東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)106号 判決
一 前掲請求の原因のうち、原告に特許権のあるその主張の発明につき、被告の特許無効審判請求から審決の成立にいたるまでの特許庁における手続、発明の要旨及び審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、右審決の取消事由の存否について判断する。
(一) 第一引用例に、球状黒鉛鋳鉄の製造に用いる添加剤の配合割合の例示4)として、Ca-Si、CaC2及びRCl3もしくはMgCl2又は両者混合の場合の重量比及びこれを添加される過共晶鋳鉄、亜共晶鋳鉄の組成割合並びにその結果作られる球状黒鉛鋳鉄の組成割合について審決認定の前示のような記載があることは原告の自認するところであり、右記載の球状黒鉛鋳鉄の組成から推量すると、審決が第一引用例記載の右4)の配合割合によつて得られる球状黒鉛鋳鉄の組成をセリウム〇・〇二%以下、マグネシウム〇・〇二%以下、カルシウム〇・〇〇六%以上であると認定したのは、その添加剤のうち、RCl3及びMgCl2についてこれを混合配合した場合のことであると解するのが相当であつて、原告主張の(一)のように右混合配合が常に行われる必然性がないというだけで、右認定を誤りということはできない。
(二) 次に、第一引用例記載の右4)の配合割合に従い、Ca-Si及びCaC2に加えて、RCl3単独配合をすれば、作られる球状黒鉛鋳鉄の組成上マグネシウムが〇(ゼロ)となり、またMgCl2の単独配合をすれば、その組成上セリウムが〇(ゼロ)となることはいかにも原告主張のとおりであるが、RCl3及びMgCl2の混合配合をすれば、作られる球状黒鉛鋳鉄が前記割合のセリウム、マグネシウム及びカルシウムによつて組成されることは審決認定のとおりである(その組成割合の点を除くその余は原告も認めている。)。そして、第一引用例のものにおいては、勿論、球状黒鉛鋳鉄の製造に用いる添加剤は、当然これに必要とされる範囲においてその量を選択されると同時に、これに見合う量だけ製品に組成元素として残留するはずであるが、右引用例は、前記のように4)の配合割合によつてRCl3又はMgCl2を単独配合しただけでも、十分に鋳鉄を球状黒鉛化し得ることを示しているから、間接的には、RCl3及びMgCl2を混合配合すれば、その混合割合如何にかかわらず、鋳鉄を球状黒鉛化し得ること、すなわち、実施上、その混合割合は任意であること並びにこれに見合う量だけ製品の組成元素として残留することを示しているものと解される。したがつて、審決が右引用例に一定の割合のもとにカルシウム、マグネシウム及び希土類金属を含有する球状黒鉛鋳鉄の記載があるとした認定は相当であつて、原告主張の(二)のように、添加剤としてRCl3及びMgCl2の混合配合の混合割合が開示されていないというだけで誤りということができない。
(三) また、審決が第一引用例記載の右配合割合の添加剤を使用して作られる球状黒鉛鋳鉄の組成を前示割合のセリウム、マグネシウム及びカルシウムであるとした認定は、前述のとおり、RCl3及びMgCl2の混合配合の場合についてなされたものと解するのが相当であつて、原告主張の(三)のように第一引用例記載の右配合割合においてMgCl2の使用が選択的であるというだけで右認定を誤りとすることはできない。そして、さきに確定した本件発明の要旨によれば、本件発明において、得られる球状黒鉛鋳鉄に含まれるマグネシウムは〇・〇〇六ないし〇・〇四%、カルシウムは〇・〇〇二ないし〇・〇二五%であることが認められるから、本件発明における球状黒鉛鋳鉄は第一引用例の前記例示の混合配合によつて得られるものとマグネシウムが〇・〇〇六ないし〇・〇〇二%、カルシウムが〇・〇〇六ないし〇・〇二五%の範囲内において組成上一致するということができ、したがつて、審決が両者におけるマグネシウムとカルシウムとの組成について数値を示して一致するとした認定は正当というべく、これを誤りとする原告の主張は失当である。
(四) また、成立に争いのない甲第二号証(第一引用例)によれば、第一引用例は、前記4)の配合割合において添加剤にRCl3(セリウム族塩化物)を表示し、その添加により作られる球状黒鉛鋳鉄の組成元素としては「セリウム」と表示していることが認められ、したがつて、また、右引用例は、「R」と「セリウム」とを区別しているものと解されるから、これを考え併せると同引用例においては球状黒鉛化するのに有効な希土類元素は「セリウム」であるとされていることがたやすく理解されるが、成立に争いのない乙第二号証(文献)並びに本件口頭弁論の全趣旨によれば、希土類元素は、鉱物に混合した状態で産出し、その精製が困難で、これからセリウムを単離すると高価なものになるので、第一引用例のものの特許出願前からモナザイトから得られ約半分のセリウムを含有する希土類元素の混合金属ミツシユメタルがセリウム金属として市販され、純粋のセリウムは殆んど利用されていなかつたことが認められ、これらの事実に前出甲第二号証を総合して考えれば、第一引用例においては、鋳鉄の球状黒鉛化を工業的に実施するため、セリウム分を供給する原料としては、当然、高純度の塩化セリウムよりも、元素の相互分離を行つていない混合金属の塩化物が使用されることを想定して、その例示の前記配合割合における添加剤中、セリウム成分に混合塩化物をも含める意味で、これを「セリウム族」と表示したものと解するのが相当である。もつとも、第一引用例に「Rはセリウム族元素を示すものとする」との記載があることは前記のように原告自認のとおりであり、前出甲第二号証によると、同引用例には、また、「セリウム族元素Rは単体となつて熔湯中にとけ」と記載されていることが認められるが、その記載から、Rとセリウム族元素とを同一と解することはできても、これをセリウム自体と同一視するのは早計であり、また、熔湯中におけるセリウム族元素Rに関する記載も、同号証によれば、塩化物としてではなく、単体(金属)となつてとけ込むことを示すにすぎないことが認められ、Rをセリウム自体と解する根拠とはなし難い。そのほか、第一引用例における添加剤に関する前記認定を左右するに足りる論証はない。したがつて、第一引用例における「R」をセリウム族元素の混合物、「セリウム」をその「R」中の「セリウム元素」分と解し、本件発明及び引用例における球状黒鉛鋳鉄の組成を同一とした審決の認定は相当というべく、これを誤りとする原告の(四)の主張は排斥を免れない。
(五) さきに確定したところによると、本件発明はその要旨にいう鼠鋳鉄又は合金鋳鉄を対象とし、また、第一引用例のものは過共晶及び亜共晶の鼠鋳鉄を対象とするものであるが、審決は本件発明における鼠鋳鉄と第一引用例のものとを対比して両者の球状黒鉛鋳鉄を組成において一致すると認定したものであるから、原告主張の(五)のように、審決が本件発明に合金鋳鉄の球状黒鉛化という第一引用例にないものがあることを不問に付したとして、右認定を誤りというのは当らない。そして、本件発明と第一引用例のものとが右認定の点において同一である以上、後者にないものが前者にあるというだけでは前者の新規性が肯定されるものでないことは言うまでもない。
(六) 以上の次第で、結局、原告の主張はすべて理由がないことに帰し、本件発明の球状黒鉛鋳鉄を第一引用例の球状黒鉛鋳鉄と組成において一致し、特許法第二十九条第一項第三号の規定に該当するとした審決の判断は正当であつて、これを違法ということはできない。
三 よつて、本件審決の違法を主張してその取消を求める本訴請求を理由がないものとして棄却する。