわらず、名宛人の記載もない原本がそのまま協会に提出され、被控訴人側には保管されていなかったことからすると、当時、関係者に身元保証契約締結の真意があったかどうかの疑いがないでもない。
五、しかしながら、控訴人は、右身元保証書の成立自体を争い、妻貞子の無権代理行為により作成されたものであると主張するので、この点についての判断を先に進める。
六、<証拠>を総合すると、石井宏は、昭和四〇年二月中旬に被控訴人の事務職員であった加賀美から協会へ提出するため必要であるからと誓約書、身元保証書及び身元保証人の印鑑証明書の提出を求められていたが、四、五日経た同月二二日に至って、加賀美から同日中に提出して欲しいと催促を受けたので、妻の兄であり、昭和三〇年に被控訴人に就職した際身元保証人になってもらったことのある控訴人方へ電話をして、控訴人の妻貞子に控訴人の印鑑証明書と実印が欲しいと依頼したこと、貞子は、控訴人がたまたまそのころ宮城県方面に商用で出張不在中であったので、二、三日待つてもらいたい旨答えたが、石井宏がどうしても今日中に欲しいというので、やむなく、これに応ずることとし、途中清水市役所に寄って控訴人の印鑑証明書(甲第二五号証の四)の交付を受け、これと実印を持参して、石井宏の勤務先である被控訴人の清水支店に赴いたところ、石井宏が待ち受けており、誓約書と題する部分(甲第二五号証の二)と身元保証書と題する部分(甲第二五号証の三)から成り、誓約及び身元保証の文言等が不動文字で印刷された一枚の用紙中の保証人の住所・氏名欄を指示され、押印を求められたがためらっていると、石井宏が、これは被控訴人に関係なく協会へ提出する書類だと説明し、控訴人の住所・氏名は自分が書くから実印だけ貸してくれというので、結局控訴人の実印を石井宏に手渡したこと、そこで同人が、身元保証書の控訴人関係部分の記載押印をして控訴人名義の身元保証書を完成し、被控訴人に提出したこと、以上の事実を認めることができる。
七、右認定の経緯に照らすと、本件身元保証書の作成及び提出については、控訴人はなんら関与していなかったことが明らかである。
八、被控訴人は、控訴人が貞子の無権代理行為を追認したと主張するが、その事実を証するに足りる証拠はない。当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人が本件身元保証書の存することを初めて知ったのは、石井宏の不正行為が発覚して被控訴人から連絡を受け、石井及び弁護士とともに協会に赴いてこれを見せてもらった時であることをうかがうに足り、これに反する証拠はなく、また、同本人尋問の結果によれば、以後、控訴人は、被控訴人に対して身元保証の事実を否定し、事件の解決を弁護士に任せていることが認められるので、控訴人からの異議の申出がなかったとして同人が貞子の無権代理行為を追認したものとすることはできない。
九、よって、控訴人が右身元保証書に基づく身元保証人であるとして、その債務の履行を求める被控訴人の本訴請求は、その余の点について判断を加えるまでもなく失当であるから、以上と異なる認定の下に被控訴人の請求の一部を認容した原判決を民事訴訟法第三八六条の規定に従って取り消した上、被控訴人の右請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、同法第九六条前段及び第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 寺田治郎 裁判官 林信一 宍戸清七)