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東京高等裁判所 昭和48年(う)2922号 判決 1974年7月29日

被告人 吉岡株式会社 外二名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人吉岡株式会社(以下、単に被告会社ということがある。)及び被告人吉岡善勝の弁護人出射義夫、同田口邦雄共同作成名義の控訴趣意書並びに被告人谷口の弁護人坂本建之助、同小西輝子、同稲山恵久共同作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

出射、田口両弁護人の控訴趣意について。

趣旨は、原判決中被告会社及び被告人吉岡善勝に関する部分には事実の誤認及び不正競争防止法第五条第三号の定める「不正の競争の目的」の解釈適用の誤りがあるという主張である。

しかし、記録を調査すると、右被告人らに関する原判示罪となる事実は、所論の点も含め、原判決挙示の証拠によりすべて肯認するに十分であり、当審における事実取調の結果を参酌しても右認定を左右するに足りない。即ち、右証拠を総合すれば、被告会社は肩書地に本店を置き、主として毛織物の卸売を業とするもの、被告人吉岡善勝はその常務取締役であるが、被告人吉岡善勝は被告会社代表取締役吉岡善清と共謀のうえ、同会社の業務に関し、原判決別表(一)のとおり、昭和四四年四月二八日ごろから同年五月一七日ごろまでの間に、被告会社本店店舗において、同会社が販売する商品である一着分一、五〇〇円ないし二、七〇〇円相当の、日本国内で製造された紳士用洋服生地合計四五一着分の裁断した各一着分に、原判決別紙甲、乙の形状の転写マークのいずれかを少くとも一回以上、アイロンを使用し押捺して表示したこと、右各表示はその構成要素たるブラツドフオード、イングランド、ロンドン(以上甲)、マンチエスター、ロンドン、イングランド(以上乙)等の英国の地名の英文字並びにその図案を総合し全体として観察すると、いずれも我が国の一般消費者をして、これを付した前記洋服生地が英国において製造されたものであるとの誤認を生ぜしめるものであることをいずれも認めることができる。そして、不正競争防止法第五条にいう「不正の競争の目的」とは、一般に不公正な手段、即ち公序良俗、信義衡平に反する手段によつて他人と営業上の競争をする意図をいうのであるが(昭和三五年四月六日最高裁大法廷判決、刑集一四巻五号五二五頁参照)、本件の同法第五条第三号、第一条第一項第四号の関係においては、自己の製造又は販売する商品に、該商品が真実製造された地以外の地において製造された、より優良な商品である旨の誤認を生ぜしめる表示をするという不公正な手段によつて他の業者と営業上の競争をする意図をいうものと解すべきであり、このような意図を有する当該行為者を処罰する所以が、被害を受ける他の営業者の利益の保護を図るとともに、一般消費者の利益の保護をも図ろうとするにあることは明らかである。したがつて、不正競争防止法と、不当景品類及び不当表示防止法とを比較し、前記不正競争の概念の中には取引の相手方たる一般消費者は含まれない旨の所論は、にわかに賛同できない。ところで、被告人吉岡善勝らが、その販売する紳士用洋服生地に前記の表示をした行為は、前認定のように同表示により一般消費者をして英国製であるとの誤認を生ぜしめること及び我が国において一般に英国製洋服生地が良質のものとして認識されているという公知の事実に照らし、前記のような不公正な手段に該当し、我が国における一般の紳士用洋服生地販売業者との競争において被告会社を不当に有利な地位に立たせるものであると認められる。そこで、被告人吉岡善勝及び吉岡善清について、具体的に前記のような不正の競争の目的があつたかどうかを検討するに、右両名が原判示のように多数の表示を反復継続して行なつた事実自体並びに関係証拠により認められる本件の表示をした洋服生地はすべていわゆる柄のあまり良くないイタリア人の行商人らに販売したもので、本件犯行当時被告人吉岡善勝及び吉岡善清は、右イタリア人らがその洋服生地を国内において一般消費者に売りさばいていることを認識していたこと、右イタリア人らは本件犯行の約一年前から被告会社に出入しており、当初は店舗においてアイロンを借りみずから本件と同種の転写マークを押捺していたが、次第に被告会社従業員がサービスとして販売のつど押捺するようになつたこと、転写マークも昭和四三年四月イタリア人の要求に応じ吉岡善清が被告人谷口に発注して以来、これを被告会社に用意しておくようになり、同会社は原判決別表(二)のように需要に応じて次々とこれを被告人谷口に多数注文して納品させていたこと、この間被告会社に生地を仕入れに来るイタリア人の数が増加し、売上げも飛躍的に増大していること(特に被告人吉岡善勝の昭和四四年六月三〇日付警察官調書参照)、更には被告人吉岡善勝及び吉岡善清の各捜査官調書中の犯意に関する供述記載部分を総合すれば、右両名は、本件各表示が我が国の一般消費者をして、被告会社がこれを付して販売した日本製洋服生地が英国製であるとの誤認を生ぜしめるものであること及びその洋服生地が前記イタリア人らを通じ国内の消費者に大量に販売されていることを認識し、かつ右の表示をすることが不公正な営業手段であることを知りながら、この表示をすることによつて売上げを増大させる意図でイタリア人らの要求に応じこの行為を続けていたことが認められるのであるから、前記不正の競争の目的があつたというべきである。所論は、被告人吉岡善勝及び吉岡善清の両名は、被告会社に洋服生地を買いに

