東京高等裁判所 昭和48年(う)3152号 判決 1974年7月24日
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役二月及び罰金一万円に処する。
右の罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人新井泉太朗及び同高橋利明共同作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書記載のとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意第一点及び第二点について
所論は、原判決が、被告人がトルコ横浜城において、トルコ嬢の監督及び浴室の管理等の業務に従事していたこと及び原判示の各売春に際してその情を知っていたことをそれぞれ認定しているのは、事実を誤認したものであり、また、被告人が売春防止法第一一条第二項にいう売春を行う場所を提供した者にあたるとしたのは、同条項の解釈適用を誤ったものであって、右の各違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。
まず、≪証拠省略≫によると、被告人が原判示の各売春に際してその情を知っていた旨の原判示の事実認定は、十分これを肯認することができ、右の認定と牴触する被告人の当公判廷の供述は、右の積極証拠と対比して信用することができず、その他所論に鑑み検討しても、右の認定を左右するに足りない。
つぎに、≪証拠省略≫によると、トルコ横浜城の経営については、その支配人であるOが、昭和四八年三月ころ以来、経理面を除いては経営者から全面的に任されてこれを主宰してきたものであり、被告人は、同年四月二三日同店に主任として雇われ、同店の客の下足番、客とトルコ嬢との引き合せ、客用のタオルや清涼飲料水の準備、店内外における開店前の準備と閉店後の整頓の点検、ボイラーの操作等の営業の雑務に従事するほか、同店には右Oと被告人のほかにはレジ係の女性とトルコ嬢しか従業員がいないところから、業務全般について右Oを補佐すること、トルコ嬢の出勤状況及びトルコ嬢が客から料金をとりすぎていないか、客扱は良いかなどの勤務態度を把握して、これに対する適正な処理をし、あるいはトルコ嬢と客との間のトラブルを解決することなど、トルコ嬢の監督、指導にあたること及び本件当時においては、右Oが不在のときにはトルコ嬢の雇入を含めて同人の仕事一般を代行することをもその職務としていたことが認められ、所論を考慮しても右の認定を左右するに足りない。そうすると、所論の指摘する原判示の被告人の業務についての事実認定は、一般的な業務内容を示すものとしては十分これを肯認することができ、事実誤認とはいえない。
しかし、被告人は、前記の店に雇われてから本件まで僅か一月余しか経っていなかったのであるから、その間果して右のような業務一般についての支配人の輔佐、トルコ嬢の監督及び支配人の仕事の代行業務を十分にすることができたかについては疑問がある。また、証拠を検討すると、被告人は、捜査官に対して、被告人が、支配人の事後承認を要するものではあるが、トルコ嬢の面接、雇入を一、二度行った旨述べており、トルコ嬢の極く一部の者は、捜査官に対し、被告人が支配人と共にトルコ嬢を監督、指揮していた旨抽象的には述べているけれども、その反面、被告人は、捜査官に対し、被告人が経営方針の相談には全然預っていない旨述べており、トルコ嬢の多くは、捜査官に対し、支配人が一人で経営をとりしきっていた旨述べ、前記の店のレジ係である証人Uは、当公判廷において、被告人がいわゆるボーイと同様雑務に従事していたにすぎない旨供述している。以上を総合すると、被告人は、現実には、前記の店の一従業員として、支配人の指示のもとに、同店の既定の営業方針に従って前記の営業の雑務に従事していたにすぎないものと認めるほかはなく、被告人が支配人と共に、あるいは同人に代って、経営者的立場において原判示の業務を行っていたものであるとは到底認めることはできない。
そして、≪証拠省略≫によれば、原判示の日時に各売春が行われた際には、支配人のOが在店していたものであり、被告人は、前記のような営業の雑務に従事していたことが認められる。
ところで、売春防止法第一一条第一項あるいは第二項にいう売春を行う場所を提供した者にあたるというためには、必ずしも売春を行う場所として提供された施設の経営者自身である必要はないけれども、経営者的立場に立ってその場所について事実上の支配力を有するものであることを要すると解される。そして、前判示に徴すると、原判示の各売春に際して、被告人には右のような支配力があったとは認めることができないから、被告人は単独で右法条にいう売春を行う場所を提供した者にはなりえない。また被告人が右Oの売春を行う場所を提供する行為に共同加功する意思すなわち同人と一体となって同人の行為を利用して自己の意思を実行する謀議があったと認めるに足る証拠もない。従って、本件においては被告人が支配人である右Oについて成立する売春場所の提供罪のいわゆる実行共同正犯または共謀共同正犯の関係に立つものとは認められない。ただ、被告人が右Oの売春場所の提供罪の成立について、その情を知りながら、前記の雑務に従事してこれを容易にした点において、同罪の幇助犯の責任を免れないものと解する。
そうすると、被告人に対して売春防止法第一一条第二項、第六〇条を適用処断した原判決は、法令の適用を誤ったものといわなければならず、右の誤が判決に影響を及ぼすことは明らかである。それで、論旨は、理由がある。
右のとおりで、控訴趣意第三点について判断するまでもなく、本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条により原判決中被告人に関する部分を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書の規定に従って、さらに判決することとする。
(罪となるべき事実)
被告人は、横浜市中区曙町一丁目五番地にトルコ横浜城の名称で営業所を設けてトルコ風呂営業を営む横浜起業有限会社に同営業所の主任として雇われていたものであるが、同営業所の支配人としてその業務一切を掌理し、同営業所で稼働するいわゆるトルコ嬢の監督及び同営業所の浴室の管理等の業務に従事していたOが、右会社の業務に関し、別紙場所提供一覧表記載のとおり、昭和四八年五月二五日ころから同年六月八日ころまでの間、同営業所のトルコ嬢T′ことTほか三名が、不特定の男客を相手に売春するに際し、その都度その情を知りながら同女らに同営業所の個室浴場を提供し、もって売春を行なう場所を提供することを業とした際、その情を知りながら右の客らの応接、トルコ嬢との引合せなどをし、右Oの右犯行を容易にさせてこれを幇助したものである。
(証拠の標目)≪省略≫
(法令の適用)
一、罰条 売春防止法第一一条第二項、刑法第六二条第一項
二、従犯の減軽につき、刑法第六三条、第六八条第三号、第四号
三、労役場留置につき、刑法第一八条
四、当審における訴訟費用の負担につき、刑事訴訟法第一八一条第一項但書
(量刑事情)
本件の罪質及び犯情は、必ずしも軽視できないけれども、被告人は、前記の店に勤めてから日が浅く、地位も低く、犯罪に加功した程度も従犯にすぎないこと及び被告人が本件後同店を辞めて更生の途を歩んでいることなど被告人に有利な情状を斟酌して、主文の刑を量定した。
そこで、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 浦辺衛 裁判官 環直彌 内匠和彦)
<以下省略>