東京高等裁判所 昭和48年(ネ)2580号 判決 1977年5月09日
第二、四八一号事件控訴人兼第二、五八〇号事件
被控訴人(第一審原告)
株式会社八幡商会
右代表者
荒井宗太郎
右訴訟代理人
宮田光秀
外一名
第二、五八〇号事件控訴人兼第二、四八一号事件
被控訴人(第一審被告)
新栄興業株式会社
右代表者
丸山辰次郎
右訴訟代理人
小林正基
外二名
主文
一審被告の控訴により原判決を次のとおり変更する。
一審被告は一審原告に対し、金二八万〇、三五七円及び、これに対する昭和四一年一一月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
一審原告のその余の請求を棄却する。
一審原告の控訴を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その九を一審原告の負担とし、その一を一審被告の負担とする。
この判決第二項は、かりに執行することができる。
事実《省略》
理由
一次の事実は当事者間に争いがない。
一審原告と一審被告は、昭和四〇年五月一三日一審原告を注文者、一審被告を請負人として、横浜市神奈川区神大寺町地内、神奈川ゴルフ練習場の造成工事及び打席工事につき、左記内容の請負契約を締結した。
(一) 請負工事代金 一、〇〇〇万円
(二) 代金支払方法
(イ) 金四〇〇万円
工事着工後進捗に伴い逐次支払う。
(ロ) 金六〇〇万円
工事完成引渡時
(三) 工事着手の時期 契約日より三日以内
(四) 工事引渡の時期 完成の日から五日以内
一審原告は一審被告に対し、工事の進捗に伴い昭和四〇年九月一一日までに、右工事代金のうち金五五〇万円を支払つた。
一審原告は、昭和四〇年九月一一日一審被告から本件工事の引渡しを受け、同日一審被告に対し、本件工事代金のうち金二〇〇万円を支払つた。
二一審原告は、前記約定の請負工事代金額が前記昭和四〇年九月一一日一審原告と一審被告との協議の結果、金七八〇万円に改定された旨主張するが、<証拠>中、右主張に符合する部分は、<証拠>と対比するとにわかに信用できず、他に右主張を認めるべき証拠はない。
しかしながら、<証拠>を綜合すると、次の事実が認められる。
一審原告代表者は、本件工事請負契約締結前、一審被告(担当者森肇)に本件ゴルフ練習場設置計画の大要を話し、その敷地造成工事とその監督官庁への許可申請手続を依頼し、一審被告側で作成した図面添付の書面により、昭和四〇年二月六日横浜市長に対し、宅地造成に関する工事許可申請をし、同年四月三〇日その許可を受けたうえ、一審被告との間で、右許可を受けた工事計画にかかる(打席工事を含む)本件工事請負契約をした。
ところで、右契約にあたりその工事請負代金額については、一審被告側では、右許可を受けた工事計画のとおり工事をするとすれば、その代金額を金一、三〇〇万円から金一、五〇〇万円とする必要があるとし、一審原告側では、その工事予算は金一、〇〇〇万円であるとして両者間で種々話合いがなされた結果、結局一審被告側では内心不満があつたものの、明確に異議をとどめないままに、右工事請負代金を金一、〇〇〇万円とする本件工事請負契約をした。
そして、その後一審被告によつて右工事が遂行せられたが、右工事には石積工事や芝張工事の全部又は一部が工事計画のとおりなされていないなどの未完成部分があり、これに気付いた一審原告代表者と一審被告側との間で、その代金減額等について交渉がなされた。その結果、同年九月一一日一審原告と一審被告は、本件工事請負代金額を右工事の出来上り状態に応じた適正価額に減額し、同日限り一応工事完了として引渡し、なお、すでになされた工事に瑕疵ある場合は、一審被告が自己の費用負担においてこれを補修する旨合意した。
ところで、右の工事出来高に応じた右請負代金の具体的金額については、当事者間に合意が成立するに至らなかつたが、前記許可を受けた工事計画どおりに施工した場合の本件工事評価額は、土地造成工事につき金六七五万七、〇〇〇円、打席工事につき金二六四万八、〇〇〇円、以上合計金九四〇万五、〇〇〇円相当となるのに対し、許可を受けた工事計画のとおりなされていない未完成部分の工事評価額は金一七七万六、〇〇〇円相当となる。
