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東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)68号 判決 1974年9月17日

原告

株式会社ニシキベーカリー

右代表者

錦織要蔵

右訴訟代理人弁理士

井上清子

右訴訟復代理人弁理士

下坂スミ子

被告

特許庁長官

斎藤英雄

右指定代理人

斎藤昌巳

外一名

主文

特許庁が、昭和四七年三月二二日、同庁昭和四〇年審判第五二〇四号事件についてした審決は取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和三九年六月一日特許庁に対し、別紙記載のように「ミルクドーナツ」の片仮名文字を角ゴシック体で左横書きにしてできている商標(以下「本願商標」という。)について、第三〇類菓子、パンを指定商品として商標登録出願をし、後に指定商品をドーナツと補正したが、拒絶査定を受けた。そこで、原告は、昭和四〇年八月九日、審判の請求をし、同年審判第五二〇四号事件として審理されたが、同四七年三月二二日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同年五月一〇日原告に送達された。

二  審決理由の要点

本願商標は角ゴシック体で「ミルクドーナツ」の片仮名文字を左横書きして成り、第三〇類「菓子、パン」を指定商品として、昭和三九年六月一日登録出願がなされたものであるが、請求人(出願人)は昭和四〇年五月一四日付手続補正書を提出し、指定商品を「ドーナツ」と補正したものである。

牛乳(ミルク)は脂肪、蛋白質、ビタミン等に富む栄養食品として、飲料に供されるばかりでなく洋菓子等の主要な材料の一つとして広く用いられている。

そして、ミルクキャラメル、ミルクチョコレート、ミルクブレッド等牛乳(ミルク)が多量に混入され、風味が増加されていることを表現するためミルクの文字が普通に使用されていることも顕著な事実である。また、ドーナツは小麦粉に牛乳(ミルク)、バター等を混ぜ合わせて、環形、円形にまるめて油で揚げ砂糖をまぶした洋菓子の普通名称であるばかりでなく、「ドーナツ」の製法の紹介においても「ミルクドーナツ」の用例をもつて使用されている事実がある。

したがつて、「ミルクドーナツ」の文字を書して成る本願商標が商品ドーナツに使用された場合において、取引者需要者は前記の事実よりして、後半部の「ドーナツ」の文字は商品の普通名称を表示したものと、前半部の「ミルク」の文字はその材料中牛乳(ミルク)が多量に配合されて、風味が増加されていることを表現するにすぎない文字と容易に理解し把握するに止まり、自他商品の識別機能を果たす文字とは認識し得ないものと判断するのが、この種商品の取引の経験則に照らし相当である。

してみれば、本願商標は指定商品およびその品質を普通に用いられる方法をもつて、表示した標章のみから成る商標と認めざるを得ないから、たとえその指定商品が「ドーナツ」と補正されたとしても、本願商標は商標法第三条第一項第三号に該当し、その登録を拒絶すべきものである。

なお、請求人(出願人)は、本願商標を昭和二三年以降商品ドーナツに継続使用して、これが各デパート特選売場および鉄道弘済会を通じ全国的に取引者需要者の間に認識されるに至つたものであるから、商標法第三条第二項の規定に該当し充分登録要件を具有するに至つたものである旨主張する。しかしながら、提出に係る証拠を検討しても、甲第一号証から同第二九号証までは商品宣伝用に使用したものとは認められるが、本願商標とはその態様を異にするばかりでなく、本願商標の指定商品「ドーナツ」の品質を具体的に表わした商品の普通名称を表示するものと認められるし、また甲第三一号証から同第三七号証までは件外錦織要蔵の特許権、実用新案権の公報であり、これをもつて本願商標が広く需要者に認識されたことを立証する資料とは認められない。その他の証拠を総合的に判断するも、未だこの程度の証左を以てしては取引者および需要者の間に広く認識され周知されるに至つたものとは認め難く、かつ前記した理由の存する以上、請求人の主張は採用できない。<以下略>

理由

一原告主張の請求原因事実のうち、特許庁における手続の経緯、本願商標の構成、本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。そこで、原告主張の取消事由の有無について検討する。

二まず、取消事由(一)、(二)についてみると、

原告は本願商標がミルクとドーナツの各文字を結合した結合商標ではあるが両者は一体不可分的に結合されているので結合商標としての観点から識別力の有無を判断すべきであつて、審決のように単に分離的観察にとどまるべきではないと主張する。

しかしながら、本願商標のうちドーナツの文字は指定商品の名称そのものであつて、自他商品の出所を識別する機能を有していない。かような場合には、その他の文字すなわちミルクの文字をみて識別力を有するかどうかを判断せざるを得ないのであつて、本件審決が本願商標を「ドーナツ」の文字と「ミルク」の文字とにわけて観察したことになんら誤りはない。

さて、ミルクという文字は、牛乳または練乳を意味する言葉であるが、それがチョコレート、キャラメルなどの菓子と結合して用いられる場合には、牛乳を材料として混入した菓子を表現するものとして用いられることはいうまでもない。そして、チョコレート、キャラメルなどの菓子には、ミルクがその材料の一として用いられていることが通常であるから、特にミルクチョコレート、ミルクキャラメルと表現された場合には、その材料のうちの一つであるミルクを表示することによつて、普通の品よりもミルクを材料として多量に使用し、ミルクの風味を利かした菓子であることを表現するものとみるのが相当である。ドーナツは、小麦粉にミルク、バター等を混ぜ合せて油で揚げ、砂糖をまぶした洋菓子であることは、原告の自認するところろである。してみれば、「ミルクドーナツ」はその材料にミルクが多量に使用されその風味を増加したドーナツを表現した文字であると理解されるのであつて、この文字を商品ドーナツの商標として使用するときは、商品ドーナツの品質を表示したものということができる。

