東京高等裁判所 昭和48年(ネ)456号 判決
一 被控訴人が本件特許発明の特許権者であること、本件特許発明の明細書に特許請求の範囲として被控訴人主張の記載があること、控訴人が販売した乾式ひげそり器が原判決添付の別紙目録記載どおりのものであることは、当事者間に争いがない。
二 そこで、控訴人の販売品が本件特許発明の技術的範囲に属するかどうかについて検討する。
(一) 本件特許発明の特許請求の範囲の前掲記載によれば、本件特許発明は、(A)かみそり頭部わく内の数個所でアーチ形にとめたくし形かみそり刃とこの刃に対してばね状に押し付けた往復に作動する下刃とを有する乾式ひげそり器であること、(B)そのくし形かみそり刃をその取付個所にて軽度の摩擦作用のもとに該取付面内で移動できるよう支持させることという構成要件からなるものである。そして、右構成要件の用語の技術的意味、並びにこれに基づく全体の解釈につき審究すると、成立に争いのない甲第二号証(本件特許発明の特許公報)によれば、発明の詳細な説明として、「本発明は、かみそり頭部わく内にアーチ形に張つたくし形かみそり刃とこのかみそり刃に対してばね状に押し付けられた往復に作動する下刃とを有する乾式ひげそり器に関する。」、「このような乾式ひげそり器においては、刃がその刃の孔によつて決定された作動面全体にわたつて十分ぴつたりと合つている場合にのみ完璧なひげそり効果が得られる。前記の下刃がかみそり刃に対して不均一に強く押し付けられる場合にも(これは特に作動経路の復帰点にて現れる)、又は下刃がかみそり刃からすつかり離れた場合にも、ひげそり作用はひどくそこなわれる。このような場合にはひげのそりあとはくし形かみそり刃と下刃との間に狭まれ、このために不快な皮膚の刺戟を生ずるようになる。」、「従来周知の乾式ひげそり器は、くし形かみそり刃が鋲止めされているかみそり頭部わくを有しているか、又は交換性に重点が置かれている場合は、例えば4点でねじボルトでとめられ、そしてナツトで固定されている。また交換を容易となすためにクランプ接合又はかみそり頭部わくに簡単にとめることも周知である。」、「このような固定法の場合には、すべて、前記の欠点を完全には取除くことができない。何となれば、例えばかみそり頭部わく内において、あるいは固定点の位置において仕上げの寸法差が小さい場合でも、くし形かみそり刃の形の傾き、からまり又は不均一な反りが生ずることがあり、ばね状に押し付けられた下刃も作動面のあらゆる点においてそれに応じきれないからである。」、「本発明によれば、これらの欠点は、くし形かみそり刃をそのそれぞれの固定場所にて軽度の摩擦作用のもとに、その固定面内で移動できるように保持させることによつてさけられる。」、「本発明によりこのように移動させることができ、ある程度揺動するかけ方によつて、ばね状に押し付けられた下刃は比較的粗い仕上げ寸法差の場合でも申し分なくかみそり刃の形を整え、またかみそり刃が傾いている場合でも常にひげそりの向きに合わせる。何となれば、このかみそり刃は、それぞれ個々の固定場所では、前記の固定面内における他の固定場所には左右されずにゆるませることができるからであつて、この場合、移動できるように支持されたかみそり刃の揺動は下刃の動きによつてひき起されるが、この揺動は支持部における軽度の摩擦によつて妨げられる。それによつて、くし形かみそり刃と下刃との間の固定面の最適条件が常に得られるのである。」