東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)143号 判決
一、考案要旨の認定について
本件考案のPC鋼は材質としては従来のそれと変りがないこと、引抜きによる(鋼棒を引抜いて所望の断面形状を得る)方法は鋼棒の製作法として公知であり、引抜きによつて鋼棒の金属組織に方向性を付与し外径の均一性を得る塑性鋼自体も公知であつたことはいずれも争いがない。さらに成立に争いのない甲第二号証の二(本願明細書)、乙第一号証(昭和三九年三月二〇日技報堂発行、土木学会編「土木工学ハンドブツク」)、同第二号証(昭和三二年一一月一〇日技報堂発行、土木学会監修、猪股俊司著「プレストレスト・コンクリートの設計および施工」)によれば、前記事実は当時の当業界での技術水準とすべく、またその中にあつて従来PC鋼材からみてPC鋼棒には、圧延鋼棒、引抜き鋼棒、熱処理鋼棒の三種があること、引抜きにより製造されたものは凹部があつても切削によるものと比較して金属組織に方向性が付与され、製品に差異を生ずるものであることが認められる。それ故、本件考案において「引き抜きにより」とした点は物品の構造の一部として、すなわちPC鋼材としての金属組織を限定したものといえるから、審決がこの点を要旨から除外したのは誤りであつて、本件考案の要旨はその登録請求の範囲記載のとおり認定すべきである。
二、構成転用の困難性について
第一引用例(甲第三号証)に、表面に凹溝を螺旋状に形成してコンクリートとの結合を良くした鉄鋼螺条丸棒が記載されていることは争いがない。またPC鋼材は使用上コンクリートとの付着を良好にすることが重要な要件であり、本件考案もそのために付着の接着面を大きくすることを構成要素としてふくんでいること、従来ヨリ鋼線であるがPCストランドがあつたことも争いがない。さらに、乙第一号証によれば、プレストレスはPC鋼棒とコンクリートとの付着によつて与えられるものであるから、コンクリートとの付着を良好にすることはPC鋼棒に要求される最も基本的な性質であることが認められる。
そして甲第二号証の二、成立に争いのない甲第五号証(報告書)および弁論の全趣旨によれば、原告みずからPC鋼棒の研究上、普通鉄筋用の異形鋼材をPC鋼棒として想定して検討していることが認められ、コンクリートとの付着を重要な要件としている同じコンクリート補強用の鋼棒という点で普通鉄筋とPC鋼とは技術上極めて親近なものと考えられる。またPC鋼棒自体周知のものであつたから、普通鉄筋鋼棒とPC鋼棒とはそれぞれ応用分野が異なるので鉄鋼材としても差異があり、製法も異なることは原告の主張する委細の点にわたつて当業者として自明のことであつたというほかない。
さらに、従来引抜きにより金属組織に方向性を付与し、外径の均一性を得る塑性鋼の存在ないし製作法、またPC鋼棒として引抜鋼棒自体の存在はいずれも前示認定のとおりである。本件考案の引抜きとは、引抜きの際ダイスの自転により、またはPC鋼棒の回転により溝を設けるものと原告はいうが、甲第二号証の二によれば本件考案の溝形成については、単にダイスを通し圧延成形することができ、とあるのみで格別の説明もなく、成立に争いのない乙第三号証(特許出願公告昭和三二年第三八五六号公報)によれば、「型は普通延線すべき線の運動のみを利用して自由に回転せしめる」「断面形状に一般に非円形にしてその向きが線の長さに沿い螺状に変化する線の冷間引抜方法」とあつて、コンクリート補強材などの丸棒をふくむ鋼製品の表面に引抜きにより螺旋を形成することがすでに公知であつたことが認められるから、製作方法としては周知のもので、引抜きによる点に格別考案の新規性は認められない。
そうすると本件考案は、PC鋼棒においても、第一の要件として要求されるコンクリートとの付着を良好とするために、第一引用例に示された凹溝を螺旋状に形成する異形を、PCストランドが存在する技術水準の背景において引抜きによるPC鋼棒に転用したに過ぎないものであつて、普通鉄筋鋼棒とPC鋼棒の存在・差異の自明な当業者であれば極めて容易になし得たものというほかない。
