東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2368号 判決 1973年10月03日
控訴人 源田明一
右訴訟代理人弁護士 菅沼政男
被控訴人 多摩自動車販売こと 高梨和俊
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、一一五万円およびこれに対する昭和四四年一二月三一日以降完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。
控訴代理人は、次のとおり述べた。
仮りに被控訴人が本件手形を振り出したのではないとしても、その父益男を代行機関として、もしくは同人に名義を貸したものである。即ち、益男は、その営業が必ずしも芳しくなく、信用状況も悪化してきたことから、自己の名で銀行取引の継続が不可能となったため、被控訴人に対し同人名義で手形行為をなすことにつき許諾を求めた。被控訴人は、昭和四四年二月頃これを許諾し、その頃自ら川崎商工信用組合との間に当座取引契約を締結した。
そして益男は、被控訴人名で本件手形を振出したのであるが、控訴人は、被控訴人の益男との共同経営者的な言動をみ、又営業の規模、形態、被控訴人の営業上の地位その他諸般の事情を考え、被控訴人に信頼をおいて本件手形を取得したのである。従って控訴人は、被控訴人が債務者であると信じて本件手形を取得したのであって、本件手形は被控訴人が益男を代行機関として振出したものというべく、あるいは名義貸与人として責任を負うべきである。
証拠として、控訴代理人は、当審における控訴人および被控訴人各本人尋問の結果ならびに当審における鑑定人大西芳雄の鑑定の結果を援用した。
理由
一、<証拠>によれば、本件約束手形(甲第一号証)の被控訴人振出名下に押印されている丸い印影が被控訴人名義で印鑑登録された印鑑によるものであることおよび右印鑑登録の届出は、被控訴人自身がなしたものではないが、被控訴人は右届出後、被控訴人名義で自動車を購入するに際して自ら右印鑑証明書交付願をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
以上の事実によれば、本件手形の被控訴人名下に押印された印影は、被控訴人の印鑑によるものと認むべきところ、被控訴人は、右印影は、同人の父である高梨益男が被控訴人に無断で押印したものであると主張するので検討する。<証拠>によれば、被控訴人の父益男は、同人名義の当座取引をもち、同人名義の約束手形を振出していたが、不渡を出して取引停止処分を受けてからは、昭和四四年春頃以来被控訴人振出名義の約束手形を取引関係者に交付するようになったこと、控訴人は、益男に対し営業資金を融資し、益男から同人振出の約束手形(本件手形と同じく右貸付を仲介した長野正男が保証の趣旨で裏書していた。)の交付を受けていたが、前記の如く益男が不渡処分を受けたので、同年九月初め頃、同人の申出により右手形と被控訴人振出名義で、同じく長野正男が裏書した約束手形と差替えを受けたのが本件手形であること、なお前記登録した印鑑は益男が保管していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実によれば、本件手形は、益男が被控訴人名義で振出したものと認めることができる。
二、そこで控訴人の予備的主張について判断する。
(一)<証拠>によれば、
(1)益男は、多摩自動車販売の商号で自動車修理業を営み、同人名義の当座取引をもち、同人名義の約束手形を振出していたが、不渡を出し、取引停止処分を受けたので、自己の資金で、川崎商工信用組合溝口支店に被控訴人名義の当座預金の口座を開設し、昭和四四年春頃から多数回にわたり多摩自動車販売と冠した被控訴人振出名義の約束手形を自己の取引関係者に交付するようになり、本件手形はその一通であること、なお、益男がそれまで被控訴人名義で振出した手形は不渡となることなく決済されていたこと。
