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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)242号 判決 1974年7月30日

昭和四七年(ネ)第二四二号控訴人

同年(ネ)第九九六号被附帯控訴人

第一審原告兼反訴被告(以下単に第一審原告という。) 石井静枝

右訴訟代理人弁護士 佐久間哲雄

昭和四七年(ネ)第二四二号被控訴人

同年(ネ)第九九六号附帯控訴人

第一審被告兼反訴原告(以下単に第一審被告という。) 高部桝子

昭和四七年(ネ)第二四二号被控訴人

同年(ネ)第九九六号附帯控訴人

第一審被告 岡本伊作

右両名訴訟代理人弁護士 楠武治郎

主文

一、第一審原告の本件各控訴を棄却する。

二、第一審被告らの附帯控訴に基き、原判決の主文第一項及び第二項を次のとおり変更する。

(一)  第一審被告らは第一審原告に対し、各自金拾弐万参千五百円及び内金八万円に対する昭和参拾八年拾弐月六日以降、内金参万円に対する同年同月弐拾壱日以降、右各完済に至る迄の年五分の割合による金員を支払え。

(二)  第一審被告岡本伊作は第一審原告に対し、金拾弐万六百七拾壱円及び内金拾壱万五千円に対する昭和四拾年五月壱日以降右完済に至る迄の年五分の割合による金員を支払え。

(三)  第一審原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟の総費用はこれを拾分し、その八を第一審原告の、その余を第一審被告らの各負担とする。

四、この判決は、第一審原告勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一審原告代理人は、昭和四七年(ネ)第二四二号控訴事件につき、「原判決中、第一審原告敗訴の部分を取消す。第一審被告らは第一審原告に対し、原判決の別紙物件目録記載の各土地上の建築基礎コンクリートを撤去し、同目録記載の建物及び土地を明渡せ。第一審被告高部桝子の反訴請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」との旨の判決を求め、同年(ネ)第九九六号附帯控訴事件につき、各附帯控訴棄却の判決を求めた。第一審被告ら代理人は、前記控訴事件につき各控訴棄却の判決を求め、前記附帯控訴事件につき、「原判決中、第一審被告ら敗訴の部分を取消す。右取消にかかる第一審原告の各請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との旨の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する陳述は、以下のとおり付加するほかは原判決の事実摘示(別紙物件目録を含む。)と同一である。

第一審原告代理人は、仮定抗弁として、

一、第一審被告高部桝子は本件土地の売買残代金四万二六〇〇円の支払をしないのみならず、第一審原告先代亡石井秋二からしばしば金員を借受け、その返済をしないので、秋二と第一審被告高部において、昭和三六年中に本件土地の売買契約を合意解除し、第一審被告高部が秋二からの借受金を返済した際、あらためて本件土地の売買契約を締結する旨の合意が成立した。

仮に右合意の成立が認められないとしても、秋二と第一審被告高部との間において、昭和三八年頃第一審被告高部が秋二に本件土地の売買残代金及び借受金を完済した上で、秋二において本件土地につき所有権移転登記手続を為すべき旨の合意が成立した。

よって、以上いずれの理由からしても、第一審原告としては、第一審被告高部の本件土地についての所有権移転登記手続の請求に応ずることはできない。

二、第一審被告高部の後記相殺の抗弁に関する事実のうち、第一審原告が仮処分の執行を為したことは認めるが、その余の事実はこれを争う、

と陳述した。

第一審被告ら代理人は、

一、秋二と第一審被告高部との間において、第一審原告主張のごとく、本件土地の売買契約が合意解除され、又は所有権移転登記手続に関する合意が成立したとの事実は、これを否認する。

二、仮に第一審被告高部が第一審原告に対し借受金債務を負担しているとすれば、第一審被告高部は第一審原告に対する左記損害賠償債権をもって右債務と対等額で相殺する。

すなわち、第一審被告高部は、本件土地上に住宅の建築を計画し、昭和四四年一二月建築業者訴外佐藤繁治と建築請負契約を締結し、請負代金五一八万八五〇〇円の内金として金三〇〇万円を支払い、土盛り、基礎工事及び材木刻みなど建築の準備を進め、昭和四五年五月二八日上棟工事のはこびとなったところ、同日突然第一審原告より建築工事の中止及び同年七月二八日迄工事を続行してはならない旨の仮処分(横浜地方裁判所小田原支部昭和四五年(ヨ)第六四号)の執行を受けたため、やむを得ず上棟工事を中止したが、祝宴等はすべてこれを行わざるを得なくなり、右上棟工事のため第一審被告高部が支出した左記費用は全部無駄な出費となってしまった。

1、金三五万円 大工職及び下職に対する祝儀等

2、金五万二五〇〇円 折詰代金

3、金六〇〇〇円 刺身四〇人分代金

4、金九五四五円 清酒代金

5、金三万五六〇〇円 果物及び野菜代金

6、金一万一〇〇〇円 祝餠代金

合計金 四六万四六四五円

以上の費用は、第一審原告の故意又は過失による違法な仮処分の執行に基因する損害であって、第一審原告はこれが賠償を為すべき義務を負うものであるから、第一審被告高部は右損害賠償債権をもって第一審原告に対する借受金債務と対等額で相殺する、

と陳述した。

(証拠関係)≪省略≫

理由

第一、昭和四七年(ネ)第二四二号控訴事件について

当裁判所は、当審における新たな弁論及び証拠調の結果を斟酌しても、第一審原告の本件土地建物明渡の請求はこれを棄却すべく、第一審被告高部の所有権移転登記手続の反訴請求(但し、原判決の別紙物件目録第二、(2)及び(4)の土地については、第一審原告において農地法第五条の許可申請手続を為し、右許可のあったことを条件とする。)はこれを認容すべきものと判断する。その理由は、原判決の理由中「第一、本件土地建物に関する本訴、反訴請求について」と題する項(原判決の八枚目表五行目以下一一枚目裏末行目迄)に記載されている説明と同一であるから、これを引用するほか、次の説明を付加する。

