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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1429号 判決 1974年4月24日

控訴人(原審第一〇二六二号事件被告) 石原貞雄外三五名

控訴人(原審第四四一六号事件原告) 二五八名選定当事者 小田切利夫

被控訴人(原審第一〇二六二号事件原告 同第四四一六号事件被告) 総評全国金属労働組合東京地方本部大興電機支部

主文

一、第一審第一事件(原審昭和四一年(ワ)第一〇、二六二号事件)に関する控訴をいずれも棄却する。

二、第一審第二事件(原審昭和四二年(ワ)第四、四一六号事件)に関する原判決を取り消す。

第一審第二事件被告は同事件原告に対し別紙第二目録中の請求金額欄に記載の各金員およびこれに対する昭和四一年七月一七日から完済にいたるまでの年五分の割合による金員を支払わなければならない。

三、第一審第一事件に関する控訴費用は同事件被告らの負担とする。

第一審第二事件に関する訴訟費用は第一および第二審とも同事件被告の負担とする。

四、この判決のうち第二項の第一審第二事件原告の勝訴部分に限り仮に執行することができる。同事件被告において別紙第二目録中の請求金額欄に記載の各金員と同額の担保を供するときはこれを免れることができる。

五、第一審第一事件被告らにおいて原判決主文第一項に記載の各金員と同額の担保を供するときは同第一項の仮執行を免れることができる。

事実

第一審第一事件被告らおよび同第二事件原告代理人は、「原判決を取り消す。第一審第一事件原告の請求を棄却する。第一審第二事件被告は、同事件原告に対して、別紙第二目録中の請求金額欄に記載の各金員およびこれに対する昭和四一年七月一七日から完済にいたるまでの年五分の割合による金員を支払わなければならない。訴訟費用は第一および第二審とも第一審第一事件原告・同第二事件被告の各負担とする。」との判決を求め、

第一審第一事件原告および同第二事件被告代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張は、原判決書の事実欄に記載されているのと同じであるから、これを引用する。(証拠省略)

理由

一、第一審第一事件について

当裁判所も第一審第一事件原告(本項にかぎり、以下「原告」という)の請求は正当であると判断するところ、その理由は、次に付加するほか、原判決書の理由欄のうち当該部分に記載されているのと同じであるから、これを引用する。

(1)  第一審第一事件被告ら(本項にかぎり、以下「被告ら」という)は、労働組合が組合員の一部にストライキを命じた場合には、その組合員の給与喪失分を補償することが労働組合として当然の義務であると主張する。右のような場合に労働組合が所論のような補償措置を講ずることは、そのストライキに参加した組合員にとつて望ましいことではあろうが、それは組合員各自の同志的連帯意識にかかることであつて、ストライキと労働組合との性質上から当然に法律上の具体的債権債務関係として発生するものと解することはできない。したがつて、所論は採用の限りでない。

(2)  また被告らは、原告組合が被告らに対してストライキを命じ、その間の賃金を失わせながら、その損失をストライキに参加した被告らのみに負担させ、ストライキ非参加の他の組合員においてこれを負担しない処置をとつたが、このように組合員を平等に扱わないことは法律上許されないところであると主張する。所論のように労働組合が組合員の一部にストライキを命じ、これに参加した組合員が給与喪失の損害を受けた場合、その損失をいかに填補するか、またその方法、程度いかんは、ストライキの実施方法と同様に各労働組合において自治的に決めるべき問題であるといわねばならない。ところで、原告は本件ストライキに際しこれに参加した組合員の賃金カツト分にあたる金員を東京労働金庫から借り入れ、これを右の参加組合員に貸しつけ、ストライキ終了後に全組合員から徴収した資金により右貸付分を補償することを予定していたことは原告の自認するところである。しかしながら、当審における原告組合代表者尋問の結果によると、右補償はいつたん右被貸付組合員から貸付金の返済を受けたうえ、改めてストライキ非参加組合員に右補償のため必要とする資金の徴収割当を各種の事情を考慮して決め、その割当にかかる徴収金で補償措置をとるべきはずであつたのであり、いまだ被告らからの右貸付金返還もなく、その後被告らが原告組合から脱退した関係もあつて、ストライキ非参加組合員に対する右割当もできず、したがつて右補償措置の正式決定にいたらないでいることがうかがわれるので、同補償措置が行なわれないからといつて、組合員の間に不平等な取扱いがあるともいえないし、被告らにおいて原告組合に対し賃金カツト分にあたる金員の補償を請求する具体的な権利を有しているということもできない。