(2)被控訴人は、昭和二四年三月一六日生で(前掲甲第二号証一ないし三により認められる。)、従って当時二〇才であり、同人は、高校中退後益男の事業を手伝い、自動車の修理、使い走りなどをしていたこと、被控訴人は、益男が自己の資金で被控訴人名義で当座預金をしていることを知っており、前記信用組合から預金不足の通知を受けたときは、益男の使者として預入れに行ったり、益男に対して融資する者のところへ益男の命により現金を受領に赴いたりしたことはあるが、益男の事業経営には参画するには至らず、又益男とともに事業経営の責任を分担するという立場で取引関係者と交渉をもったこともなく、自ら手形を振出したり、直接これを取引関係者に交付するなどのことはなく(即ち手形振出の原因を持ちえない。)従って特に経済的信用や実績があるとはいえないこと(益男自身年令からみて被控訴人を信用する者はないだろうと言っていた。)
(3)本件手形も益男が控訴人から営業資金の融資を受けて振出していた手形を、益男が取引停止処分を受けたため、同人の申出により差し替えたものであって、もとより被控訴人の必要により同人のために振出されたものでないこと、又前の如く差替えにより本件手形の交付を受けた控訴人も、益男から自分の名前では銀行取引ができず、具合が悪いので息子(被控訴人)の名を使うと聞かされ、特に被控訴人を信用したものではなく、いずれにしても益男なりあるいは被控訴人から支払いを受けうると思っていたこと。
以上の事実が認められる。控訴人は、被控訴人が自ら前記信用組合との間で当座取引契約を締結したと主張し、当審鑑定人大西芳雄は、当座勘定約定書(甲第三号証の三)、印鑑届(同号証の二)、約束手形受取証(同号証の四)の各被控訴人の氏名の記載は、同人の筆跡である旨鑑定しているが、右鑑定結果は、原審(第一、二回)および当審における被控訴人本人尋問の結果と対比してそのまゝ採用することができず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はないから、採用できない。そして他に前記認定を左右するに足る証拠はない。
以上の認定事実のもとでは、本件手形は、益男が自己を表示する名称として被控訴人名義を使用して自己のために振出したものと認めることができても(昭和四三年一二月一二日、昭和四三年(オ)第八五四号最高裁判所第一小法廷判決参照)、被控訴人が益男を指図していわば手足のように使って記名押印を代行させたり、もしくは一定の手形行為につき、その内容を指定せず、益男が適当と認めるところに従ってこれを決定し、直接被控訴人名義で手形行為をなす権限を与える、いわゆる機関方式による手形行為をなす権限を与え、それに基づいて被控訴人のために提出されたものと認める余地は存しない。
(二)控訴人は、さらに、被控訴人には名義貸与人としての責任があると主張する。
そもそも商法第二三条は、他人の氏名商号等を用いて営業した者(営業主)が第三者との取引において債務を負担した場合において、その氏名、商号等の使用を許諾した者に対しても、営業主の右債務につき連帯責任を負担させることを定めたものと解されるところ、単に手形行為をすることは、同条にいう営業には含まれないと解すべきであるから、手形行為上自分の氏名、商号等を使用することを許諾したにすぎない者については、同条は適用されないものと解するのが相当である(昭和四二年六月六日昭和三九年(オ)第八二五号最高裁判所第三小法廷判決参照)。前記認定事実によれば、被控訴人は、益男が被控訴人名義で当座預金口座を開設していたことは知っており、又前記信用組合からの預金不足の通知により益男の使いで預入れに行っていたのであるから、益男が右口座を利用して被控訴人名義の手形を振出していることをも知っていたと推認できなくはなく、これらの事実により被控訴人が益男に対して当座預金取引と手形行為に自己の氏名を使用することを許諾していたものと考えるべきものとしても、益男は、自己の氏名と商号を用いて営業をなし、右営業には被控訴人の氏名を用いていなかったのであるから、益男の本件手形振出行為について被控訴人に対し商法第二三条による名義貸与者の責任を問うことはできない。従って控訴人のこの点に関する主張は理由がない。
三、以上の次第であるから、被控訴人に対し本件手形金の支払いを求める控訴人の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく失当として棄却すべきである。
よって右と同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条第一項第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定一 関口文吉)