東京高等裁判所 昭和48年(う)3251号 判決 1974年3月27日
被告人 大沢良子
主文
原判決を破棄する。
本件を巻簡易裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の趣意は、巻区検察庁検察官取扱検事中野国幸の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、弁護人中野新の答弁書のとおりであるから、これらを引用する。
検察官の控訴趣意について
原判決は、「被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和四八年七月一三日午後一時頃、新潟県公安委員会が道路標識によつて駐車を禁止する場所と指定した同県西蒲原郡巻町大字巻甲二、四二九番地付近道路に、普通乗用自動車(新五五す二九六三号)を約一五分間駐車したものである」との本件公訴事実について、証拠上被告人の故意は認められず、本件は過失による駐車違反(道路交通法第一一九条の二第二項、第一項第一号、第四五条第一項)、すなわち同法第一二五条第一項所定の「反則行為」に該当するとしたうえ、更に被告人が同条第二項にいう「反則者」に該当するか否かについて、交通反則通告制度は、本来大量に発生している自動車等の運転者の違反事件を迅速かつ合理的に処理するための特例的手続であるから、その対象となる反則行為も比較的軽微なものが掲げられてあり、特に悪質な危険性の高い同法違反行為、たとえば信号機等の損壊等(第一一五条)、過失による建造物損壊(第一一六条)、交通事故の場合の措置義務違反(第一一七条)、酒酔運転(第一一七条の二第一号)、無免許運転(第一一八条第一項第一号)、過労等の運転(第一一八条第一項第三号)、超過速度が二五キロメートル毎時以上の最高速度遵守義務違反(第一一八条第一項第二号、第二項)は、「反則行為」から除外されているが、本件は極めて軽微な過失犯であるばかりでなく、被告人は当時自己の運転免許証が同年七月四日有効期間の満了により失効していたのに、免許証の更新を忘れてその再交付を受けていなかつたため、形式的には無免許で自動車を運転したことになつたに過ぎず(その後同年同月二六日付で同種の運転免許証の再交付を受けた。)、このような行為に別段危険性があつたとは認められないばかりでなく、同法は過失による無免許運転を処罰の対象としていないし、同法第一二五条第二項第一号も、「車両等に関し法令の規定による運転の免許を受けていない者(法令の規定により当該免許の効力が停止されている者を含み云々)」と規定しているが、過失による無免許運転については特別に規定していないことからみると、同号は法令により処罰の対象としないものまで含める趣旨ではなかつたものと解するのが相当であるから、被告人は同項第二号ないし第四号にも該当しない以上、同条所定の「反則者」である旨判示し、本件については交通反則通告の手続を経ないで公訴が提起されたとして刑事訴訟法第三三八条第四号により本件公訴を棄却したことは、判文上明らかである。
しかし被告人は道路交通法第一二五条にいう「反則者」に該当するとした原審の見解は、法令の解釈適用を誤つたものであると認められる。すなわち同法第九章に規定されている交通反則通告制度は、大量に発生している車両等(ただし軽車両を除く。)の運転者の違反事件を、迅速かつ合理的に処理するための特例的手続であつて、その対象となる反則行為も比較的軽微なものが掲げられてあり、運転者の同法違反行為であつても、無免許運転の罪を含む悪質な、あるいは危険性の高いものは、反則行為から除外されていること、過失による駐車違反(同法第一一九条の二第二項、第一項第一号、第四五条第一項)が、同法第一二五条第一項の別表上欄に掲げられた反則行為に該当することおよび同法が過失による無免許運転を処罰の対象としていないことは、いずれも原判示のとおりである。しかし前記のとおり無免許運転の罪は、同法第一二五条第一項の反則行為から除外される一方、同条第二項第一号は、「当該反則行為に係る車両等に関し法令の規定による運転免許を受けていない者」(この「…運転免許を受けていない者」とは、運転適性の有無を問わず、一般的に免許を受けていない者という行為者の客観的状態について規定しているものであつて、その中には、免許証の更新を失念して運転免許を失つた者をも含む趣旨であると解すべきである。)を反則者から除外し、同法が運転者の無免許運転に伴う反則行為については、交通反則通告制度の適用を排除する趣旨を明示していることのほか、右制度が大量に発生している運転者の比較的軽微な明白、定型的な違反行為を迅速に処理するための特例的手続であることをも合わせ考えると、反則行為をした運転者が、当該自動車に関し法令の規定による運転免許を受けていない場合には、たとえ右運転者が無免許運転の犯意を欠くため同罪の成立が否定されたとしても、「反則者」に該当せず、同法第九章の規定の適用を受けるものではないと解するのが相当であり、同法が、過失による無免許運転を処罰していないことは、右の解釈に何ら消長を及ぼすものではないというべきである。
そうであるとすれば、被告人の運転免許が本件当時その有効期間の満了により失効したとされる以上、被告人は「反則者」に該当しないというべきである。これに反する原審の見解は、弁護人の所論を考慮しても、到底採用することはできない(なお原判決引用の最高裁判所判例は、本件と事案を異にし不適切である。)。したがつて被告人が同法第一二五条にいう「反則者」に該当することを前提として、本件が交通反則通告の手続を経由しないで公訴の提起がなされたことを根拠に本件公訴を棄却した原判決は、法令の解釈適用を誤つたものであり、右誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。検察官の論旨は理由がある。
よつて刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条により原判決を破棄し、同法第四〇〇本文により本件を原裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。