東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2570号・昭47年(ネ)2577号 判決
主文
一、第一審被告高島嘉和の控訴(昭和四七年(ネ)第二五七〇号事件)について
(一) 原判決主文第二項を取り消す。右部分についての第一審原告今井武夫の請求を棄却する。
(二) その余の部分についての控訴を棄却する。
二、第一審原告らの控訴(昭和四七年(ネ)第二五七七号事件)を棄却する。
三、訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを一〇分し、その五を第一審原告今井の、その三を第一審被告高島の、その二を第一審原告今井を除く五名の、名負担とする。
事実《省略》
理由
第一一審原告らの一審被告高島に対する請求について。
一一審原告今井が本件土地を所有してその地上に本件建物を所有していたこと、本件土地付近一帯の土地が区画整理地区に編入され、一審被告高島の先代元吉に対しその従前の土地に対する仮換地として本件仮換地が指定され通知されたこと、その指定、通知は右元吉あてになされたけれどもこれを相続人である一審被告高島に対する指定、通知として有効と解することができること、したがつて一審被告高島は本件仮換地に対する使用収益権を取得したこと、しかし一審被告高島自身は右指定、通知を知らなかつたこと、昭和四一年六月二八日台風に伴う風雨のため本件仮換地の一部が崩壊し、その土砂が本件土地に流下して一審原告今井所有の本件建物を損壊するとともに右建物に居住中の亡岩崎イチ(一審原告中今井を除く五名の母)が死亡したこと、本件仮換地が高さ約二〇メートル、約五〇度の傾斜地でくずれやすいこと、しかしながら一審被告高島自身としては、本件仮換地が自己のため指定、通知されたことを知らなかつたため隣地所有者たる一審原告今井及び同所に居住する岩崎イチ及びその相続人たる前記一審原告五名に対して損害を与えることを知りまたはこれを予見しうべきものであつたとはいえず、したがつて一審原告らに対し民法第七〇九条による損害賠償責任を負うとは認められないこと、以上の点についての当裁判所の認定と判断は、次に訂正するほかは、原判決理由の冒頭(原判決一三丁裏五行目)からその五の三〇行目(原判決一八丁表四行目)までと同一である。
原判決の訂正<省略>
二そこで一審原告今井の一審被告高島に対する妨害排除の請求につき検討する。
本件土地内に前記風雨により本件仮換地から崩壊流下した少くとも約一五〇立方メートルの土砂が現に堆積され本件土地の利用が妨害されていることが、<証拠>によつて認められるが、右土砂は、一審被告高島が使用収益権を有する本件仮換地の一部を形成していたものが流下したものであり、同人はその所有者に準ずる地位にあるものということができるから、同人は右土砂堆積により一審原告今井に対し本件と地の利用を妨害しているものと認められる。したがつて、一審原告今井は、本件土地の所有権に基づく物上請求権により、一審被告高島に対しその費用をもつて右土砂を撤去すべきことを請求することができるというべきである。
この点につき一審被告高島は、当審において、右義務のないことを種々の理由をあげて主張するので、これらにつき判断する(前記事実欄の一審被告高島の主張(一)ないし(四))。
(一) 右主張の(一)について。仮換地に対する使用収益権が所有権そのものでないことはいうまでもないが、所有権と同一内容のものである。(土地区画整理法第九九条第一項)から、その裏腹として、たとえ現実にこれを使用収益していなくても、その使用収益しうべき地位から生ずる対社会的な義務は仮換地指定がなされた者が負うものと解すべきであり、本件のような妨害排除の義務もこれに属するといえる。かく解さないと、その義務は仮換地自体の所有者(従前の土地としての所有者)に属することとなり、使用収益権を奪われた者に義務を負わす不合理を生ずる。よつて一審被告高島の右主張は採用できない。
(二) 右主張の(二)について。物上請求権は物権の円満な行使が妨げられた状態そのものによつて生ずるものであり、その妨害者の責に帰すべき事由の存否を問わないものである(大判昭和一二年一一月一九日、民集一六巻二四号一八八一頁参照)。なお、不可抗力による場合は別に考える余地があるとしても、本件の場合は、風雨による土砂崩壊であるとはいえ、本件仮換地がともかく一審被告高島のため有効に指定されていたこと、しかも崩壊の蓋然性の存する土地であることを考えると、不可抗力に基づいて生じた妨害状態とまではいえない。