との記載があること、また、右記載に続いて、本件特許発明の種々の実施形式、数個の実施例及び要約された具体例が示されているが、これらのいずれの場合も、くし形かみそり刃(上刃)が頭部わくと、ボルトによつて係合され、ボルトの存する個所において、頭部わくの方へ押し付けられ、頭部わくとの間で軽度の摩擦作用のもとに移動できるような構造のものであつて、上刃を係合するボルトの存する個所以外の個所において上刃の移動ないし、摩擦が生じる構造のものについては全く記載がないことが認められ、以上の記載内容に徴すれば、かみそり頭部わく内に薄板状の弾性上刃をアーチ形に張り、この上刃に対してばね状に押し付けられ、往復に作動する下刃を配した従来、周知の乾式ひげそり器においては、上刃が頭部わくに全く動かないように固定されているため、仕上寸法差がいかに小さくても、例えば、頭部わく内ないし固定点の位置において、上刃の傾き、からまり又は不均一な反りが生じることがあり、また、下刃も、ばね状に押し付けられて、あらゆる作動面に応じきれないため、上刃に対して不均一に強く押し付けられたり、上刃からすつかり離れたりして、いずれの場合にも、ひげそり作用が著しく損われ、ひげを上刃と下刃との間に狭み、皮膚に不快な刺戟を与えるという欠点があつたこと、そこで、本件特許発明は、さような欠点を除去して、下刃が比較的粗い仕上寸法差の場合でも、かみそり刃の形を申し分ないように整え、また、かみそり刃が傾いている場合でも、常にこれをひげそりの向きに合わせ、適切なひげそり効果を奏させることを課題とし、これを解決するため、上刃が頭部わくの固定個所における軽度の摩擦作用のもとに常に固定面内で移動できる構造を採ろうとしたものであることが認められ、さような技術思想を前提にすると、本件特許発明の前記構成要件の(A)において、かみそり刃を「とめた」というのは、右のような構造で頭部わくに固定することを、(B)において、かみそり刃の「取付個所」及び「取付面」とは、同様の構造の固定の個所及び固定の面を意味し、また、かみそり刃を「支持する」というのは、右のような構造で移動できる状態を保たせることを意味するものと解され、したがつて、本件特許発明においては、かみそり刃の右のような技術的意味の固定個所が数個あり、かみそり刃がその各固定個所において、軽度の摩擦作用のもとに固定面内で移動できるように保たれる構造であることを必須の要件とするものと認めるのが相当であり、右認定を左右するに足りる資料はない。被控訴人は、本件特許発明においては、取付部材の形状、取付方法に制限がなく、「取付個所」とは、取付部材と上刃とが当接している個所及び取付部材直下の上刃と頭部わく又はボルトのフランジとの当接個所のすべてを含むから、取付部材として押圧板を用いる場合においても、そのうち、上刃と当接する個所がすべて「取付個所」である、と主張するが、前出甲第二号証によれば、本件特許発明の明細書において、取付部材として、リングを用いた場合、上刃と頭部わくとの間に摩擦が生じる個所として記載されているのは、すべて、弾性リングを頭部に入り込ませているボルトの存在する個所に止まり、また、リングに代えて押圧板を用いた場合、上刃を押圧して摩擦、移動を生じさせる個所として記載されているのは、上刃と頭部わくとを係合するボルトの存する個所に止まるから、本件特許発明において、上刃が軽度の摩擦作用のもとに移動する「取付個所」とは、取付の部材及び方法いかんに拘らず、上刃を頭部わくに直接固定する個所に限られるのであつて、被控訴人の主張は失当である。
(二) 次に、控訴人の販売品は原判決添付の別紙目録(図面及び説明)記載どおりのものであつて、これによれば、頭部わく(2)の内側にアーチ状に張設された上刃(3)と、上刃(3)に対してばね状に押し付けられ、往復に作動する下刃(5)とを有する乾式ひげそり器であるが、頭部わく(2)には、その長手方向の両側面に各二個の孔(6)が設けられ、その孔(6)の内周縁には、凹部(12)が形成され、四個の管状ナツト(8)は、それぞれ、上下二段の段付つば部(9)、(10)、くびれ部(11)、円錐台状立上り部(22)を備え、上刃(3)は幾分楕円形の、直径が管状ナツトの段付つば部(9)よりも大きい孔(14)を備え、押さえ板(15)は、長手方向に延びたスリツト(17)、突出部(18)ないし(21)を有し、これら各部材の関連構造については、頭部わく(2)の内側から、その孔(6)を通つて、管