東京高等裁判所 昭和47年(行コ)58号 判決 1973年12月26日
控訴人 藤原信男
被控訴人 目黒税務署長
訴訟代理人 角張昭治郎 外三名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し昭和四二年五月二九日付でした昭和四〇年分所得税についての更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被腔訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張および証拠の関係は、左記のほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
(控訴代理人の主張)
一 申告納税方式は、納付すべき税額が納税者のする申告により確定することを原則としているのであるから、その例外として行なわれる税務署長の調査および更正処分は右原則を侵害することのないように運用されなければならない。すなわち、調査は合理的理由があつてはじめて許されるべきものであり、その合理的理由とは、過少申告であることを疑うに足りる合理的理由が申告書を提出した当該納税者につき具体的に存在する場合に限られるというべきである。そして、調査の方法として質問検査を行なう場合は、調査の理由と質問検査の必要性が被調査者に対して明示されることを要する。しかるに、本件更正処分について被控訴人はその調査を行なう合理的理由があり質問検査の必要性があつたことについて何ら主張立証をしていない。又その理由や必要性を控訴人に明示しなかつたことも明らかである。したがつて、かかる調査に基づく本件更正処分は違法である。
二 青色申告者の場合は一定の帳薄書類の備付、記帳、保存が義務づけられ、その帳薄書類に対する税務署長の指示が認められ、青色申告書には貸借対照表、損益計算書や所得金額・損益金額の計算に関する明細書の添付が要求される等、所得金額や税金を納税者が正確に計算するための措置がとられる一方、所得計算上および納税手続上種々の特典が与えられているのと対比して、控訴人の如き白色申告者の場合、税法上は帳簿書類や申告書の添付書類についてかかる規制がなく、従つて特典もない。このことは法が白色申告者の申告が或る程度不正確であることを容認しながら、なお納付すべき税額が納税者のする申告によつて確定することを原則としたことを意味する。従つて、このように申告につき一定程度の不正確性が制度上予想、許容されているとみるべき白色申告者の場合には、その調査の理由は高度のものでなければならず、調査の結果判明した申告の不正確さが相当高度な場合以外には更正は行なわれてはならないのである。
三 調査は法定申告期限以前に行なわれてはならず、質問検査を右期限前に行なうことは違法が明らかである。また、調査は更正の基礎とたるものであるから、更正前の調査に基づく当該更正の瑕疵は、更正後の調査によつて治癒されるものではない。被控訴人の主張および<証拠省略>によれば、本件更正前に算出された控訴人の所得金額は一二一万三、〇八八円であるところ、本訴において被控訴人が主張立証しようとしている控訴人の所得金額は、一九八万二、六一一円であり、著しい差があるところ、被控訴人は本件更正処分における所得金額がいかにして算出されたのか主張立証しないところに明らかなとおり、更正が更正前の調査に基づいて適法に行なわれた旨の証明がなく、逆に更正後の調査に基づき更正の適法性を主張している疑が極めて濃厚であるから、違法更正として取消されるべきものである。
四 推計によつて更正を行なう場合には、推計は合理的でなければならず、そのためにはできる限り種々の方法を講じて確実な金額を算出すべきであり、一方法のみによる推計は許されない。そして種々の方法により算出される金額に差異がある場合は、最も確実で且つ納税者に有利な金額であるそれら各種金額中の最低額をもつて更正することが申告納税方式の原則を侵害しないために必要であるし、特にその最低額と申告額に著しい差がない場合には、前記のとおり申告の不正確性が或る程度許容されている白色申告者に対する更正は許されないというべきである。
五 被控訴人主張の算出所得金額の推計方法は、控訴人の売上金額については実額を調査し、これに同業者の所得率を乗ずるというものであるところ、右主張の方法は合理性を有しないというべきである。けだし、