来た外国人らに対し、本件表示によつてこれを英国製品であると誤認させて売りつけようとしたのではなく、右外国人らは被告会社から買う洋服生地が日本製であることを十二分に知つていて、安いから買いに来たのであると主張する。そして記録上、そのことは、所論のとおりであると認められるけれども、本件の罪が構成要件として、当該表示のある商品を直接に買い受けた者に現実に誤認を生ぜしめることを必要としないことは法文上明らかであり、右両名が前記の認識と意図を持つていたことが認められる以上、不正の競争の目的に欠けるところはないというべきである。

以上のとおり、被告会社及び被告人吉岡善勝に関する原判示事実には何ら事実誤認がなく、また右所為が不正競争防止法第五条第三号、第一条第一項第四号(原判決に一条四号とあるのはいずれも誤記と認める。なお被告会社に対し不正競争防止法第五条の二)に該当するとした原判決には何らの法令適用の誤りも存在しない。論旨はいずれも理由がない。

坂本、小西、稲山各弁護人の控訴趣意第一点について。

論旨は、原判決中被告人谷口に関する部分の事実誤認を主張するものである。

しかし、記録を調査すると、被告人谷口に関する原判示罪となる事実、即ち同被告人が被告人吉岡善勝らの原判示第一の犯行に際し、その情を知りながら原判決別表(二)のとおり、昭和四四年三月二四日ごろから同年五月一五日ごろまでの間七回にわたり、いずれも吉岡株式会社店舗において同会社に対し前記甲、乙転写マーク合計三万枚を代金合計一五万円で販売納品し、もつて被告人吉岡善勝らの前記犯行を容易にしてこれを幇助した事実は、原判決挙示の証拠によりすべて肯認するに十分であり、当審における事実取調の結果を参酌しても右認定を左右するに足りない。所論は、先ず本犯たる被告人吉岡善勝及び吉岡善清の犯行について事実誤認があるというのであるが、この点につき事実誤認の認められないことは前記出射弁護人らの控訴趣意に対する判断において示したとおりである。次に所論は、被告人谷口の知情の点を争い、同被告人は被告人吉岡善勝及び吉岡善清が日本国内で製造された紳士用洋服生地に前記転写マークを一着分につき一個以上押捺したことも、またその押捺によりその洋服生地が英国で製造された旨の誤認を生ぜしめる表示をしたものであることも知らなかつたと主張する。しかし、所論引用の被告人谷口の各捜査官調書、被告人吉岡善勝の昭和四四年六月四日付警察官調書を総合すると、原判決が「被告人谷口を共同正犯と認めない理由」の(二)1において説示するとおり、被告人谷口は、昭和四四年三月七日ごろ転写マークを納品するため被告会社を訪れた際、同会社で二、三人の外国人が一見して日本製と思われる洋服生地を買おうとしているところを偶然に目撃して以来、被告会社ではその販売する日本製洋服生地に同被告人の経営する谷口商店の販売した転写マークを押捺していることを察知したことを肯認するに足り、右事実は任意性及び信用性の認められる被告人谷口の上申書によつても明らかである。