東京高等裁判所 昭和48年(う)2674号 判決
被告人 高橋一郎
〔抄 録〕
右原判決の判断の当否について考察するに、原判決は、仮装債務の負担行為は仮装債権者の関与行為を必然的前提とするというのであるが、刑法九六条の二にいう「仮装ノ債務ヲ負担」する行為は、実在しない人間を債権者として、その者に対し債務を負っているような借用証書を作ったり、実在する人間であってもその者の承諾がないままこれを債権者とし右と同様の借用証書を作ったりするなどの方法により、行為者が単独でも容易にこれを実現できるのであって、仮装債権者の関与行為を常に必要とするものとは決して考えられない。とすれば、仮装債務の負担行為は対向犯と称せられる必要的共犯に属するとの原判断は、その出発点において既に失当といわなければならない。刑法九六条の二所定の仮装債務負担は、対向犯の一方の行為だけを犯罪として規定したものではなく、いわゆる必要的共犯にあたらないのであって、刑法総則の共犯規定も当然に適用されるものと解すべきである。そして、本件において、被告人が浅井勇と共謀のうえ、浅井がうけようとしていた強制執行を免れる目的で、浅井において被告人に対し四三五万円の債務を負担しているもののように記載した架空の借用証一通を作成した事実は、原判決も証拠によって認めているところであるから、被告人は、刑法九六条の二の罪の共同正犯者にあたるといわなければならない。原判決の引用する国税徴収法一八七条は、その一項において、納税者が滞納処分の執行を免れる目的で、その財産に係る負担を偽って増加する行為を処罰することとしたうえ、その三項において、情を知って右の行為につき納税者等の相手方となった者を処罰する規定を特にもうけているのであるが、これは国税徴収の確保の目的でもうけられた特別の規定であって、右一八七条三項に該当する者が右条項によって処罰されることは当然であるが、右条項があるからといって、一八七条一項の行為につき刑法総則の共犯規定の適用がすべて排除されると解すべきではなく、右国税徴収法の条項を根拠に、刑法九六条の二所定の仮装債務負担についても刑法総則の共犯規定の適用が排除されると解すべきものでもない。また、原判決が本件仮装債務負担の事実を認めることのできる証拠として掲げている各証拠を総合すれば、被告人は、浅井勇から本件の競売通知をうけていることにつき相談をうけたので、借用証書を適当に作り上げて配当要求をすればよいと教示し、原審認定のように架空の借用証を作成するにあたり、みずから債権者になることを承諾したほか、債権額の決定などについても浅井と協議をとげていることが認められるのであって、このような被告人の所為につき、これを実質的に不可罰とみるべき理由はないというべきである。なお、原判決の引用する最高裁の判例やわいせつ文書頒布罪の規定などは、いずれも本件に適切なものではない。
(高橋 大沢 千葉)