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東京高等裁判所 昭和48年(う)1703号 判決 1974年3月08日

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大脇茂、同後藤英三、同荒木和男、同山田光政共同作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用し、これに対して、当裁判所は、記録を調査し、当審における事実取調の結果に基づき、つぎのとおり判断する。

一、関係証拠によれば、被告人が原判示の日時ころ原判示自動車(被告人車という)を運転し上大岡方面より大船方面に向って原判示の横浜市港南区日野町一二八九番地付近道路を走行したこと、港南警察署警察官青木晴喜、田村春夫、尾高祥子、高市宅馬らが右場所に森田式一一型速度測定機ICIを設置して右被告人車の速度を測定したこと、その測定結果を記載したとされている速度測定カードには、測定タイム一・一四秒、測定距離三〇メートル、換算時速九四・七キロメートルと記入されており、かつ「測定タイム表示管が一・一四秒を示していることを確認した」とする被告人の署名、捺印もあることが認められる。

≪証拠省略≫によれば、右測定機の性能上に欠陥があったとは認められない。

そこで問題は、測定の対象となった車両の見誤りはなかったか、また測定機の設置、操作上誤りがなかったかどうかの点であるが、測定機の操作を担当した青木晴喜、測定機に表示された数字(秒数)の確認に当った田村春夫および速度測定カードの記入に当った尾高祥子の各警察官は、いずれも原審における証人として、測定の対象となった被告人車の確認、測定機の設置、操作およびその表示管に示された数字の確認、またこれを測定カードに移記するうえで、誤りはおかしていない旨供述しており、この一連の速度測定過程上において誤りがあったとする点を具体的、積極的に認定できる資料は見当らない。

しかし、被告人は、原審公判廷において「警察官に停止を命じられる前にメーターを見ていないが、私の車は毎時九四・七キロメートルもの速度を出せばガタガタしてしまうのですぐ判る。自分では五〇キロか五五キロ位だったと思います。(以上第一回公判)私を連れてきた男の警察官があれを見ろというので何か機械を見ましたが、まさかスピード違反だとは思っていなかったので、はっきりした数字は見ていません。高市という警察官からスピード違反で九四・七キロ出していたと言われたので、私は『違反はしていません、機械が狂っているのではないですか』と答えた。違反を認める旨の署名をしたのは、二~三〇分間言い争ったがどうしても認めて貰えず、罰金は一万円位だと言われてつい面倒になって署名してしまった。(以上第二回公判)」と供述している。そればかりか、被告人は港南区港南中央通一〇番地の一港南区役所へ住民票謄本の交付を受けに行き、その帰途に、右区役所前から出発して、上大岡方面から大船方面に通じる本件道路に出て左折し、大船方面に向って進行し、本件測定場所を通過したのであるが、当裁判所の検証調書によれば、本件測定場所の手前(上大岡寄り)約四〇〇メートルの区間は幅員一六メートル、片側二車線の平坦でわずかに左にカーブする舗装道路になっているけれども、港南区役所前の道路と交差する地点(被告人が左折した地点)から右区間に至るまでの間は、地下鉄工事のため車両の通行が一車線に制限されていたばかりでなく、路面その他道路状況の悪い区間で、当審証人高橋親徳も供述しているように、毎時六〇キロメートルを超えるような高速度で通行することは容易でない場所であることが認められる。また≪証拠省略≫によれば、その間の距離が一六〇メートル以下であることも明白である。

一方、≪証拠省略≫によれば、被告人車が直線平坦の舗装道路において停止状態から通常の運転方法であるレバーDで発進し、毎時六〇キロメートルに達する距離は約一六〇メートルであって、右の地下鉄工事区間よりも長く、つぎに被告人車が直線平坦の舗装道路において通常の運転方法であるレバーDで毎時六〇キロメートルから発進しても、四〇〇メートルの地点で出しうる最高速度は毎時八九キロメートルに達するにすぎないことが認められる。そして≪証拠省略≫によれば、被告人は平坦路における通常の運転方法であるレバーDにより発進したものであることが認められる。

そうすると、被告人車の速度について測定した結果が記載されたとされている速度測定カードの「一・一四秒」「九四・七キロメートル」という測定結果は、その測定過程上どこに過誤があったかは明らかでないにしても、やはり合理的な疑いをさしはさむ余地のあるものというべきである。このことは同時にまた被告人の前記供述が単なる弁解として排斥しがたいものであることを示すものといわなければならない。かてて加えて、証人高市宅馬尋問調書によれば、被告人車が異状なスピードで走ってきて急ブレーキをかけて停車したという記憶はないというのであるし、被告人の当公判廷における供述によれば、警察官の止まれの合図を見てから四〇メートル位先で停車したというのであって、これらの点をも合わせ考えると、港南警察署長作成名義の「速度測定通報(受理)記録用紙の送付について」と題する書面(添付書面を含む)の記載内容を参酌しても、前記の速度測定カードの記載内容は、とうてい信用することのできないものというべきである。

ところで、この速度測定カード以外には、本件における被告人車の速度を的確に証明しうる資料はない。原判決が右の速度測定カードの記載内容を信用できるものとして、これに基づき被告人車の速度を毎時九四・七キロメートルと認定したのは、事実を誤認したものというほかない。これが判決に影響をおよぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よって、刑事訴訟法三九七条三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書の規定に従い本件について更に判決をすることとする。

二、自判

本件公訴事実は、「被告人は昭和四八年五月一五日午後四時五分ころ、公安委員会が道路標識によって最高速度を毎時五〇キロメートルと定めた横浜市港南区日野町一二八九番地付近道路において右最高速度を超える毎時九四・七キロメートルの速度で普通乗用自動車(品川五め三八五三号)を運転したものである。」というのであるが、先に説明したとおり、その証明が十分でないから刑事訴訟法四〇四条、三三六条に則り、被告人に対し無罪の言渡をする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長判事 三井明 判事 石崎四郎 杉山忠雄)

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