大判例

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東京高等裁判所 昭和48年(う)1104号 判決 1973年10月31日

主文

原判決を破棄する。

被告人は懲役三年および罰金一〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

ただし、この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人後藤昌次郎作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用し、これに対して、当裁判所は、記録を調査し、当審における事実取調の結果に基づき、つぎのとおり判断する。

一、控訴趣意第二点訴訟手続の法令違反(刑訴法四八条、五一条違反)の主張について

≪証拠省略≫によれば、つぎの事実が認められる。原審裁判所は、被告人に対する本件競馬法違反被告事件について昭和四八年二月三日の第一回公判期日、同年同月一〇日の第二回公判期日および同年三月八日の第三回公判期日においてこれを審理したうえ、同年三月二〇日の第四回公判期日に判決を宣告した。そして原審訴訟記録に編綴されている各公判期日の調書には、末尾にその整理の日として第一回公判調書には同年二月八日、第二回公判調書には同年二月二〇日、第三回公判調書には同年三月一六日と記載されており、かつそれぞれ書記官の署名押印と裁判官の認印とがある。しかし右の判決宣告のあった日の後である昭和四八年四月五日現在においても、右各公判調書の書記官の署名下の押印と裁判官の認印とはまだなされていなかった(なお第一回、第二回公判調書中証拠関係カードの「意見又は異議の申立欄」には、現在記載されているところの「異議がない」という記載も当時は記載されていなかった)。したがって、原審第一回ないし第三回公判調書はいずれも刑訴法四八条三項所定の期間内に整理が完了していなかったことを認めざるをえない。しかしながら、右規定に違反した公判調書といえども、それだけでは直ちにこれを無効と解するのは相当でない(昭和三二年(あ)第一一一六号、同年九月一〇日最高裁第三小法廷決定、最高裁刑集一一巻九号二二一三頁)。

所論は、本件の如く、判決宣告期日以外の公判期日の公判調書が判決宣告まではおろか判決宣告後一四日以内にも整理されず、その後になって作成整理された場合には、その調書は刑訴法五一条による公判調書の記載に対する異議申立の機会を当事者から奪ってしまうことになるから無効とする以外にないと主張する。けれども、刑訴法五一条二項本文の異議申立期間経過後に公判調書の整理がなされたような場合には、同条項但書の規定を類推し、かかる公判調書に対する当事者の異議申立期間は当然に延長されるものと解すべきであって、これによって、当事者の異議申立権は保障されうる。それ故右のように整理の遅延した公判調書でも、そのことだけでこれを当然無効と解することはやはり正当ではない。

原審第一回ないし第三回公判調書の無効を前提として、原審における訴訟手続には判決に影響をおよぼすことの明らかな法令違反があるとする所論は理由がないものといわざるをえない。

二、控訴趣意第三点訴訟手続の法令違反(刑訴法三一二条違反)の主張について

昭和四七年一二月一日付起訴状第四の公訴事実につき、同起訴状によればその犯行の日時は同年一一月一二日とされているところ、原判決は、訴因変更の手続をしないで、その犯行の日時を同年同月一一日と認定したこと所論の指摘するとおりである。しかし犯罪の日時それ自体は訴因というべきでなく、犯罪の場所と相俟って罪となるべき事実を特定させる一要素にすぎないものであり、この点のみのわずか一日の変動は被告人の防禦権の行使に実質的な不利益を与えるものとは認められない。従って、原裁判所が起訴にかかる犯罪の日時につき、その変更の手続を経ないで、この点においてのみ、起訴状記載の日時とわずか一日異る日時の認定をしたことを捉えて刑訴法三一二条違反であると非難するのは全く当らない。論旨は理由がない。