そして、本願商標は「ミルクドーナツ」の片仮名文字を角ゴシック体で左横書きにしたものであるから、商品の品質を普通に用いられる方法で表示したものということができる。

本件審決が本願商標は、指定商品およびその品質を普通に用いられる方法をもつて表示した標章のみからなる商標であるとしたのはこれと同趣旨であると考えられ、これを違法であるとする原告の(一)、(二)の主張は理由がない。

三そこで取消事由(三)について判断すると、

<書証>に、証人高橋三郎の証言および原告代表者尋問の結果を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

原告会社代表者錦織要蔵は、昭和二三年東京都内で洋菓子製造をはじめ、昭和二五年頃に原告会社を創立して以来その代表者としてドーナツの製造販売を中心に営業を拡張してきた。原告会社の製造するドーナツは、その当初から袋か箱に入れ、これに錦織の発案にかかる本願商標を付して販売し、その売上高は、昭和三〇年度においては七五〇〇万円であり、以来その売上は毎年上昇し、昭和四七年度上半期までの売上合計額は二四億九二〇〇万円に達した。そして、その製造したドーナツは同業者間においても品質優秀なものとして広く知られるに至つた。その間、原告会社は、川崎駅前ビル店、東京駅名店街店、京橋店、日本橋高島屋店、上野店、伊勢丹店、京王百貨店、有楽町フードセンター店、渋谷東光ストアー店、横浜高島屋店などその店舗を拡張し、本願商標を付した原告会社の商品ドーナツをこれらの店舗や上野、新宿を中心とした東京都内および近辺各駅の鉄道弘済会、上野動物園などの各売店で販売してきた。

その間原告会社は、本願商標を付した商品ドーナツの宣伝方法として、昭和三三年一〇月から同三五年六月まで継続して東京放送(TBS)のテレビ番組に毎週月水金の三日間午後六時五分より一〇分まで放映の漫画劇場に本願商標を表示したコマーシャルフイルムを放映した。また、昭和三三年から同三四年にかけて産経時事新聞、産経新聞に本願商標を表示して原告会社の商品ドーナツの宣伝広告を行い、その頃、ラジオ東京(JOKR)のラジオ番組に毎週一日一回本願商標を盛り込んだコマーシャル番組を放送するなど、テレビ、新聞、ラジオを通じて継続的に相当長期間にわたつて宣伝広告を行つたほか、次のような方法により、本願商標が取引者及び一般需要者間に広く知れ渡るよう努力を重ねてきた。

すなわち、宣伝ポスター、広告板による方法としては、原告会社は、昭和三三年から同四六年一〇月にかけて継続して東京駅構内八重州口丸ノ内口通路途中のウインド広告に、本願商標を表示した原告会社の商品ドーナツに関する広告を展示したほか、おそくとも昭和三九年頃より正月、お盆を中心に毎年一回から三回まで鉄道弘済会売店の宣伝ポスターの一部として、本願商標を付した原告会社の商品ドーナツの広告を国電山手線、同京浜東北線、同中央線の各車輛に掲示するなどした。

また、その他次のような方法による宣伝広告も行われた。すなわち、原告会社は、その代表者錦織の考案にかかるドーナツ自動製造機を使用して、昭和二九年頃から昭和四三年頃まで東京駅名店街内において本願商標を使用した原告会社製品ドーナツの製造実演販売を行つたほか、昭和三九年頃から同四八年頃までは伊勢丹店においても同様な製造実演販売を行つた。また、本願商標を表示した原告会社製ドーナツの引換券を作り、これを昭和三三年一二月頃原告会社川崎店において約三万枚、同三四年五月頃京橋店、東京駅名店街店、日本橋高島屋店、上野店、伊勢丹店、有楽町フードセンター店、渋谷東光ストアー店において各約二万枚づつ、同三五年三月頃横浜高島屋店において約二万枚を顧客に配布し広告宣伝につとめるとともに、これによつて、昭和三三年頃から同三六年頃までの間に都内外の顧客を対象に顧客名簿を作成し、この名簿を利用してさらに本願商標の広告宣伝につとめた。また昭和三三年から同三六年にかけては、原告会社は、本願商標の記載されたぬり絵の台紙を一般顧客に配布し、このぬり絵作品を募集し、応募作品の審査表彰を行つた。また、昭和三三年から同三五年まで、ミスユニバース、ミスワールド日本代表者選出大会が行われるに当つて主催者の産経新聞社とスポンサー契約を結び、サイン会を開催して顧客を集め、ミスユニバース、ミスワールド日本代表に選ばれた者の写真を印刷し、原告会社の商品ドーナツの広告に本願商標を付した暑中見舞用ハガキを顧客に配布するなどの方法をとつた。

その他、昭和三三年頃には、原告会社は顧客に対して本願商標を付した原告会社の商品ドーナツの広告を兼ねた漫画入りクーポン券を多数配布するなどした。

当時市場には他に本願商標と同じ標章を使用した商品は存在しなかつた事情もあつて、以上述べたように、原告会社の製造するドーナツの業界における好評判と原告会社の多種多様な手段を用いた宣伝広告の結果、おそくとも本件審決がなされた昭和四七年三月頃までには、本願商標は特定の業者が製造するドーナツを示すものとして、東京都を中心に金国にわたつて取引者および一般需要者間に広く認識されるに至つた。

四してみれば、これと異なる認定の本件審決は事実を誤認するものであつて違法であるといわざるを得ない。

よつて本件審決の取消を求める原告の本訴請求は正当であるから認容し、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(古関敏正 瀧川叡一 宇野栄一郎)

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