二、第一審第二事件について

第一審第二事件原告で選定当事者たる小田切利夫および選定者ら(以下、上記の者を併せて「選定当事者ら」という)が別紙第二目録中の組合員期間欄に記載の期間(そのうち別紙第三目録に記載の者の組合脱退の年月日は同第二目録に記載のそれと異るが、同第三目録記載のその年月日はここでは考慮に入れない。)第一審第二事件被告(本項にかぎり、以下「被告」という)組合の組合員であつたこと、選定当事者らが被告組合の斗争資金積立規程にもとづき、同組合の組合員であつた期間、毎月二〇〇円を同組合に預託していたこと、選定当事者らが組合員資格を失つたのは、選定者らが自ら被告組合を脱退したためであること、右の預託金は組合員が退職、死亡等の理由により組合員資格を失つた場合には、毎年複利計算により東京労働金庫の利息を付して計算した合計額を組合員に返還する定めであつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

第一審第二事件原告(本項にかぎり、以下「原告」という)は、右の預託金は、選定当事者らのように脱退によつて組合員資格を失つた場合にも預託者に対して返還されるべきものであると主張するので、これを審究する。

成立に争いのない甲第三七号証、乙第四号証によると、前記斗争資金積立規程は組合所定の手続を経て昭和三八年六月二〇日より施行されており、同規定にもとづく斗争資金積立の目的は、(イ)罷業その他斗争時における組合員の生活資金を確保して斗争目的の完遂をはかる、(ロ)労働金庫利用による福利厚生活動を強化推進する、(ハ)組合員の退職資金として将来の生活安定に資するにあり(第一条)、積立金は毎月給料日に各人の給与から差し引いて徴収し、一週間以内に東京労働金庫大井支店(以下、「労金大井支店」という)に預入し、預入をするには組合名義で一括預金することとし、届出印鑑は組合印を使用し、労金大井支店の発行する預金通帳は組合が保管するものとし(第三、第四条)、組合は組合員各個人別に斗争資金積立票を作成し、積立入金の都度正確に記入して、個人別の積立金現在高と積立年月とを常に明らかにしておくことを要するが、組合は右の処理を労金大井支店をして行なわせることができる(第五条)、組合の執行委員会は毎年一回八月上旬に組合員各個人に対し七月三〇日現在におけるその積立金現在高を通知するが、組合はその通知を労金大井支店をして行なわせることができる(第六条)、積立金の払い戻しは、(a)長期の斗争に際し、斗争委員会が争議によつて組合員の生活が困難になつたと認め、組合大会に提案してその決議を得た時、(b)退職、死亡等の事由により組合員資格を喪失した時、(c)組合が解散する時の三場合以外には認めない(第七条)、積立金の運用については、右にあげた(a)の事由がある時にも、積立金の払戻しをせず、これを貸金担保として東京労働金庫から生活資金の借り入れをすることができ、また福利厚生その他組合活動を推進強化するためにも、組合大会の決議を得て預金担保に差し入れることができる(第九条)と規定されていることが認められる。右の事実および成立に争いのない甲第四三ないし第四五号証、原審における証人大井薫の証言、原告小田切利夫本人尋問の結果ならびに当審における被告組合代表者尋問の結果を総合すると、被告組合が前記斗争資金積立規程を制定したのは、労働条件を改善するにはストライキで斗う必要があり、そのためには資金的裏付けを必要とするからであつたこと、被告組合がはじめて部分ストをしたのは昭和四一年の春斗に際して行なわれた本件ストライキであること、右部分ストに参加した組合員の一部が賃金カツトを受けたため、被告組合では前記斗争資金積立規程の定めるところにより、東京労働金庫より右積立金にもとづく預金を担保として昭和四一年五月二八日に金八〇万三、四四一円を借り受け、これをもつて賃金カツトを受けた組合員に貸しつけたこと、争議終了後、貸付金の大部分の返済を受け、一部の未返済分が残つているが(第一審第一事件の請求分参照)、被告組合では他から融通し東京労働金庫に対しては弁済期間に右借受金債務を完済したことが認められ、これに反する証拠はない。

