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東京高等裁判所 昭和48年(う)601号 判決 1973年8月15日

被告人 太田富雄

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人木村喜助作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。これに対し、当裁判所はつぎのとおり判断する。

一  論旨第一について。

所論は、原判決は、本件公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であり、公訴棄却の判決をすべきであつたのに、これを誤り有罪の判決をしたのは、不法に公訴を受理した違法がある旨の主張に帰する。

よつて、原審記録をつぶさに検討し、かつ、当審における事実の取調の結果を合わせて考察すると、

1  被告人は、公安委員会の運転免許を受けないで、昭和四七年五月一七日午後二時五〇分頃、千葉県山武郡成東町松ヶ谷中谷の下バス停留所付近道路において、普通乗用自動車を運転したこと、

2  被告人は、右日時場所において、交通取締中の同県成東警察署巡査部長江波戸正勝により停止と免許証の提示を求められ、自己の無免許運転の犯行が発覚するのを恐れ、免許証所持者で知人である湯浅正大の氏名を偽り名乗り免許証不携帯であると虚偽の陳述をして右江波戸巡査部長を欺き、同巡査部長から、右湯浅正大名義をもつて、道路交通法一二一条一項一〇号、九五条一項に違反する反則行為として、同法一二六条一項所定の告知を受け、あわせて、道路交通法施行令五二条所定の納付書の下付を受け、右告知を受けた反則金相当額金一、〇〇〇円を道路交通法一二九条一項所定の期間内である同年同月二〇日に仮納付したこと、

3  一方、前示江波戸巡査部長は、右2の交通取締を終わつて、その日の夕方成東警察署に帰り、前示湯浅正大名義のいわゆる交通反則切符を点検し、その供述書欄に違反者とされている湯浅正大の署名押印が漏れているのを発見し、その者に連絡をとつたところ、湯浅正大から同年同月二〇日に至つて、同人は、右1、2の日時場所で自動車の運転をしたことはなく、従つて交通違反をしたこともない旨の確答を得たので、捜査の結果、同年同月二二日右1、2の各事実(但し、仮納付を終わつた事実を除く。)が明らかになるとともに、被告人は、同年同月二二日前示江波戸巡査部長の取調に対し、自己の住所を本籍地である千葉市和泉町六〇三番地と同一である旨申し立てたこと、

4  そこで、千葉県警察本部交通反則通告センターの通告官は、成東警察署よりの事件送致に基づき、被告人の行為は、真実は右1のとおりであつて、道路交通法一二五条所定の反則行為に当たらず、従つて、通常の刑事手続により処理すべきものと認め、昭和四七年五月二九日同法一二七条一項所定の通告をしないこと、湯浅正大名義で仮納付されている反則金一、〇〇〇円の金額を還付すること等を決定し、同年六月一二日までに被告人に対し右反則金の還付ができるよう内部手続を完了して置き、同日をもつて、かねて被告人から成東警察署江波戸巡査部長に対し申立のあつた被告人の住所である前示3の千葉市和泉町六〇三の被告人あて、前示2の告知は、無免許運転であつたので、是正する旨前同法一二七条二項前段により通知すること、及びさきに仮納付のあつた反則金一、〇〇〇円を返すから所定の手続により受け取るよう通知する旨の書面を書留配達証明郵便に付して発送したが、同月一五日転居先不明で返戻され、前同センターの通告官は、成東警察署に対し被告人の所在調査を依頼し、前示和泉町六〇三のあて先で連絡ができることを確かめたうえで、同年一〇月さらに前と同じあて先にあてて前同様書留配達証明郵便に付して発送したが、これも、その数日後前同様の理由により返送されたこと、そして、被告人が、自己の仮納付した前示金一、〇〇〇円を所定の手続により受領する旨の意向を現実に表明したのは、被告人に対する本件被告事件が当審に係属した後である昭和四八年七月二一日であつて、それ以前において、被告人が前示是正通知のあつたことを知つたり、自己の仮納付した反則金一、〇〇〇円が還付される旨の通知を受けたりした事跡のみるべきものがないこと、

5  成東警察署警察官は、右3の調査とともに、被告人に対する道路交通法違反(無免許運転)の捜査をも行ない、昭和四七年六月一二日前示センターの通告官から湯浅正大こと被告人に対する道路交通法違反(免許証不携帯)事件の一件書類の引継を受け、これを検察庁に送致し、千葉地方検察庁検察官は、さらに捜査をしたうえ、同年九月二五日千葉地方裁判所に対し、被告人に対する道路交通法違反(無免許運転)の所為につき公訴を提起したこと、右公訴提起に先だつ同年同月一三日における検察官事務取扱検察事務官の取調において、被告人は、自己の住居を本籍地と同一である千葉市和泉町六〇三番地である旨申し立てたこと、及び被告人は、前示1の所為に出た頃から同市宮野木町一〇五九番地牧野貞雄方に一時止宿しているが、そこは、現在は、ともかく、当時は被告人の一時の止宿先であつて、住所は、被告人が成東警察署江波戸巡査部長に対し申し立てた千葉市和泉町六〇三番地であり、そこには被告人の父も居住しており、被告人の前示止宿先は、被告人の父も知つていること