(三) 右主張の(三)について。この主張は当審に至つて初めてなされたものではあるが、そのため訴訟を遅延せしめるものとはいえないから、時機に遅れたものとして却下されるべきものとは認められない。ところで、本件仮換地がその地形からみて利用価値が乏しいことは検証の結果により肯認できないではないが、全然無価値なものといえないことはもちろん、<証拠>によれば、その従前の土地も傾斜地で、本件仮換地はこれに照応するものとして指定処分がなされたことが認められるから、一審被告高島に不利益のみを課する処分ではなく、したがつて違法な処分とは到底いえないから(なお妨害予防の義務について後記するところ参照)、この主張も理由がない。
(四) 右主張の(四)について。一審被告高島は本件仮換地の従前の土地の所有権を放棄することにより本件妨害排除義務を免れる旨主張するけれども、およそ権利の放棄は、これにより第三者の権利を害する場合には許されないか、放棄しても当該第三者の権利には影響を及ぼさないものと解すべきである(民法二六八条一項、第三九八条、民訴法第五九八条第一項等の趣旨参照)。本件において、一審被告高島は本件仮換地の使用収益権者たる地位において前記妨害排除の義務を負つたことは前記のとおりであるから、その侵害状態発生後において従前の土地の所有権、したがつて仮換地の使用収益権を放棄すれば、一審原告今井は妨害排除を求める相手方を失うことになり、その権利を害することは明らかであるから、一審被告高島の権利放棄の主張は理由がない。
三次に一審原告今井の一審被告高島に対する妨害予防の請求についてみる。
本件仮換地が急な傾斜地でくずれやすい土地であることは前認定のとおりであり、現に本件の土地崩壊が起こつたことを考えると、将来も激しい風雨などにより再び同様の事故が発生するおそれがあると認められる。しかしながら、本件土地と本件仮換地とは相隣地の関係にあり、本件仮換地につき将来の土地崩壊を予防することは、両地にとつて等しく利益となり、その必要も両地に等しく存するといえる。しかもその予防工事には莫大な費用を要することは明らかであるから、一方的に一審原告今井の一審被告高島に対する物上請求権に基づく予防工事施行の請求を認めることには躊躇せざるをえない(予防工事施行の請求を認めることは、その相手方たる一審被告高島のみの費用をもつて実施すべきことを命じることになることは、民法第四一四条第二項から明らかである。)。
そこで右予防については、土地相隣関係の調整の見地からこれを考えるべきものと解されるが、民法上その直接の規定を欠く。もつとも民法第二一六条はこの場合に比較的近いようであるが(この場合には、損害を受けるおそれのある土地所有者が相隣地所有者に対しその費用をもつて予防工事を求めうる。)、同条は水流に関し、しかも工作物の破壊ないし阻塞による損害の場合であるから、本件のように単に土砂崩壊による損害の場合に類推するのは適当でなく、むしろ本件において一審原告今井が設置を求める擁壁のごときは、高地低地間の界標、囲障、しよう壁境界線上の工作物に近い性質をあわせ有することも考えると、民法第二二三条、第二二六条、第二二九条、第二三二条等の規定を類推し、相隣者たる一審原告今井、一審被告高島が共同の費用(通常は平分と解する。)をもつてこれを設置すべきものと解するのが相当である。したがつて、一審原告今井が一審被告高島に対しその費用のみをもつて本件予防工事の実施を求める請求は理由がないとせざるをえない(右予防工事の実現については、両者の協議、合意でまずなすべきであるが、協議が整わないときは一方がまずこれを施工したうえ、その費用の補償を他方に請求すべき筋合である。)。
以上のとおりであるから、本件予防工事の実施を求める請求は、その他の主張に論及するまでもなく理由がないものというべきである。
第二一審原告らの一審被告横浜市に対する請求について。
一審原告らは、一審被告横浜市ないしその市長が行政上の指導による防災義務を懈怠したことを理由として、一審原告らが本件事故により受けた損害の賠償を求めるものであるが、当裁判所もその理由はないものと判断するものであつて、その詳細は、原判決一九丁表末行から二〇丁表一行目までに説示するところと同一である。
第三結論
以上説示のとおりであるから、一審被告高島の控訴に基づき、原判決中その主文第二項を取り消して、一審原告今井の一審被告高島に対する擁壁設置の請求を棄却し、一審被告高島のその余の部分に対する控訴を棄却し、一審原告らの控訴はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第九五条、第九六条、第八九条、第九二条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。
(瀬戸正二 小堀勇 青山達)