東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)26号 判決
一 主文第一項掲記の特許庁の審決の成立及びこれに関連する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び右審決の理由の要点に関する原告主張の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、右審決の取消し事由の有無について考察するのに、本願発明がジンクリツチペイントについての改良発明であることは、当事者間に争いがなく、この事実に成立に争いのない甲第二ないし第四号証、第六ないし第十号証を併せ考えると、原告は本願発明の特許出願の手続上、本願明細書のほか、本件審決が、右明細書の記載をもつて法定の要件を充たさないとした原告挙示の前掲(a)、(b)の点を補充するため、訂正明細書、手続補正書、意見書及び審判請求理由補充書を特許庁に提出したことが認められ、その記載によれば、本願発明の目的、構成及び効果は、原告が右(a)、(b)の点との関連において主張する前掲趣旨のものとして理解するに足り、かつ、当業者がこれによつて容易に本願発明を実施しうる程度に一応、明確にされているものと解され、したがつて、本願明細書には、特許請求の範囲として発明の構成に欠くことのできない事項が記載されているものと考えられるから、本願明細書の不備が補正されていないと判断して、本願を拒絶すべきものとした本件審決は違法であつて、取消さるべきものというほかはない。
三 よつて、その取消を求める原告の本訴請求を正当として認容する。
〔編註〕 本件における請求原因は左のとおりである。
(審決の成立―特許庁における手続の経緯)
一 原告は、昭和三十八年三月十九日、名称を「軽比重ジンクリツチサビ止ペイント」とする発明につき、特許出願をしたが、昭和四十一年五月三十一日拒絶査定を受けたので、同年七月四日特許庁に審判の請求をしたところ、同年審判第四、〇二四号事件として審理され、昭和四十六年十二月十五日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との主文第一項掲記の審決があり、その謄本は、昭和四十七年二月二十三日原告に送達された。
(発明の要旨)
二 右発明の要旨は、次のとおりである。
粒子の大きさが一~三μで、球状の金属亜鉛末を、展色剤基質と、溶剤とに、比重が一・九以下で、かつ、乾燥塗膜中の金属亜鉛分が五三~七〇容量%となるように配合して成る、ジンク・リツチ・ペイント。
(審決の理由の要点)
三 ところが、右審決は次のように要約される理由を示した。
本願発明の要旨は前項のとおりであるが、本願明細書の記載に不備があり、特許庁において後記の事項を指摘して、右記載が特許法第三十六条第四項及び同条第五項に規定する要件をみたしていない旨の拒絶理由を通知したに拘らず、原告(本願出願人)が提出した意見書及び手続補正書によつても、右通知において指摘した(a)「明細書の記載によれば本願発明は塗料の比重が被覆力と密接な関連を有するという前提にたつてされたものとして説明されているが、本来、被覆力は使用する顔料及び樹脂の種類と配合料、塗料の稠度及び溶剤の蒸発速度その他種々の要因によつて決まるものであり、比重もそれら要因の一つであることは認められるが、被覆力は前記種々の要因によつて左右されるので、比重の大小によつて被覆力の大小が決まるとは認められないから、この点において本願発明の構成と効果との関係が不明である。」との点及び(b)「本願発明において塗料の比重を一・九以下に限定しているが、その限定理由については具体的な説明がされていないので不明瞭である。」との点を補うに足りないから、明細書の記載は、いぜんとして不備である。すなわち、右(a)項については、同項において指摘のとおり、塗料の被覆力は塗料の比重以外の種々の要因によつても影響を受けるものと認められる以上、これらの要因が特定されない限り、比重と被覆力との間に一定の相互関係、すなわち比重が小になれば被覆力が必ず大になり、比重が大になれば被覆力が必ず小になるという関係があるものとは認められないから、被覆力に関連する要因のうち塗料の比重しか特定されていない本願発明においては、その発明の構成と効果との関係が不明であり、また、(b)項については、比重の限定理由を単に被覆力との関係で簡単に説明するにとどまり、被覆力に影響を及ぼす他の要因を特定していないため塗料の比重と被覆力との間に一定の相互関係があるものとは認められないから、本願発明においては、塗料の比重の限定理由が不明瞭である。したがつて、本願は、前記通知に示したと同様の拒絶理由によつて拒絶すべきものである。
(審決の取消事由)
四 しかしながら、右審決が、本願明細書の記載をもつて、原告がした補正にかかわらず、右(a)及び(b)の点においてなお不明瞭であるとし、特許法第三十六条第四項及び第五項所定の要件をみたしていないと判断したのは誤りである。
本願発明は、右拒絶理由の通知において指摘されたとおり、塗料の比重が被覆力と密接な関連を有するという前提にたつているが、改良発明であるため、塗料の比重さえ定めれば、その特許請求の範囲に記載さるべき本願発明の構成としては明らかになるのであつて、被覆力に関連する要因のうち、塗料の比重だけを特定するに止つたからとて、右審決がいうように、本願発明の構成と効果との関係が不明である、とされるいわれはない。すなわち、本願発明は、鉄材に塗布した場合陰極防食性を発揮する金属亜鉛末含有ペイント(ジンクリツチペイント)の一種として、粒子の大きさが一~三μで球状の金属亜鉛末を顔料に使用して、比重が一・九以下で、乾燥塗膜中の金属亜鉛分が五三~七〇容量%となるように展色剤基質と溶剤とに配合してできるものであるが、塗料を一定の面積上にほぼ同一の厚みのウエツトフイルムに塗装する場合の所要量は、その比重に逆比例するので、通常、二・八から二・四まで、最も少ないものでも二・〇の比重を有する従来のジンクリツチペイントは、一・四から・一・七までの比重しか有しない通常の錆び止め塗料に比し被覆力が劣る反面、陰極防食性を有するので、通常の錆び止め塗料に比し耐食性が優れるため、陰極防食性を有し、しかも通常の錆び止め塗料程度の被覆力を有する、軽比重のジンクリツチペイントを開発する要望に応じて、従来のものに改良を加えたのが、本願発明にかかるジンクリツチペイントである。そして、塗料の被覆力は、塗料の比重のほかには、その稠度及び溶剤の蒸発速度によつて影響を受けるけれども、右審決がいうように顔料の種類、樹脂の種類及び配合料によつて影響を受けることはなく(右審決は、塗料の被覆力を隠蔽力と混同したものである。)、また、被覆力に影響を及ぼす塗料の稠度及び溶剤の蒸発速度については、本願発明も従来のジンクリツチペイントと程度に差があるものではないから、本願発明の構成として、比重を特定するほかに、右審決がいうような点を特定することは不必要というほかはない。次に、本願発明は、右のように塗料の比重を一・九以下に限定することによつて、ジンクリツチペイントとしての陰極防食性を失うことなく、軽比重による被覆力の増大という従来のものにはみられない効果を奏するようにしたものであるから、本願発明において比重を限定した理由は、明らかであつて、右審決がいうように不明瞭であるとされるいわれがない。
以上の点において、判断を誤り、これに基づき本願を拒絶すべきものとした右審決は違法であつて、取消さるべきものである。