右の事実、とくに組合員の積立にかかる拠出金については、その金額はもとより、これに対する利息まで加算して拠出組合員ごとに分別明細にしておき、これを拠出組合員に通知すべきものとされており、一括してストライキの場合の特定目的のため組合の債務について担保に供されることはあつても、組合の資金として支出費消されることもなく、一定の場合には拠出者に利息を加算して払い戻されることなどとされているところによると、前記斗争資金積立規程にもとづき、被告組合に対し組合員が拠出する金員は、組合員として組合の経費支出のために拠出する一般組合費や、拠出者が必ずしも所属組合員たる資格を要せず支出について組合規約上の制約のない資金カンパのように、拠出した後は拠出者とのつながりが失われ、組合の資金としてそれぞれの目的のために支出費消され、またはそのような支出費消のために準備されて、もはや拠出者に返還するすべも必要もないものとは、全くその性格を異にし、組合員が組合員たる資格を保有する間は、前記積立規程に掲げる目的を達成するため組合が所定の方法によつて運用することを委託した組合員個人の積立預託金としての性格をもつものとみるのが相当である。このように右拠出金は個人の積立預託金としての法的性質を有するのであるから、特定の組合員が組合員たる資格を失つた場合には、組合組織上の一員として前記積立規程の目的を維持達成する資格と意義とが失われ、組合に対しその払戻しを求めた場合には、組合としては、預金者たる組合員よりの払戻しを不要とする旨の承諾または前記規程中に特定の場合にはその払戻しをしない旨の明文の規定があるときを除き、その払戻請求を拒み得ないと解すべきである。そうすると、前記斗争資金積立規程第七条に所定の積立金払戻の事由として、「死亡、退職等」とするなかには、組合員がその意思にもとづき組合を脱退した場合をも包含するといわなければならない。この点につき、原審証人大井薫の証言および当審における被告組合代表者尋問の結果中には、右に反し組合員が組合を脱退した場合、とりわけ争議継続中に脱退したときは払い戻しをしない趣旨であるとの供述部分があるが、これらはいずれも被告組合の立場を顧慮してなされた意見にすぎないので採用に価いせず、また右大井証人の証言中には、前記斗争資金積立規程の制定当時同人は組合の副執行委員長であつて、その制定大会において脱退した者に積立金を払い戻すか否かについて論議されたが、その際に副委員長の立場でそのような場合には払い戻さないと説明し、大会議事録中にその旨が記載されていると思う旨の供述があるけれども、原審における原告小田切利夫本人尋問の結果および当審における被告組合代表者尋問の結果によると、右はいずれも記憶違いであつたことが明らかであるから、右証言部分は採用に価いせず、他に前記認定を妨げるのに足りる証拠はない。

ところで、選定当事者らが被告組合を脱退してその組合員たる資格を失つていることは前示のとおりであるが、同人らが前記積立金払戻しを不要とする旨の承諾をしたことについては何らの主張立証がなく、前記積立規程中に組合員資格の喪失による積立金の払戻を要しない旨の明文がないのはもとより、その他その旨の規約のないことも前記の諸事実に徴して明らかであるから、被告組合としては選定当事者らに対し、その請求を待つまでもなく、これを支払うべき義務があるといわなければならない。

そして、選定当事者らがいずれも昭和四一年七月一六日以前に被告組合を脱退したこと、同人らが前記積立規程に定めるところより拠出した預託金(積立金)の元利金が右同日現在において別紙第二目録中の請求金額欄に記載の各金額であることはいずれも当事者間に争いがない。

以上に認定したところによると、他に特別な事由の主張もないので、被告は原告に対して、右の各金員およびこれに対する履行期後の昭和四一年七月一七日から完済にいたるまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといわねばならない。

三、よつて、第一審第一事件原告の請求を認容した原判決は相当であつて、同事件被告らの控訴はいずれも理由がないため棄却を免れないが、第一審第二事件原告の請求を排斥した原判決は失当であるからこれを取り消したうえ、同原告の請求を認容し、第一審第一事件の控訴費用の負担については、民訴法九五条、八九条、九三条を、第一審第二事件の訴訟費用の負担については、同法九六条、八九条を、仮執行の宣言およびその免脱の宣言については、同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 畔上英治 上野正秋 岡垣学)