三、作用効果の顕著さについて
(一)、定着長について
乙第二号証によれば、「プレストレスはPC鋼線とコンクリートとの付着によつて与えられるものであるから、付着が完全でないとPC鋼線応力度の伝達長(定着長)が非常に大となる場合がある」旨、および「付着を良好とするためにPC鋼線表面に連続的に型を入れて異形PC鋼線としたり、ヨリ線としたりすることも多いものである」旨記載され、さらに甲第二号証の二によつても「異形鋼材は鉄筋コンクリート用鋼材としてはコンクリートの付着が大であるから広く使用されている」旨記載されているところを総合すれば、定着長を小さくするためにPC鋼棒とコンクリートの付着を良好にすること、そのために異形を試みることは、当業者間に周知技術であつたと認められる。
してみれば、第一引用例に「表面に凹溝を螺旋状に形成してコンクリートとの結合をよくした鉄鋼螺条丸棒」が記載されているので、PC鋼棒に螺旋状凹溝を設ければコンクリートとの付着が良好となり、したがつて定着長を小さくすることができ、PC鋼棒として使用する際コンクリートに十分な圧縮力を導入できる性質を備えるのは、当業者が当然予測できた効果にすぎない。成立に争いのない甲第一一号証(原告会社発行「新しいPC鋼材ウルボンについて」)によれば、本件考案の異形引抜技術を加えた原告製品ウルボンが従来の丸PC鋼棒に比べて定着長に関し三倍もの結果向上を示している趣旨の記載があるが、同製品には前記技術の外、高周波熱処理技術を応用した旨の説明もあり、本件考案のみによる効果の向上とはにわかに断定しがたいし、いずれにしても前記認定を左右するものではない。
(二)、コンクリートを割りさく突起が表面にないので、PCパイル用として使用してもコンクリート軸方向のひび割れが発生する恐れがないとの点は、第一引用例の鋼棒も本件考案と形状をひとしくしており、この点においての作用効果には差異はない。
(三)、全長にわたつて断面が均一であることは第一引用例の鋼棒も形状を等しくしているので同一であり、その作用効果も同一であるかまたはPC鋼棒転用から当然予想される範囲にすぎない。
(四)、引抜き加工による精度の高さについてみると、乙第一号証によれば「PC鋼棒には圧延鋼棒、引抜き鋼棒、熱処理鋼棒の三種がある。圧延および引抜き鋼棒は、一般にSiーMn合金鋼、CrーV合金鋼を用いて、圧延または冷間引抜きにより最終直径に仕上げ、ブルーイングを行ない、転造ネジを切つて製品とするものである。」とあるところからすれば、原告のいう、引抜加工によるもので外径精度が高く、ねじの下径に仕上げられているので端部固定用のねじを形成するときは、そのままねじが形成できるとするところは、周知技術によるものでこと新しい効果ではない。また圧造に端部に頭を作つて固定端とする場合の効果もまた同様に当然の効果である。ちなみに,引抜きにより金属組織に方向性を与えることが周知技術であることは前示認定のとおりであるが、これによつてよい結果を得ようとすることも乙第二号証に「鋼材は変形加工によつてその組織が変化するものであつて、このような加工によつても機械的性質を改善することができる。」とあつて、周知の事柄である。
四、結論
そうすると、本件審決は本件考案の要旨の認定において、PC鋼棒の材質として金属組織を「引き抜きにより」によつて限定した点をみすごした点に誤りがある。しかし、その限定自体はすでに説示したように新規性はなく、つまるところ本件考案の新規性はPC鋼棒に、すでに第一引用例に示された異形すなわち凹溝を螺旋状に形成することを適用した点にある。そして、これに対する審決の検討・結論は実質において欠けるところがないから、本件考案を極めて容易に考案することができたとする審決の判断は結局正当であつて、違法とすることはできない。
よつて、原告の本訴請求は失当であるから棄却する。