東京高等裁判所 昭和48年(う)593号 判決
被告人 小川泉
〔抄 録〕
ところで、道路交通法二六条一項が車間距離保持を命じた所以のものは、先行車が急停車、急徐行あるいは方向転換等をしたため、これに追従する後行車の運転者が急停車の措置を講じても空走距離の関係で追突事故または接触事故を招く危険があるので、これを防止することにあるのであり、具体的事件において右の車間距離不保持が過失の内容とされる場合は、先行車が従来と同一の速度、運転方法により進行していたのに、何らかの事情があって、急停車、急徐行あるいは方向転換等をした場合に、これに追従する後行車の運転者が急停車の措置を講じたが間に合わず、追突または接触等の事故を招いた場合に論議せらるべきものであり、右の事態と異り、先行車において既に一時停止または方向転換等の運転操作に出るため徐行等の措置をとっており、後行車の運転者において先行車の動静を確認していたならば、先行車が右の如く一時停止または方向転換等をすることを予見できる場合には、当然これに備えて追突、接触等の危険を回避するため必要な速度の調整等をする注意義務があるのであり、この注意義務を怠った結果、後行車の運転者が先行車に追突、接触等をする事故を招いた場合には、車間距離の観点からすれば、後行車は速度の関係において常に先行車に接近しすぎていた関係になるのであり、この場合車間距離をおかなかったというのは、後行車の運転者において先行車の動静を確認せず、従ってこれに即応した運転方法を講じなかった注意義務違反に結果する現象たるに過ぎず、この場合の後行車の運転者としての過失、すなわち注意義務違反は、先行車の動静を確認してこれに即応した運転方法を講じなかった不注意な運転態度に求められるのであり、右の先行車両に接近しすぎていて適切な車間距離をとらなかったことが過失の内容となるものではない。<中略>
ところで、原判決が被告人の運転する車が高橋の運転する車との間に僅か六ないし七メートルの車間距離をとったのみで、高橋の運転する車が急停車したときでもこれに追突することを避けるに必要な車間距離を保たなかったというのは、単に被告人車が前記バスの右側方を通過するにあたりというだけで、被告人車が右バスの右側方を通過しようとした時であるのか、通過中であるのか、あるいは通過後であるのか、そして又その際高橋の運転する車がどの位の速度で進行しており、同車が右バスの右側方を通過した後右折のため道路中央よりに急停車したものであるか、どうか、これらの事実について原判決は認定判示するところがない。そして、実はこれらの点が明確にされない限り、車間距離不保持をもって本件過失の内容とすることはできないものといわなければならない。然るに、前記証拠との関係からすれば、右六メートルないし七メートルというのは、被告人が高橋の運転する車が前記バスの右側方を通過し終り右折のため停車したのを認め、急停車の措置を講じた時点における両車間の車間距離をいうものとみられるのであって、その前の時点における両車間の車間距離を判示しているのではないとの疑いが存する。そして、高橋実の前記司法巡査に対する供述調書によれば、高橋は前記バスの右側方を通過した後右折のため右折道路の手前で一時停車したというのであり、一方、被告人の語るところによれば、被告人は高橋の運転する車の九・六メートル後方に自車が接近したとき、高橋の運転する車が道路中央部分を越えた所でストップランプをつけているのを認めたというのであるから、その前の地点、すなわち、被告人が前記バスの右側方を通過すべく右側方に出た後、前記被告人の司法巡査に対する供述調書にある如く、アクセルをふかし加速する前の地点において高橋の運転する車は減速徐行中であり、しかも、被告人も同車の動静に注意を払っておればこの事実を認識し得たものではないかとの疑いがある。加えて、高橋の運転する車は前記バスの右側方を通過し終った後、依然進路を左にかえさず右折の合図をしたままであった、と被告人も述べているのであり、附近に台町方面に通ずる右折道路のあることは被告人も予てから承知していたのであるから(被告人の検察官に対する供述調書)、本件は被告人が高橋の運転する車の動静をよく注視していたならば、同車が前記バスの右側方を通過した後台町方面に右折のため減速徐行し停車しようとするのを前記の如く九・六メートルに接近する以前の時点においてよく認識し得て、同車との追突を回避するため適切な措置を講じ得た場合ではないかとの疑いを更に深くするのである。
以上の次第であって、原判決は本件において、被告人が先行する高橋実運転の車との間に原判示の車間距離を保持しなかった点をとらえて、被告人の業務上の過失と認定しているのであるが、右の過失を認定するについては上来説示したように被告人の運転する車が高橋の運転する車との間に六ないし七メートルの車間距離を保持して追従していたのはどの位置において(特に原判示バスとの関係において)、どの位の距離の間であったのか、そしてまた両車の車間距離が右の如く六ないし七メートルに接近する以前に先行する高橋の運転する車において既に徐行等の措置を講じていなかったかどうか、被告人は果してよく高橋の運転する車の動静を確認していたかどうか、あるいはまた被告人の運転する車が高橋の運転する車に右の如く六ないし七メートルの車間距離を保持して高橋の運転する車が右折のため急停車したものであるかどうか、以上の点を確定することなく、原判決が被告人に対したやすく原判示の車間距離不保持を内容とする原判示の業務上の過失を認定したことは、ひっきょう審理不尽若しくは事実誤認の瑕疵が存する。
(荒川 谷口 時国)