(別紙省略)

参照

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一 第一事件被告らは各自原告に対し、別紙第一目録請求金額欄記載の金員およびこれに対する昭和四一年五月二八日から同年七月五日まで日歩二銭九厘、同年同月六日から完済まで日歩四銭の各割合による金員の支払をせよ。

二 第二事件原告の請求を棄却する。

三 訴訟費用は、第一事件、第二事件を通じ、全部第一事件被告らおよび第二事件原告の負担とする。

四 第一項に限り仮に執行することができる。

事実

一 申立

(一) (第一事件原告・第二事件被告)

第一事件につき、主文第一項と同旨および「訴訟費用は第一事件被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を、第二事件につき、主文第二項と同旨および「訴訟費用は第二事件原告の負担とする。」との判決を、それぞれ求める。

(二) (第一事件被告ら)

「第一事件原告の請求を棄却する。」との判決を求める。

(三) (第二事件原告)

「第二事件被告は第二事件原告(選定当事者)に対し、別紙第二目録請求金額欄記載の各金員およびこれに対する昭和四一年七月一七日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第二事件被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求める。

二 (第一事件原告の主張)

(一) 原告は株式会社大興電機製作所本社・東京工場・音響機器事業部の従業員を以て組織する労働組合であるが、昭和四一年五月一〇日から同年同月二二日までの間右会社に対し賃上げ要求に関して重点部分ストライキを行つた。

(二) そして原告は当時原告の組合員であり右ストライキに参加した被告らに対し、同年同月二八日、その賃金カツト分にあたる別紙第一目録請求金額欄記載の各金員を、弁済期同年七月五日、利息日歩二銭九厘、期限後の損害金日歩四銭の約定で貸付けた。よつて、原告は被告らに対し、右貸金、利息および遅延損害金の支払を求める。

(三) 原告は右のストライキに際し、右の賃金カツト分にあたる金員を東京労働金庫から借入れ、ストライキに参加した組合員に貸付け、ストライキ終了後に全組合員から徴集した資金により右の貸付分を補償することを予定していた。しかるに、被告らはストライキ中に団結を破つて原告組合から脱退したのであるから、他の組合員との公平を保つ意味からいつても被告らに対し右の補償を与えることはできない。被告らとしては原告組合から脱退することによつて右の補償を受ける権利を放棄したものといわねばならない。

三 (第一事件被告らの主張)

(一) 原告主張の(一)の事実および(二)の事実の内、被告らが原告組合員としてストライキに参加し、原告から原告主張の金員の交付を受けた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(二) およそ労働組合が組合員の一部にストライキを命じた場合には、その組合員の給与喪失分を補償することは労働組合として当然の義務である。しかるに、原告は被告らに対してストライキを命じてその間の賃金を失わせながら、その損失を被告らにのみ負担させ、他の組合員においてこれを分担しない処置をとつたものであつて、このような組合員を平等に扱わない処置をとることは法律上許されない。したがつて、原告は被告らに対し本訴請求をすることができない。

四 (第二事件原告の主張)

(一) 選定者らは、いずれも別紙第二目録組合員期間欄記載の間被告組合の組合員であつたものであるが、被告組合に対し、その闘争資金積立規定に基づき各自毎月二〇〇円を預託していた。右の預託金は、組合員が退職、死亡等の理由により組合員資格を喪失した場合には、毎年複利計算により東京労働金庫の利息を付して計算した合計額を組合員に返還する定めであつた。選定者らはいずれも別紙第二目録組合員期間欄の左側記載の年月日に被告組合を脱退して組合員資格を失つたので、被告に対し、右の約定により計算した預託金の元利金として同目録請求金額欄記載の金員の返還を求める権利がある。よつて選定当事者である原告は被告に対し、右の各金員およびこれに対する履行期の後である昭和四一年七月一七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二) 前記積立規定には、組合員が退職、死亡等の事由により組合員資格を喪失した場合には積立金を払戻す旨が定められているに過ぎず、被告の主張するように組合を脱退した者に対しては返還を要しないと解すべき根拠はない。