状ナツト(8)がはまり、その段付つば部(10)が頭部わく(2)の凹部(12)と嵌合し、内側壁面(16)より一段低く位置し、管状ナツト(8)は、頭部わく(2)の外側から挿入されたボルト(7)によつて、頭部わく(2)に動かないように止められ、上刃(3)は、その孔(14)により、管状ナツト(8)の段付つば部(9)の立上り部(13)に、若干の遊隙をもつて装嵌され、しかも、管状ナツト(8)の段付つば部(10)との間に常に空隙Xが存在する状態に置かれ、一方、押さえ板(15)は、スリツト(17)を介して、管状ナツト(8)のくびれ部(11)に嵌合して、段付つば部(9)の上面に位置し、突出部(18)ないし(21)以外の部分では、上刃(3)との間に空隙yが存在する状態に置かれるとともに、突出部(18)ないし(21)において弾性作用のもとに上刃(3)を頭部わく(2)の内側壁面(16)に軽く接触しながら移動できる程度に押し付けていること、これを推すときは、控訴人の販売品は、上刃が頭部わくに固定される個所において両者の間に摩擦が生じる構造をとらず、右固定個所以外の、押さえ板の突出部が上刃に当接する個所において、これを押圧して、頭部わくとの間に摩擦を生じさせる構造をとり、これにより、各部材の製造誤差等に伴う上刃に対する押圧力のばらつきが生じることをなくし、上刃を均一に頭部わくに押圧することを可能にしていることが認められる。
(三) してみると、控訴人の販売品は、孔(14)を通して管状ナツト(8)及びボルト(7)により頭部わく(2)にアーチ形にとめられた上刃(3)と、上刃(3)に対してばね状に押し付けられ、往復に作動する下刃(5)とを有する点において、本件特許発明の構成要件のうち、前記(A)の事項を具備するものであることは明らかであるが、上刃(3)がその孔(14)を通る管状ナツト(8)により頭部わく(2)にとめられている個所において、上刃(3)は、頭部わく(2)との間にXの空隙を、また、押さえ板(15)との間にyの空隙を置いて自在にされているので、押さえ板(15)が上刃(3)を適度に押圧して、摩擦と移動とを可能にしている個所は、押さえ板の突出部(18)ないし(21)が上刃(3)に当接し、押圧している個所であつて、上刃(3)を頭部わく(2)にとめている個所ではない点において、本件特許発明の構成要件のうち、「その取付個所にて軽度の摩擦作用のもとに取付面内で移動できるように支持させる」との(B)の事項を具備しないものであつて、本件特許発明の技術的範囲に属しないというほかはない。
三 よつて、控訴人の販売品が本件特許発明の技術的範囲に属することを前提とし、その販売の差止め並びにその販売による損害の賠償を求める原告の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく、失当として棄却すべきものであつて、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して、右請求を棄却することとする。
〔編註その一〕 本件における当事者の主張は左のとおりである。
第一 当事者の求めた裁判
控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。」との判決を求め、本訴請求のうち、控訴人に対し原判決添付目録記載の電気かみそり器の製造禁止を求める部分を減縮した。
第二 主張及び証拠
当事者双方の事実上の主張及び証拠の提出、認否は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
一 被控訴代理人は次のように述べた。
(一) 原審における主張の一部を、次のとおり変更する。
(1) 控訴人が原判決添付別紙目録記載の乾式ひげそり器を昭和四三年四月頃から現在に至るまで製造し、これにより本件特許発明を侵害し、又は侵害するおそれがある、との主張は、撤回する。