以上のように認められ、<る。>
右認定の評価額によれば、前記工事計画どおりに施工された場合の工事評価額に対する前記未完成部分の工事評価額の割合は、計数上18.88357パーセントとなるから、右割合により本件工事の実際の出来高に応じた適正価額を算出すると、約定請負代金一、〇〇〇万円からその18.88357パーセント分を減じた金八一一万一、六四三円となり、結局本件工事請負代金額は、一審原告と一審被告との前記合意により、金八一一万一、六四三円に減額されたというべきである。
三一審原告が昭和四一年三月一日ころ横浜市建築局指導部建築指導課で本件工事の検査を受けたところ、技術的基準不適合の判定を受け改善措置を命じられたので、一審原告は一審被告に対して直ちにその旨通知し、その修補を要請したが、一審被告がこれに応じないので、昭和四一年一一月二一日一審被告に対し、右修補に代わる損害賠償を請求し、その意思表示は同月二四日一審被告に到達したことは当事者間に争いがない。
ところで、<証拠>によると、一審被告によつて現実に施行された本件工事には、前記のように未完成部分があつたほか、さらに擁壁石積工事について裏込コンクリート厚さ不足、透水砂利厚さ不足など許可を受けた工事計画どおりでなく検査合格基準にも適合しない瑕疵があり、またゴルフ練習場に通じるコンクリート階段途中に亀裂を生じた瑕疵があつたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
そして、前記甲第四号証の不動産鑑定評価書によれば、前記擁壁は部分的に取壊して改修工事をする必要があるとし、その改修工事費として金二〇七万七、〇六〇円、右擁壁改修工事に伴うU字溝補修費用として金六万五、六〇〇円を要するとされている。しかしながら、これは<証拠>と対比すると直ちに採用し難く、右<証拠>によれば、証人井上守司は建築部門の技術士で専門は一般土木工事の設計、施行、管理であり、宅地造成工事について経験年数も一一年であり、同証人の証言を採用するのが相当と認められるところ、同証言によれば本件擁壁を取り崩して積み直すことは現実には無理であつて、次善の方法として、擁壁の前面に厚さ二〇センチメートルの鉄筋コンクリートで補強する方法があり、この方法は重力式と称し石積みの幅と裏込めしたものの目方で擁壁の水圧を防ぐもので、右擁壁の検査に合格する現実的補修としてはこの方法でも可であり、同工法は既に横浜市内の宅地造成現場で採用されていることが認められる。そして、前記鑑定嘱託の結果によれば、右工法による修補工事費用は、現場管理費、一般管理費を含め金八九万二、〇〇〇円であることが認められる。
そこで、他に相当の修補費用を認めるべき証拠もないので、右金八九万二、〇〇〇円をもつて本件擁壁の瑕疵修補に代わる損害賠償額と定めるのが相当である。
次に、コンクリート階段の途中に亀裂を生じた瑕疵については、<証拠>によれば、このコンクリート階段は撤去のうえ新設する必要があるとするが、前記鑑定嘱託の結果によればその撤去、新設が必要とされていないし、右亀裂の程度、手直しが不可能かどうかを確認できる証拠はないので、結局この瑕疵修補に代わる損害賠償額を確定することはできない。
なお、一審原告は、本件工事の瑕疵修補に代わる損害賠償としてU字溝増設費用分金八万円を請求し、<証拠>によれば、擁壁水抜工事が不全なため地下水を地中に滲透させないよう当初の計画外であるが、本件ゴルフ場内に約一〇〇メートルのU字溝を増設する必要があるとし、その費用として一審原告主張の前記金額を要するとしている。しかしながら、右U字溝の増設が必要不可欠のものであるかどうかを確認できる証拠もないので、その費用額を本件工事の瑕疵修補に代わる損害賠償として認めるのは相当でない。
結局、一審原告が本件工事の瑕疵修補に代わる損害賠償として一審被告に請求しうるものは前記金八九万二、〇〇〇円となる。