(一) 被控訴人主張の所得率の算出方法は類似同業者AからOまでの一五業者の個々の所得率を単純平均して所得率四二・七一%を得たものであるが、右一五業者の売上金額だけをみてもAの一二〇万円からOの一、〇〇〇万円に至るまで実に様々であり、各業者間にその「収入若しくは支出の状況又は生産量、販売量その他の取扱量、従業員数、その他事業の規模」等において著しい差があるので、「類似同業者」と目さるべきではない。
(二) 右一五業者は青色申告者ということであるが、控訴人が白色申告者であるにもかかわらず何故青色申告者の所得率を用いたのかその理由も示されていない。
(三) 被控訴人は右一五業者の個々の所得率の単純平均四二・七一%を控訴人について主張しているが、右一五業者の売上金額の総計五、六四四万六、一三二円と算出所得金額総計二、三一七万一、二五一円によつて所得率を算出すれば四一・〇五%となるものであつて、何故これを越える四二・七一%が合理的であるのか明らかでない。
(四) 右一五業者の各所得率をみるに、最低三三・七〇%から最高五四・七〇%までの開きがある。それなら、控訴人には右の単純平均ではなく最低の所得率を適用すべきである。
(五) 右一五業者はAないしOの符号で示されているのみであり、所在地、事業所名、業者名等は一切明らかにされていないので、その真実性が確認できない。
六 被控訴人主張の所得金額の算出方法は、売上金額および特別経費については実額調査によるものとし、一般経費(算出所得金額)についてのみ推計を行なうというものであるところ、売上金額、特別経費について実額調査を行なつたのであれば、一般経費についても実額調査を試み、その不可能なときはじめて合理的方法による推計を行なうべきであつて、何らの調査も試みずにいきなり推計することは許されないから、被控訴人の推計はこの点からも違法である。
七 被控訴人主張の推計方法の合理性はそれ自体について肯認されなければならないにかかわらず、原判決は被控訴人主張の方法が控訴人主張の方法と対比して相対的に合理性を有するものとして直ちに被控訴人主張の方法を採用しているのであつて、原判決は誤りであり、本件更正は違法というべきである。
(被控訴代理人の主張)
一 被控訴人は、(一)控訴人は新規に事業を開始したこと、(二)控訴人から提出された確定申告書には所得金額と所得税額しか記載されていなかつたため収入金額、必要経費等について調査する必要があつたことの理由によつて控訴人を調査の対象者に選定したのであつて、調査の必要性については課税庁の合目的裁量に委ねられているものであり、税務職員は納税者に対して調査の具体的理由を開示すべき義務を負つているものではない。従つて控訴人のこの点の主張は失当である。
二 法が白色申告者に対して不正確な申告または過少な申告を許容しているとする控訴人の主張は独断である。
三 本件調査は確定申告期限前に行たわれたものではない。また課税処分取消訴訟における審理の対象は、青色申告書に記載された課税標準等を更正する場合の帳簿調査およびその場合の更正理由の附記など税法上特に一定の手続をふむべき旨の規制が設けられている場合のほかは、もつばら課税庁が認定した課税標準等が実際の課税標準等を越えているかどうかにあり、それ以外に課税処分を違法ならしめる法律要件は存在しないのであり、この点についても控訴人の主張は失当である。
四 被控訴人主張の算出所得金額の推計方法は合理性を有する。
(一) 控訴人の算出所得金額を同業者の諸比率によつて推計する場合には、なるべく控訴人と同じ企業形態の同業者の方が好ましいが、被控訴人は、控訴人の調査非協力によつて控訴人の事業の実態を熟知し得なかつたため止むをえず、原審主張のとおり、金属挽物業を営む個人の青色申告者で且つ原審主張の三条件のいずれにも該当する一五業者について悉皆調査を行ない、所得率を算出したものであるから控訴人の主張は失当である。
(二) 青色申告者に備付、記帳、保存が義務づけられている帳簿書類に基づいて計算された所得率は、極めて妥当性の高い数値といえるから、控訴人の所得金額を推計するにあたり青色申告者の平均比率を適用することは合理的といえる。
(三) 控訴人のいう売上金額総計と算出所得金額総計とによつて所得率を算出する方法は、売上金額の大きなウエイトが偏重する不合理があるので、各所得率の単純平均による算出方法がより合理的であることは計算上明らかである。
(四) 客観性の高い所得率の平均値を控訴人に適用するのが合理的であつて、帳簿組織も存在せず申告所得金額算定の根拠も見せない控訴人に対し、平均値以外の最低の所得率を適用しなければならない合理的理由はない。
(五) 一五業者の所在地、事業所名、業者名等を控訴人において明らかにすることは、職務上知り得た他人の営業上の秘密を漏らすこととなるので許されないところである。