(2) 本件特許発明の構成要件(3)の主張(原判決事実摘示の第二「原告の請求の原因」における二の(三)、(3)の点)を、「くし形かみそり刃をその取付個所にて軽度の摩擦作用のもとにその取付面内で移動できるように支持させること」と改める。
(二) 本件特許発明において、その明細書中の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明に用いられている「取付個所」、すなわちくし形かみそり刃(上刃)がかみそり頭部わくからはずれないように、これに取付部材(リング及び押圧板を含む。)によつて取付けられている個所とは、取付部材と当接している個所及び取付部材直下の上刃と頭部わく又はフランジとの当接個所をいい、また、「取付面」とは、右のような取付個所に対応する部位の面をいう。
(三) 控訴人は、本件特許発明においては、上刃の離脱防止と揺動防止との二つの作用が区別されているとし、この観点から、その構成を把握しているが、さような考え方は、控訴人独自の認識に基づくものであつて、本件特許発明に妥当しない。上刃について、「取付ける」とは、「とめる」、「固定する」と同義であるとともに、「支持する」、「保持する」とも同義であるが、離脱防止の概念は、「とめる」、「固定する」の語から導き出すことができても、「支持する」、「保持する」の語からは、到底、導き出すことができないのみならず、薄板状の上刃を頭部わくに対して弾性的に、かつ、移動可能なように「支持」又は「保持」する(すなわち、取付ける)ときは、必ずといつてよい程、上刃は頭部わくに対して軽く押し付けられ、これとの間に軽度の摩擦作用を生じることから、「支持する」、「保持する」の語は、むしろ、「押し付ける」(揺動防止)の意味に親しむ。したがつて、上刃を「取付ける」とは、その離脱防止と揺動防止とが兼ね行われることを意味し、これを離脱防止の意味に限定する理由はない。ただし、本件特許発明においては、かみそり刃の揺動防止のため支持部における摩擦作用が構成上、特に重要な意味を有するが、上刃の離脱防止作用は、その明細書に何ら記載されていないことからも明らかなように、構成要件の当然の前提条件とされ、格別、規定されていないのである。要するに、本件特許発明の明細書の記載における「取付ける」、「押し付ける」、「支持する」、「保持する」という技術概念には、離脱防止作用と揺動防止作用とが混然一体かつ不可分的に行われるものが含まれているのであつて、控訴人主張のように、「取付ける」という概念には揺動防止作用をもたらすものが含まれないということはできない。
(四) 以上のような用語の技術的意味を前提とすれば、控訴人の販売品が本件特許発明の技術的範囲に含まれることは見易いところである。控訴人の販売品においても、ボルト・ナツトと押さえ板の突出部とは、共働して、上刃を頭部わくに取付け、かつ、摩擦を生じさせるのであるから、取付部材であると同時に、両者が併さつて取付個所を形成しているのである。控訴人は、押さえ板の突出部がなければ、上刃に摩擦を生じないため、その揺動防止作用をするに止まり、その「取付け」には関与しないと主張するが、押さえ板の突出部がなく、ボルト・ナツトだけでは、上刃を頭部わくに押し付けることができず、自由にばたつかせることとなるから、常識的には、かえつて、上刃を取付けることにならない。なお、本件特許発明においては、上刃の取付個所の全面にわたつて均一に摩擦作用が生じることは要件ではなく、その実施品によつては、上刃の押圧板が本件特許発明の明細書添付図面第5図のような構造で、これと上刃との接合個所(17)に該当する頭部わくの凹部では、上刃と頭部わくとの間に摩擦を生じないものがあり(検甲第一号証)、また、頭部わくのボルト・ナツトを埋め込む部分が作業上の便宜から、ボルト・ナツトの直径よりも大きい凹部に形成され、そのため、ボルト・ナツトの周辺部分の頭部わくと上刃との間に、摩擦が生じないものもあるのである。さようなわけで、控訴人の販売品は、本件特許発明とその構成においても、作用効果においても、すべて同一であり、本件特許発明の明細書記載の実施例とは若干の相違があるけれども、それは当業者が設計上の便宜によつて自由に変えうる程度のものにすぎない。