四一審被告は、本件工事請負契約締結の際、一審原告が監督官庁の許可が得られなくてもゴルフ練習場として使用できればよいから工事代金一、〇〇〇万円の範囲内で工事を施行されたいと申向けた旨主張するが、<証拠>中、右主張に符合する部分は、<証拠>と対比すると、たやすく信用できず、他に一審被告が工事の瑕疵につき損害賠償責任を負わない旨の特約の存在を認めるべき証拠はないから、一審被告の右抗弁は採用できない。
さらに、一審被告は、瑕疵が注文者の指図によるとして免責を主張しているけれども、一審原告が主張する本件工事の瑕疵は築造された擁壁の瑕疵をいうのであつて(なお、当審で従来の主張が一部撤回された)、一審被告がこの抗弁において主張するものは、すべて一審原告主張の瑕疵とは無関係であるから、右抗弁は採用できない。
五一審被告の一審原告に対する本件工事の請負代金債権額は前記のとおり金八一一万一、六四三円であり、そのうち金七五〇万円が支払済みであることについて当事者間に争いがないから、右工事残代金債権は金六一万一、六四三円となるところ、記録によれば、一審被告は原審昭和四八年五月一〇日の口頭弁論期日において、一審原告に対し右工事残代金債権を自働債権とし、一審原告が一審被告に対して有する瑕疵修補に代わる損害賠償債権を受働債権として、対当額で相殺する旨の意思表示をしたことが明らかである。
ところで、一般に同時履行の抗弁権の付着する債権を自働債権とする相殺は許されないものと解され、本件の右両債権は民法第六三四条第二項により同時履行の関係にあるものとされているが、右請負代金債権と目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償債権は同一の請負契約より生ずる金銭債権であり、請負契約における注文者の請負代金支払義務と請負人の目的物引渡義務とは対価的牽連関係に立つものであり、目的物に瑕疵がある場合における瑕疵修補に代わる注文者の損害賠償請求権は実質的、経済的には、請負代金を減額し、請負契約の当事者が相互に負う義務につき、その間に等価関係をもたらす機能を有するものであるから(昭和五一年三月四日最高裁第一小法廷判決参照)、右損害賠償債務と請負代金債務はその全額を相互に現実に履行させなければならない特別の利益があるものとは認められず、右両債務の相互の関係においては、その性質が相殺を許さないものと解するのは相当でない。右の理は、右の自働債権と受働債権の金額を比較して、その大小により結論を異にするものとは解されない。よつて、一審被告の相殺の抗弁は理由があり、前認定の一審原告の損害賠償請求権中、右請負残代金六一万一、六四三円に相当する部分は右相殺により消滅したものと認められる。
なお、一審原告は、右自働債権である本件工事残代金債権は昭和四三年九月一二日時効が完成し消滅したと主張するが、右受働債権である本件損害賠償請求権は少くともそれ以前に弁済期が到来していたこと(一審原告が一審被告に瑕疵修補に代わる損害賠償の請求をしたのは昭和四一年一一月二四日であることは前記のとおり当事者間に争いがない。)は明らかであり、時効完成前に相殺適状にあつたものと認められるから、民法第五〇八条により一審被告が前記相殺をすることの妨げとはならない。
六以上のとおりであり、前認定の瑕疵修補に代わる損害賠償請求権は一審被告の相殺により前記金六一万一、六四三円の限度で消滅したものであるから、一審原告の本訴請求は金二八万〇、三五七円及びこれに対する昭和四一年一一月二五日から支払済みまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度においては正当として認容すべきであるが、その余は失当であるから棄却すべきである。
したがつて、原判決中右判断と異なる部分は失当であり、一審被告の控訴は一部理由があるが、一審原告の控訴は理由がない。
七よつて、一審被告の控訴に基づき原判決を右のとおり変更し、一審原告の控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条を、仮執行宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(外山四郎 篠原幾馬 小田原満知子)