以上の諸事実が認め得られ、以上の認定に反する被告人の当公判廷における供述部分は信用し難く、他に右各認定を覆すに足りる証拠は存在しない。もし、前示1の所為に出た頃の被告人の住所が、千葉市宮野木町一〇五九番地牧野貞雄方であつて、同市和泉町六〇三番地でなかつたのであるならば、被告人としては、昭和四七年五月二二日成東警察署において司法警察員の取調を受けた際、右牧野貞雄方が住所である旨申し立てたであろうと思われるのにかかわらず、その申立をしたなんらの証跡がないのみならず、その際、前示3のとおり、自己の住所を千葉市和泉町六〇三番地であると申し立て、これに付加し、自己の勤務先として、千葉市新田町一一七協和商事と申し立てており、また、前示検察官事務取扱検察事務官の取調の際にも、前示5のとおり、自己の住居を本籍地と同一である千葉市和泉町六〇三番地と申し立てておることは、本件犯行当時から公訴の提起の当時までを通じ、被告人が前示牧野貞雄方に止宿していたのであるけれども、被告人としては、同所を単に一時の止宿先とする意思で同人方に寄寓していたものと認めざるを得ない。もつとも、原審記録六丁につづつてある被告人に対する原審第一回公判期日召喚状の郵便送達報告書によれば、同召喚状が右牧野貞雄方に送達せられ、同居者である同人によつて受領されたことが明らかであるが、これは、記録上明らかなとおり、本件起訴状に被告人の住居として、本籍地千葉市和泉町六〇三番地と同一である旨の表示があるため、いつたん右和泉町の方へ送達方手続が行われたうえ、被告人が現在する右牧野方へさらに送達の手続がとられたのでこのようになつたものか、または、被告人は、起訴状謄本等を昭和四七年九月三〇日原庁において交付を受けることにより送達を受けていること、及び同年一〇月五日には、原庁に対し、弁護人として弁護士北光二を選任した旨届け出、受理されていることからみて、原庁からする被告人への連絡は、自己の現在する右牧野貞雄方あてにされるよう求めたのか、いずれかによるものと考えられ、いずれにしても、被告人に対する原審第一回公判期日の召喚状が右牧野貞雄方に送達されているという一事をもつてしては、前示認定を覆すことはできない。また、前示4の書留配達証明郵便が二回にわたり転居先不明の理由をもつて返戻されたことは、両認定のとおりであるが、これは、被告人の本籍地である千葉市和泉町六〇三番地に住んでいる被告人の父かその家人かが、被告人の現在する場所が同市宮野木町一〇五九番地牧野貞雄方であることがわかつているはずでありながら、転居先が不明であると申し出たため、右のような返戻扱いとなつたものと解されるので、これも、前示認定の妨げとはならない。なおまた、原審第一回公判調書によれば、被告人は、裁判官の人定質問において、自己の住居を千葉市宮野木町一〇五九番地と述べておるが、これは、昭和四七年一一月二八日のことであつて、本件公訴の提起があつた同年九月二五日から二か月余を経過した時期の供述であることを考えれば、かれこれ時期を異にしており、これまた、前示認定を覆すに足りる証拠とはなし難いものといわなければならない。

以上に認定した事実関係に基づいて、本件公訴提起の適否について考えてみると、被告人が湯浅正大であると偽つて取締警察官を欺き、自動車運転免許証を携帯しないで自動車を運転したという道路交通法一二一条一項一〇号、九五条一項違反の所為と、公安委員会の運転免許を有しないのにかかわらず、自動車を運転したという同法一一八条一項一号、六四条違反の所為とは、基本的社会事実が同一であるから、この場合、事実の同一性があるものと認める。そして、被告人の前示1の所為は、道路交通法一二五条一項、二項一号により本来反則行為とされないものであつて、前示4認定のように、同通告官により通告処分を行なわない旨の決定がなされているのであるから、本件においては、もとより前同法一三〇条所定のいわゆる訴訟障害を生ずるいわれはないのみならず、前同法一二七条二項前段所定の通知をなすことが公訴提起の要件であるとしても、その通知は、被告人の申し立てた正当な住所にあてて発送されたにもかかわらず、転居先不明の理由により返戻されたのであるから、前同法一三〇条二号の規定の趣旨に照らし、最初の通知が返戻されたと認めうる昭和四七年六月中旬には、公訴を提起できるようになつたものと解して差支ない。そうだとすれば、本件において、仮りに訴訟障害があつたとしても、それは、右時期において完全に除去せられたものというべきであつて、前5認定の経緯により公訴を提起した検察官の措置は、適法である。従つて、原審が、この公訴を受理し、実体審判をした点になんら違法の点はなく、論旨は、理由がない。

二  論旨第二について。

所論は、量刑不当の主張である。よつて、原審記録をつぶさに検討し、かつ、当審における事実の取調の結果を合わせて考察すると、本件道路交通法違反(無免許運転)の所為の動機、罪質、態様、被告人の平素の生活態度及び過去の処分歴に徴し、本件に現われた被告人に有利な、または同情すべきすべての事情を充分に考慮しても、原判決の量刑は、やむを得ないものというべきであつて、重きに過ぎるものとは認められない。論旨は、理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審訴訟費用の負担の免除につき刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

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