二 控訴代理人は次のように述べた。
(一) 控訴人の原審における主張中、原判決添付別紙目録記載の乾式ひげそり器の構造(1)に関する被控訴人の主張に対する認否(原判決事実摘示の第三「被告の答弁」における一の4の点)を、「四個のボルト・ナツトと二枚の押圧板を使用していることは認めるが、とめているのはボルト・ナツトのみである。」と改める。なお、本件特許発明の構成要件に関し、被控訴人が当審において主張を改めた点(前記一の(一)の(2))は、その技術的意味を除き、これを認める。
(二) 本件特許発明の明細書の特許請求の範囲に、かみそり刃を「とめる」、又は「取付ける」というのは、かみそり刃を「はずれないようにする」こと(離脱防止)であつて、かみそり刃を軽度の摩擦作用のもとに移動させるため「軽く押し付ける」こと(揺動防止)と区別されている。このことは、右明細書中発明の詳細な説明として、「固定装置、リング、頭部などは……かみそり刃を……ボルトにとめるだけでなく、……かみそり刃とわくとの間に摩擦作用を起こさせ」、「支持されたかみそり刃の揺動は支持部における軽度の摩擦によつて妨げられる」、外れるのを防ぐものとしては弾性リング14……が役立ち、これはまた……円錐状のナツト頭12の上に取付けられ、かみそり刃の辺縁をナツト9のフランジ部10の方へ押付けている」との記載があるところから明らかである。もつとも、本件特許発明においては、その特徴として、上刃の取付(離脱防止)と上刃に軽い押圧力を加える(揺動防止)という二つの作用を同一の個所で営ませるようになつているが、そのことの故に、「取付ける」というのは押圧することであるとはいえない。勿論、言語の通常の意味からしても、動けるように軽く押していることを取付けているとはいわない。なお、右明細書の特許請求の範囲並びに発明の詳細な説明中、かみそり刃を「支持」、「保持」する等の語も、ことごとく、その離脱防止の措置を意味するものである。そうだとすれば、上刃の「取付個所」とは、これを離脱しないようにとめている個所であつて、右明細書に記載されている従来の固定法、本件特許発明の実施例において、いずれも、ボルト・ナツトの存する個々の個所のことである。すなわち、右明細書においては、従来の固定法につき、「四点でねじボルトでとめられナツトで固定され」た場所を「固定点の位置」といい、本件特許発明の一般的説明に当たり、右固定点に相当する個所を「それぞれの固定場所」、「それぞれ個々の固定場所」といい、両側面の四個所にボルト・ナツトを配置した実施例につき「四つの取付場所のいずれの部分」といい、更に、一側面に一枚の押圧板を用いた実施例についても「この板は、わく側面の二個所で固定を受持つ」と説明しているのである。
(三) 本件特許発明の明細書記載の特許請求の範囲においては、「取付個所における軽度の摩擦作用」を必須の構成要件とするが、この要件は、単に結果的現象を示すのみで、これを発生させる手段ないし機械的機構を示さない、いわゆる作用的記載であるから、右明細書記載の発明の詳細な説明を参しやくすると、右構成要件は、かみそり刃の前記のような離脱防止と揺動防止とを別個の機能として把握し、その解決手段として、次のような構造及びその構成の作動原理を念頭においていることがわかる。すなわち、一般に、取付個所において押圧によつて摩擦作用を発生させることができるのは、弾性リング、紙ばさみその他弾性間隙を有する物には、これを開くと原形に復そうとする弾撥力が生じるからであつて、例えば、コマのような円錐形の物の円錐外周面に弾性リングを開いて嵌挿すると、その弾撥復元力により、リングの内周面がコマの円錐外周面を締付けるように作用し、リングをコマの円錐先端方向に移動させる分力を生ずるのであるが、この場合、円錐体とリングとは、必ず一体として固着されず、相互に別々の物とされ、円錐体の円錐周面に沿つて、リングの内周等が摺動するように構成されていなければならない。