東京高等裁判所 昭和48年(う)2225号 判決
被告人 吉武正男
〔抄 録〕
そこで検討すると、業務上過失傷害罪における過失の内容が、酒酔い運転の継続ではなくて、それ以外の事故直前における注意義務の懈怠であり、酒酔い運転はせいぜい事故発生の誘発的縁由となっているにすぎない場合には、純然たる過失犯に準じて原則的に禁錮刑を選択するのが相当であり、事故の態様が特に悪質重大な事案においてのみ懲役刑を選択するのが相当である旨の、所論前半は十分に首肯しうるところである。問題は本件事故の態様が懲役刑を相当とするほど特に悪質重大な事犯といえるか否かであるが、右判断にあたっては酩酊の程度、酒酔い運転の危険の度合、とりわけ過失の態様、程度の重大性が検討されなくてはならず、被害の結果の重大性、被告人の年齢、経歴、前科の有無等も合わせて考慮されなくてはならない。
そこで、右観点から本件を考察してみると、記録によれば、被告人は当夜午後六時半頃から九時半頃までの間に清酒約四合、ビール約三本を飲んでおり、事故時には呼気一リットルにつき一・五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有していたことが明らかであり、本件事故の態様や、事故直後の警察官の見分によれば、被告人の態度は普通であるが、申訳ないと涙を流していたということなどを合わせ考えると、被告人が酒に強い体質であったにしても、かなり酩酊していたことが窺われ、また運転免許取得後二日目である点からみて運転技術が未熟であったことも否定しがたく、はなはだ危険な酒酔い運転であったといわざるをえない。さらに、被告人の本件過失は、被告人が自動車を運転し、原判示のように左側通行を厳守すべき義務に違反し、自車を進路右側部分の対向車線上に進出させるという、まことに初歩的ないし基本的な運転上の注意義務に違反したものであるから、重大な過失であること、ならびに被害の結果も全く過失のない被害者夫婦の顔面に裂傷の傷害を負わせ、そのうち一名(夫)については辛うじて失明を免れたものの四〇針も縫うという重傷を与えていること、なお、それまでに被告人は昭和四二年に自動車の無免許運転により一回罰金刑に処せられていることなどを、合わせ考えると、本件酒酔い運転は事故の発生の蓋然性が相当高度なまことに危険なものであって、本件過失の内容も重大であり、その結果も相当なものであったと認められるので、結局、被告人の本件所為は、現下の交通事情とも照らし合わせ、きびしい批難に値する悪質重大な事犯に属するものということができる。したがって、被告人と被害者らとの間に示談が成立し、被害者らに多額の金員を提供して陳謝の誠意を示していること、被害感情の宥和、被告人の家庭の事情、反省の情など記録に現われた有利な情状を十分考量しても、原裁判所が、量刑事情として説示しているように上述の諸点を勘案したうえで、被告人に対して禁錮刑を選択することなく懲役三月の実刑をもって臨んだことは、十分に首肯しうるところである。
(吉田 大平 粕谷)