三、控訴趣意第四点訴訟手続の法令違反(憲法三八条刑訴法三一九条違反)の主張について

所論の指摘する如く、原判決が、逮捕勾留中に作成された被告人の司法警察員に対する各供述調書を証拠として原判示事実の認定をしていることは、≪証拠省略≫に徴し明らかである。しかし原審において被告人および弁護人がその取調に異議のなかった(被告人は有罪である旨陳述し、簡易公判手続によって審理された)被告人ほか一名に対する現行犯人逮捕手続書、捜索差押許可状および捜索差押調書によれば、警視庁防犯部保安第一課所属の司法警察員八重樫喜兵エ外五名の警察官が被告人に対する競馬法違反被疑事件の捜索差押許可状を執行するため、昭和四七年一一月一二日午後三時一〇分ころ被告人の住居である森マンション六〇五号に赴き、出入口の鉄製ドアをノックし、最初に姿を見せた本件共犯者の下村千代子に対し来意を告げたが、入室を拒まれたので右警察官らはさらに数回来意を告げると共に出入口のドアを開くように要求し、暫時後姿を見せた被告人をして出入口のドアを開らかせ、室内に入ってみると、奥の六畳間のテレビからは競馬の実況放送が聴視されており、右六畳間のテーブル上には同日付の競馬新聞二部、青色ボールペン一本、赤色サインペン二本、赤色ボールペン一本および電気計算機が置いてあり、またそのテーブル下にはメモ用便せんが一冊があったうえ、八重樫警察官が「いま何をしていたのか」と質問したのに対し、被告人らは「見たとおり、きょうの競馬の呑み行為をやっていたのですよ」と答えたので、右警察官らは被告人らを競馬法三〇条三号違反の現行犯人と認めその場で逮捕したものであることが明らかである。右の事実関係からすれば、司法警察員八重樫喜兵エらが被告人を競馬法違反の現行犯人と認めたのは相当で、その逮捕が違法であるとはいえない。

所論のように、公判における審理の結果被告人が現行犯人とされた犯罪事実が認められなかったからといって、逮捕当時には適法であった被告人に対する現行犯人逮捕手続が当然に違法となるわけではない。

それ故、被告人を現行犯逮捕したのは違法であるとして、これに基づく拘禁中に作成された被告人の司法警察員に対する各供述調書の証拠能力を否定し、ひいては原審の訴訟手続の法令違反を主張する所論は、その前提を欠き理由のないものというほかない。

(ちなみに、仮に被告人の逮捕手続に瑕疵があったとしても、原審において、被告人および弁護人は被告人の司法警察員に対する各供述調書の取調について異議がなく、その任意性についての抗弁はないのであるから、それが不法拘禁中に作成されたものであるというだけでは、直ちにその証拠能力が否定されるいわれはないのである。昭和二六年(あ)第四六八号、同二七年一一月二五日最高裁第三小法廷判決。最高裁刑集六巻一〇号一二四五頁)

論旨は採用できない。

四、控訴趣意第一点量刑不当の主張について

被告人は昭和三五年ころから競馬のいわゆる呑み屋をするようになり、本件犯行のころには定職もなく、特定の客一〇名位を掌握し、二本の電話と電気計算機などを利用して呑み行為をつづけていたものであるところ、本件犯行は、昭和四七年一〇月二九日から同年一一月一一日までの間に、「昭和四七年第四回東京競馬第四日目」など現に開催された競馬に関し、加藤徳治ほか五名をして約九〇〇〇口(一口・一〇〇〇円ないし一万円)、金額にして約一二〇〇万円に達する申込をさせて、利を図ったというものであり、その犯行の規模、態様や被告人には同種犯罪の前科もあることなどに徴して考えると、被告人の刑責は軽くはない。しかしながら、本件犯行の罪質、法定刑に鑑み、また前科はいずれも罰金刑であって既に相当以前のものであること、被告人もようやく自己の非を悟り自主更生を決意し、まず正業によって生活をするべくマージャン荘と喫茶店を開業し、その収入によって生計を立てつつあることおよび被告人の年令等をも合わせ考えると、被告人に対しては、今直ちに懲役刑の実刑を科するのは相当とは思われない。被告人に対し懲役三年および罰金一〇〇万円の刑を定めた原判決の量刑は重すぎると認められる。論旨は理由がある。

よって、刑訴法三九七条三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書の規定に従い本件について更に判決をすることとする。

五、自判

原判決が適法に確定した事実に法律を適用するに、被告人の原判示の各所為はいずれも競馬法三〇条三号刑法六〇条に該当するところ、情状により競馬法三二条を適用して懲役刑および罰金刑を併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条四八条二項により法定の加重をした懲役刑の刑期および合算した罰金額の範囲内で被告人を主文二項の刑に処し、右罰金の換刑処分につき刑法一八条を適用し、そして刑法二五条一項を適用して主文四項のとおり懲役刑の執行を猶予する。なお当審における訴訟費用については刑訴法一八一条一項本文を適用して全部被告人の負担とする。

そこで主文のとおり判決する。

(裁判長判事 三井明 判事 石崎四郎 杉山忠雄)

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