五 (第二事件被告の主張)

(一) 原告主張の(一)の事実は、その内別紙第三目録記載の者の脱退年月日の点を除いてすべて認める。右目録記載の者の脱退年月日は同目録記載のとおりである。

(二) 本件積立金を組合員に払戻すのは、組合員が退職、死亡等の事由により組合員資格を失つた場合に限られるのであり、組合員が闘争中に組合の団結を破つて組合を脱退し、これによつて組合員資格を失つた場合は含まれない。この積立金が闘争資金を積立てることを目的とするものであることから考えれば、右の解釈は自明のところであるといわねばならない。

六 (証拠)<省略>

理由

一 (第一事件について)

株式会社大興電機製作所本社・東京工場・音響機器事業部の従業員を以て組織する労働組合である原告が、昭和四一年五月一〇日から同年同月二二日までの間、右会社に対し賃上げ要求に関して重点部分ストライキを行つたこと、原告が当時組合員として右ストライキに参加した被告らに対し、同年同月二八日、その賃金カツト分にあたる別紙第一目録請求金額欄記載の各金員を交付したことは当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第一ないし第三六号証、第四三ないし第四五号証と証人大井薫の証言とによれば、原告はストライキに参加した組合員の賃金カツト分を補償するために東京労働金庫から資金を借り入れて、これを被告らを含むストライキ参加の組合員に貸付けたものであること、右貸付にあたつて、その弁済期は同年七月五日、弁済期までの利息の割合は日歩二銭九厘、期限後の損害金の割合は日歩四銭と定められたこと、を認めることができ、この認定の妨げとなる証拠はない。

被告らは、被告らに対し右の貸付金の返還を請求することは、ストライキに参加した被告らにのみ不利益を負わせる結果となるから許されない旨を主張する。しかし、ストライキに参加した組合員が賃金カツト等による経済的不利益を蒙ることがあるのは当然であつて、本件貸付金はその不利益を補償する趣旨でなされたものと解せられる。そして、前掲大井証人の証言によれば、被告ら以外にも同様の貸付金を支給された組合員は多数いたが、それらの組合員はいずれも原告との約定にしたがつてその借入金を返済したのに、原告組合を脱退して就労した被告らのみがその返済をしないでいることが認められる。この事実からすれば、被告らに対し貸付金の返済を請求することが被告らのみを不公平に取り扱つているものということはできないから、被告らの主張は理由がない。

そうすると、被告らは各自原告に対し原告主張の金員を支払うべき義務があるといわねばならないから、原告の本訴各請求は正当として認容すべきである。

二 (第二事件について)

選定者らが被告組合の闘争資金積立規定に基づき被告組合の組合員であつた期間毎月金二〇〇円を被告組合に預託していたこと、選定者らが被告組合の組合員資格を失つたのは、選定者らが自ら被告組合を脱退したことによること、は当事者間に争いがない。

原告は、右の預託金は、組合員が退職、死亡等によつて組合員資格を失つた場合だけでなく、選定者らのように脱退によつて組合員資格を失つた場合にも、預託者に対し返還さるべきものである、と主張する。そして成立に争いのない甲第三七号証によると、被告組合の積立金規定はその第七条において「積立金の払戻しは左の各号に規定する場合以外は認めない。」と定め、その第二号において「退職、死亡等の事由により組合員資格を喪失した時」と定めていることが明らかである。この積立金がストライキ等の場合に個々の組合員が受ける経済的不利益をできるだけ補償し、その団結を強固にすることを目的としていることから考えれば、この積立金を返還すべき場合は右の目的と背馳しない限りにおいて認めるように定められていると見るのが合理的であり、右の第七条本文の文言が「場合以外は認めない。」と限定的な表現をとつているのもその意味であると解せられる。したがつて、右の第二号にいう「退職、死亡等の事由」というのは、退職、死亡のほか、昇格、転勤等、組合の団結と特段の関係のない事由を指し、選定者らのように自ら組合を脱退した場合は含まない、と解するのが相当である。

そうすると、選定者らは被告組合に対し積立金の返還を請求しえないというべきであるから、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当である、といわねばならない。

三 よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、各適用して主文のとおり判決する。

(別紙省略)

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