昭和三六年頃第一審原告先代亡石井秋二と第一審被告高部との間において、本件土地の売買契約を合意解除し、または、右合意解除が認められないとしても、昭和三八年頃右両者の間において、第一審被告高部が本件土地の売買残代金四万二六〇〇円及び秋二に対する借受金全額を支払った上で本件土地の所有権移転登記手続をするとの合意が成立した、との旨の第一審原告の主張について検討するに、≪証拠省略≫のうちに、右事実に近い趣旨の供述部分があるが、その内容は曖昧であって、的確に右合意が成立したことを証するには足りないのみならず、右各供述部分は、≪証拠省略≫に照らし、たやすく措信できないものというべく、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。従って第一審原告の前記主張は失当たるを免れない。

第二、同年(ネ)第九九六号附帯控訴事件について

第一審被告らが前記石井秋二から(イ)昭和三七年一二月五日金八万円を利息年一割五分、弁済期昭和三八年一二月五日と定め、(ロ)昭和三八年五月二九日金三万円を利息年一割、弁済期同年一二月二〇日と定めてそれぞれ借受け、また第一審被告岡本伊作が昭和三九年一二月三一日右秋二から金一一万五〇〇〇円を利息年一割五分、弁済期昭和四〇年四月末日と定めて借受けたこと及び秋二が昭和四〇年七月一五日死亡し、第一審原告が単独で同人の相続人となったこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、第一審被告らの右金八万円及び金三万円の消費貸借はいずれも第一審被告らが連帯債務者となったものであることが認められる。

そこで、第一審被告らの弁済の抗弁について検討する。≪証拠省略≫のうちには、右抗弁事実に副う趣旨の供述があるが、右供述は、≪証拠省略≫に照らし、たやすく措信できないものというべく、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。従って第一審被告らの弁済の抗弁は失当である。

次に、第一審被告高部の相殺の抗弁について検討する。第一審原告が昭和四五年五月二八日第一審被告高部に対し、建築工事中止の仮処分を執行したことは当事者間に争いがなく、かつ、≪証拠省略≫によれば、第一審被告高部は本件土地において建物の増築工事を行なうため、訴外佐藤繁治と建築工事請負契約を結び、前同日上棟工事を行なう予定にしていたところ、前記仮処分の執行を受け、右工事を中止するのやむなきに至ったことが認められる。而して、前記のとおり、第一審被告高部において秋二から本件土地建物を買受け、その所有権を取得したことが認められる以上、右仮処分の執行は違法なものといわざるを得ない。しかし、第一審被告高部が主張する大工職人に対する祝儀、祝宴のための料理代及び酒代等の費用がすべて上棟工事のために必要な費用であると認めるに足りる的確な証拠がないのみならず、却って≪証拠省略≫によれば、第一審被告高部は、前記仮処分の執行が解除されたときは佐藤をして前記工事を続行させるべく用意をしていること及び仮処分の執行が現在迄解除されないでいるのは、第一審被告高部において仮処分に対し異議その他取消の申立をしないこともその原因となっていることが認められ、これらの事実を勘案すれば、第一審原告の仮処分の執行により第一審被告高部の主張する前記費用が直ちに同被告の損害になったものとして、第一審原告に対しその賠償を請求し得るものとはたやすく認めることができないものというべきである。従って第一審被告高部の相殺の抗弁も失当たるを免れない。

よって、第一審原告の本件貸金の請求は、第一審被告らに対し、連帯して、元金八万円に弁済期迄の年一割五分の利息を加えた金九万二〇〇〇円及び元金三万円に弁済期迄の年一割の利息を加えた金三万一六七二円の範囲内の金三万一五〇〇円(第一審原告の請求の限度)、以上合計金一二万三五〇〇円並びに右元金八万円及び元金三万円に対する各弁済期の翌日以降完済に至る迄の民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、かつ、第一審被告岡本に対し、元金一一万五〇〇〇円に弁済期迄の年一割五分の利息を加えた金一二万〇七五〇円の範囲内の金一二万〇六七一円(原判決の認容の限度)及び右元金一一万五〇〇〇円に対する弁済期の翌日以降完済に至る迄の民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であり、これを認容すべきものであるが、右各弁済期迄の利息につき、これを適法に元金に組入れた旨の主張、立証がないから、右各利息に対する弁済期の翌日以降の遅延損害金の請求は失当であって、棄却すべきものである。

第三、まとめ

以上の次第で、原判決中、本件土地建物の明渡を求める第一審原告の請求を棄却し、右土地建物につき所有権移転登記手続(但し、原判決の別紙物件目録第二、(2)及び(4)の土地については、第一審原告において農地法第五条の許可申請手続を為し、右許可があったことを条件とする。)を求める第一審被告高部の反訴請求を認容した部分は正当であって、第一審原告の控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項の規定により第一審原告の控訴を棄却し、原判決中、第一審原告の貸金の請求を認容した部分(なお、原判決の主文第一項中、二行目から三行目にかけて「昭和三六年」とあるのは「昭和三八年」の誤記と認める。)は、各利息につき弁済期の翌日以降の遅延損害金の請求を認容した点において不当であって、第一審被告らの附帯控訴は一部理由があるから、同法第三八六条及び第三八四条第一項の規定により原判決の主文第一項及び第二項を変更することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条、第九二条本文及び第九三条第一項本文の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 安達昌彦 後藤文彦)

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