本件特許発明において、かみそり刃に対する押圧、摩擦は、かような原理を応用したものであり、上刃を取付けるボルトとして円錐頭部を有するものを採用し、その円錐形の周面にリングをはめ、又は押圧板の両端の、リングに相当する孔の部分をはめ入れることにより、ボルトの所在個所たる上刃の取付個所において、リングの内周面又は押圧板の孔の内辺縁がボルトの円錐頭部を締付けることによつて生じる分力を利用して、上刃を頭部わくの方に押圧し、したがつて、上刃の取付個所において、上刃と頭部わく等との間に軽度の摩擦作用を起こさせて上刃の揺動を防止しているのである。そして、本件特許発明の明細書においては、右のような構成及びその作動原理が一般的に説明されるとともに、その実施例としては、カラーリング、押圧板のいずれの場合も含め、すべて右作動原理に基く構成のものばかりが記載されていて、それ以外の作動原理に基づく押圧、摩擦に関する機構は、これを暗示するものすら記載されていない。したがつて、本件特許発明において、上刃の取付個所における軽度の摩擦作用をもたらす機械的機構としては、右明細書に具体的に記載されている右のような機構及びこれと同一の作動原理に基づく均等機構のみに限らるべきである。なお、以上のように理解すべきものとすれば、かみそり刃の取付個所以外において摩擦を生じることがあるとしても、それは、たまたま設計上生じたものにすぎないのであつて、本件特許発明の意図する揺動防止に必要なものではなく、その必須の構成要件とは何らかかわりがない。いわんや、摩擦が生じてさえいれば、その発生個所を問わず、本件特許発明の構成要件を充たすものとは、到底いいえないのである。
(四) 次に、控訴人の販売品は、下記の点からいつて、本件特許発明の構成要件をすべて充足するもの又は均等物もしくはその実施例の設計変更にすぎないと目されるいわれがない。
(1) 右販売品においては、原判決添付の別紙目録の記載によれば、「(7)はボルト、(8)は管状ナツトで、孔(6)に上刃(3)を頭部わく(2)の内側にアーチ状に張設するため、管状ナツト(8)がそれぞれボルト(7)によつて動かないように止められている。」と説明されているから、上刃を頭部わく内側に張設している(アーチ形に取付けている)のは、孔を通したボルトとナツトであり、「上刃(3)は管状ナツト(8)の下方の段付つば部(10)との間に常に空隙Xを存しつつ遊嵌された状態で頭部わく(2)に取付けられている」のであるから、取付個所はボルト・ナツトの存する部分であることが明らかであり、また、「押さえ板(15)の弾性作用のもとに突出部(18)(19)(20)(21)において上刃(3)を頭部わく(2)の内側壁面(16)に押し付けて」いるのであるから、押さえ板の突出部は、上刃を押圧する機能のみを有し、上刃を頭部わくに取付けることには全く関与していない。以上のような構成の右販売品が「取付個所において軽度の摩擦作用を生じる」ものでないことはいうまでもない。
(2) 右販売品は、はじめから本件特許発明の明細書において開示されている作動原理及びこれに基づく機構とは全く異なつた原理に基づいて作動するような機構を意図し、四個のボルト(7)、管状ナツト(8)のある個所を支点として、ここから伸びたバネ作用を有する押さえ板(15)の右各支点から所定の距離をとつた個所に突出部を設け、支点位置における押さえ板と上刃との間隔ないし高さと右突出部の高さとに差を設け、この高さの差及び押さえ板の支点と突出部との距離並びに押さえ板の板バネ弾性により、右各突出部において上刃に所定の押圧力が加わるようにして、上刃の揺動を防止しているのである。なお、この場合、支点から突出部まで十分な距離を設けることが原理上も、実際上も、必要である。