理由
当裁判所は、控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものと判断する。その理由は、左記のとおり付加するほか、原判決の理由のとおりであるからこれを引用する。
一 控訴人が被控訴人に提出した昭和四〇年分所得税の確定申告書には、事業所得金額と所得税額の記載があるのみで、右所得金額の計算上必要な収入金額および必要経費等の記載がなされていなかつたことは当事者間に争がないところ<証拠省略>によれば、被控訴人は、控訴人提出の確定申告書に右のごとき記載の不備があること等にかんがみ控訴人の申告が適正でない疑があるものと判断し、控訴人に対する本件税務調査に及んだものであることが明らかであつて、本件税務調査は合理的な理由および必要性に基づくものと認められる。また、質問検査権に基づく税務調査に際し税務職員が調査理由を被調査者に開示すべき法的義務を負うものとは認めがたいので、この点の控訴人の主張も失当である。
二 いわゆる白色申告者に関しては不正確な申告または過少な申告が制度上許容されているとの控訴人の主張は独自の謬見にすぎず、したがつて、そのことを前提とする調査理由の高度性の必要等の主張も採用し得ない。
三 本件の税務調査が控訴人の確定申告書の提出後に行なわれたものであることは前記認定のとおりである。また、<証拠省略>によれば、本件更正処分における課税標準たる事業所得金額一二一万三、〇八八円は、いわゆる反面調査によつて把握し得た仕入金額を類似同業者(青色申告者)の差益率により逆算して売上金額を算出し右売上金額に類似同業者の所得率を乗じて得た算出所得金額から反面調査によつて把握し得た特別経費を控除した額であつて、更正前の調査に基づき算定されたことが明らかであるから、更正前の調査に基づかないものとする控訴人の主張は採用し得ない。
四 推計方法がそれ自体合理的なものである限り、課税庁は当該方法によつて推計課税をなし得るのであつて、控訴人主張のごとく一方法のみによる推計は許されないとか、各種推計方法により算出された額の最低額をもつて更正すべきであるとか論ずるのは当らない。まして、白色申告者に不正確な申告が許容されているものと前提して、右最低額と申告額に大差のない限り更正は許されないとする控訴人の主張は到底採用の限りでない。
五 被控訴人主張の算出所得金額の算定に関する推計方法は、原判決説示のとおり、合理性を有するものと認められる。
(一) 目黒税務署管内に事業所を有し金属挽物を業とする個人の青色申告者で、被控訴人主張の三つの条件を控訴人と共通にしている者全員が、被控訴人主張の一五業者であつて、これらは控訴人の類似同業者とみることができる。
(二) 白色申告者たる控訴人の所得金額の推計にあたり、青色申告者たる類似同業者の所得率を適用することは合理的といえる。
(三) 控訴人のいう売上金額総計と算出所得金額総計とによる所得率四一・〇五%を仮りに合理性のあるものとして採用し控訴人の売上金額にこれを適用して算出所得金額を算定してみても、それに基づく所得金額は、本件更正処分における所得金額をなお上廻ることが計数上明瞭であるから、右所得率を採用すべきことを理由に本件更正処分の違法をいう控訴人の主張は失当である。
(四) 被控訴人主張の所得率を控訴人の売上金額に適用することは合理的であつて、会計諸帳簿を作成せずいわゆる原始記録も保存していない本件事案のごとき場合において平均値以外の最低の所得率を適用しなければならない合理的理由は見出しがない。
(五) 類似同業の一五業者の昭和四〇年分売上金額および算出所得金額が被控訴人主張のとおりであることは<証拠省略>によつて認め得るところであり、この認定を覆えすに足る証拠はない。
六 控訴人は被控訴人の担当係員による調査に対し反抗的、拒否的態度に終始し、調査に全く非協力的であつたので、被控訴人は、いわゆる反面調査のすえ、一般経費については止むなく推計方法によらざるを得なかつたものであるから、この点の控訴人の主張は失当である。
七 被控訴人主張の推計方法はそれ自体合理性を有するものと認められ、原判決も同趣旨を認定判示しているものであることが明らかである。
以上のとおり原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条一項によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岩野徹 中島一郎 桜井敏雄)