所論は、被告人谷口は、被告会社で外国人が洋服生地を買つているのを見て若干不安を抱いたが、吉岡善勝が「間違いなく英国製に押すんだから作つてくれ」というので吉岡の右言を信じ大丈夫だと思つて注文に応じたものであるというが、関係証拠によると、被告人谷口は昭和四三年二月イタリア人マリオに本件と同種の転写マーク二、〇〇〇枚を製造販売して以来、本件犯行に至るまで吉岡株式会社又はイタリア人に転写マークを反復継続して多数販売していること、谷口商店は、転写マーク、毛織物サンプル、見本台紙、下げ札等を製造し、これを毛織物メーカーや商事会社に納入するという洋服生地に密接な関係のある営業を行なつており、その須田町の舗店は被告会社のすぐ近くにあることがいずれも認められるのであるから、被告人谷口は被告会社において自己の納入する転写マークを悉く押捺するほど多量の英国製生地を取り扱つているものかどうかを当然認識していたはずであり、したがつて吉岡善清の英国製に押すのだという言葉をたやすく信用したとは認められない。被告人谷口の原審及び当審公判廷における供述中右認定に反する部分は信用できない。更に、同被告人の原審公判廷における供述及び昭和四四年六月六日付検察官調書によれば、同被告人は、本件各転写マークを日本製洋服生地に押捺表示するときは、一般消費者をして、これを英国製生地であると誤認させることがある旨認識していたことが認められる。そして、幇助犯としての本犯の犯罪事実の認識は以上の程度で十分であり、個々の押捺行為の日時や具体的方法についてまでの認識は必要としない。したがつて、被告人谷口に関する原判示事実には何ら所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨は、被告人谷口に対する原判決の量刑が不当に重いという主張である。

しかし、記録によれば、本件の本犯たる吉岡善勝らの犯行は、前記のように不公正な手段を用いて競業秩序を乱したものであり、その結果として、本件表示を付した洋服生地が、イタリア人の行商人らの悪徳行為を介してではあるが、多数の消費者に不当に高価に売りつけられ、これら消費者に多大の損失を与えたことも推認されるのであつて、その責任は軽視することができず、被告人谷口の犯行は従犯にとどまるとはいえ、本犯の犯行に不可欠な転写マークを反復して多量に納入したものであつて、その罪責、態様、回数等に徴し、その刑責も決して軽いものではない。なるほど、被告人谷口が昭和四四年三月中旬ごろ吉岡善勝らの不正行為を察知し、転写マークの注文を一旦拒絶したところ、吉岡善清から「それは困る。なぜ急にいけないんだ」などと言われたことは認められるけれども、同時に「英国製生地に押すのだから」と言われて結局注文に応ずることになつたことも認められるのであるから、同人の要求を拒絶することがさほど困難な状況にあつたものとは認められない。その他当審における事実取調の結果をも合わせ、論旨指摘の、同被告人の販売した価格が特に高価ではなく、本件によつて得た利益も、吉岡株式会社が得たと推定される利益とは比較にならないほど僅少であることなど同被告人に有利な諸事情を考慮に入れても、原審の量刑(罰金一〇万円)は相当であると認められる。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三九六条により本件各控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

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