(3) そして、右販売品は、本件特許発明と全く相違する構成をとる結果、本件特許発明にみられない顕著な効果を奏する。すなわち、本件特許発明においては、かみそり刃の取付個所における軽度の摩擦作用は、円錐状ボルト頭部を弾圧リング等で締付けたときに生じる分力が取付個所で上刃を押圧することによるものであるが、この押圧力は、リング等の締付力の大小により、左右され、また、締付力の大小は、ボルト頭部の円錐外周直径及び弾性リングの内周直径の寸法差、これらの周面の精粗によつても左右され、例えば、製作上、ボルトの円錐周面直径及びリング内周直径の寸法誤差が生じれば、それが一〇〇分の数粍程度であつても、上刃への押圧力に大きく影響し、許容範囲内の誤差によつても、製品ごとの押圧力(摩擦力)のばらつきが生じるから、すべての製品の極めて小さな部品たるボルト、リング等について、一定の望ましい押圧力をもたらす厳しい仕上精度をうるのに工作組立上、十分な注意を必要とし、これに対し、控訴人の販売品においては、上刃への押圧力に影響するのは、押さえ板の突出部の高さ、各支点における押さえ板と上刃との間隔、押さえ板の支点から突出部までの距離、及び押さえ板の板バネ弾性の寸法差等であるが、製作上、いずれの寸法誤差も一〇〇分の数粍以内に維持することができ、押さえ板の支点から突出部までの距離が十分大きいため、これらの寸法誤差による押圧力のばらつきを小さく済ませるから、製品全体としては、押圧力が均一化し、したがつて、すべての製品につき一定の望ましい押圧力をもたらす仕上精度をうるのに、工作組立上、それ程の注意を必要としないのである。
(五) 原判決は、控訴人の販売品が本件特許発明における「くし形かみそり刃をその取付個所にて軽度の摩擦作用のもとに該取付面内で移動できるように支持させる」という構成要件を具備していると認定し、その根拠として、控訴人の販売品においては、上刃(3)がボルトとナツト及び押さえ板(15)によつて頭部わく(2)に取付けられ、また、押さえ板(15)の突出部(18)ないし(21)によつて上刃(3)が押圧されている個所が取付個所に含まれ、その取付個所で、上刃(3)が、かみそり頭部わく(2)との軽度の摩擦作用のもとに移動できる、と判示しているが、上刃を「取付ける」とは何か、その「取付個所」とはどこか、また、その目的は、上刃の離脱防止、揺動防止のいずれにあるか、それとも、いずれにもないか、について何ら判示していない。原判決の右判示が、もし「取付」を「押圧」と同一に考え、右販売品の押さえ板の突出部が上刃を押圧している点をとらえて、取付けていると認定したことによるものとすれば、本件特許発明の明細書の記載を完全に無視するものであり、もし、上刃をはずれないようにすることをもつて「取付」と解しているとすれば、右販売品の押さえ板のうち、上刃の取付を担当する個所はボルト・チツトの存する周辺のみであつて、突出部はこれに含まれないから、右判示は、それ自体で完全に矛盾する。また、もし、押さえ板のあるところを、まとめて、一つの取付個所であると漠然と考えているとすれば、それは、「取付面」、「取付面内」という語に場所的広がりのある意味をもたせた被控訴人の主張に引きずられ、押さえ板のある場所のうち、どこか一定のところで、上刃を押し付けて摩擦を生じさせていれば足りると速断したことによるものという外はないが、本件特許発明においては、上刃が頭部わくの壁面に平行な方向(面方向)には動くが、頭部わくの壁面に垂直の方向には運動(揺動)しない機構を得ようとしているから、その構成中、上刃が「取付面内で移動」するというのは、上刃の運動の特定の方向を表すものであり、上刃の移動の領域、範囲ないし場所を表すものではなく、したがつて、原判決の右判断も、本件特許発明の明細書の記載に依拠することなく、独自の認識に基づいてなされたものというべきである。