東京高等裁判所 昭和48年(ネ)856号 判決 1974年11月28日
控訴人 飯島登茂代
右訴訟代理人弁護士 戸田宗孝
同 榎本逸郎
被控訴人 往住光訓
<ほか二名>
右被控訴人三名訴訟代理人弁護士 白谷丈吉
篭原秋二
被控訴人 鈴木秀太郎
被控訴人 鈴木鉄五郎
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、
「原判決を取消す。
被控訴人往住光訓は、原判決添付目録の土地(以下本件土地という。)につき、水戸地方法務局昭和三九年一二月一五日受付第三一、八七五号をもってなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
被控訴人鈴木秀太郎は、右土地につき同法務局昭和四一年八月二六日受付第二四、一三三号をもってなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
被控訴人鈴木鉄五郎は、右土地につき同法務局昭和四二年一〇月九日受付第三一、七〇八号をもってなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
被控訴人岡田義麿は、右土地につき同法務局昭和四三年五月八日受付第一三、九二三号をもってなされた条件付所有権移転仮登記および同法務局昭和四四年五月一四日受付第一六、九八六号をもってなされた所有権移転登記(共有持分三分の二)の各抹消登記手続をせよ。
被控訴人吉村位子は、右土地につき同法務局昭和四四年五月一四日受付第一六、九八六号をもってなされた所有権移転登記(共有持分三分の一)の抹消登記手続をせよ。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」
との旨の判決を求め、被控訴人往住、同岡田および同吉村代理人(以下被控訴人三名代理人という。)は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は、つぎのとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示の通りである。
控訴代理人において、控訴人の表見代理人である訴外小田切猛と被控訴人往住との間において本件土地を目的物とする代物弁済契約が成立したのは昭和三九年一一月一七日であって、右小田切に控訴人を代理する権限があると信ずるにつき正当事由があったかどうかは、右契約のなされた当時の状況に照して判断すべきところ、被控訴人往住が右小田切から控訴人名義の白紙委任状、控訴人の印鑑証明書および登記済証の交付を受けたのは、同年一二月一〇日である。従って右代物弁済契約の成立した昭和三九年一一月一七日の時点においては被控訴人往住において訴外小田切猛が控訴人を代理すべき権限を有すると信じていたとしても、正当の事由があるということはできない、と述べ(た。)≪証拠認否省略≫
被控訴人三名代理人において、上記控訴人の主張は争うと述べ(た。)、立証≪省略≫
原判決四枚目裏一行目の「原告」とあるのを「訴外小田切猛が代表者である東亜石油株式会社」と訂正する。
理由
当裁判所は、当審における新たな弁論の結果を斟酌しても、控訴人の本訴請求はすべて失当であると判断するものであるが、その理由は原判決がその理由において説明するところと同一であるから右説明を引用するほか、次のとおり附加説明する。
≪証拠省略≫を総合すると、
訴外小田切猛は、昭和三九年一〇月末頃被控訴人往住光訓と協議の結果、同人に対し合計金三二〇万円の債務を負担していることを承認したが、同年一一月四日頃、右債務の弁済に代えて原判決添付目録記載の本件土地および妻訴外小田切光子、知人である訴外渡辺幸雄および市村四郎各所有名義の土地合計五筆を一括して、右所有者を代理して被控訴人往住に譲渡したい旨申し出るとともに、右五筆の土地のうち本件土地を含む四筆は、それぞれ自己の妹である控訴人、妻である光子および従兄弟である渡辺の所有であり、残る一筆は単に形式上市村名義を借用しているに過ぎず、いずれも各所有者からこれを代物弁済に供することの承諾を得ている旨を述べたので、被控訴人往住も同月一七日右代物弁済の申し出を承諾し、同日小田切猛方で、同人、妻光子および市村四郎立会のうえ、「債務確認並に不動産譲渡契約書」と題する書面を作成したこと、その際、小田切は、被控訴人往住に対し、登記に必要な書類は全部取揃えて後日交付する旨を述べたので、その後往住がその交付方を催促したところ、小田切は、同月二〇日頃、本件土地の登記済証、控訴人の印鑑証明書および控訴人作成名義の白紙委任状を被控訴人往住に交付したので、同人は同年一二月一二日、右各書類を携えて、小田切猛および小田切光子の代理人である訴外安洋太朗および市村四郎とともに司法書士栗田金次郎方に赴き、同司法書士に対して本件土地に関する前記代物弁済による所有権移転登記手続をなすことを委任した結果、水戸地方法務局昭和三九年一二月一五日受付第三一、八七五号をもって、昭和三九年一二月一四日付代物弁済を原因とする所有権移転登記がなされたこと、然しながら、小田切猛は、控訴人から本件土地の管理処分につき代理権を与えられていたことはなく、単に昭和三九年一一月頃、本件土地につき土建業者との間において土地造成の請負契約を締結するための代理権を与えられていたにとどまり、右印鑑証明書および白紙委任状も右代理権行使の際使用するものとして交付されていたものであったこと(右代理権授与と印鑑証明書および白紙委任状の交付は当事者間に争いがない。)、
およそ以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫
ところで、代物弁済は、弁済者が本来の給付に代えて他の給付をなすことによって債務を消滅させる債権者と弁済者との間の契約であって、本来の給付と異なる給付が現実になされることを必要とする。従って、弁済者のなす他の給付が不動産所有権の移転を内容とするものであるときは、当事者が単に当該不動産につき譲渡の意思表示をなすだけでは足りず、その登記をもするのでなければ、いまだもって代物弁済は有効に成立したものとはいうことができないわけである。これを本件についてみると、被控訴人往住と控訴人の代理人と称する小田切猛との間において、本件土地を代物弁済に供する旨の合意が成立したのは、昭和三九年一一月一七日であるけれども、この代物弁済は、同年一二月一五日本件土地について所有権移転登記がなされることによって、はじめて有効に成立したものといい得るのである。従って表見代理の法理の適用の関係においても、右登記がなされるまでの間において、被控訴人往住が、右代物弁済に関し、小田切猛に控訴人を代理する権限があると信ずべき正当の事由が存在すれば足りるのであって、必ずしも、上記代物弁済の合意の時までに右事由が存在しなければならないということにはならないのである。されば、被控訴人往住と訴外小田切との間に代物弁済の合意がなされた後、小田切が、本件土地につき所有権移転登記をするのに必要な本件土地の登記済証、控訴人作成名義の委任状および控訴人の印鑑証明書を被控訴人往住に交付したことは、さきに認定したとおりであるから、同被控訴人が訴外小田切に控訴人を代理して本件土地を処分する権限があると信ずるについて正当な事由があったものと解するに妨げないのである。従って、被控訴人往住が訴外小田切に控訴人を代理すべき権限があると信ずるについての正当事由の存否は、右両者間に代物弁済の合意が成立した昭和三九年一一月一七日の時点を基準として判断すべきであるとの控訴人の主張は、採用することができない。
よって原判決は相当であって、本件控訴は失当であるから、民事訴訟法第三八四条第一項の規定によってこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき同法第九五条および第八九条の規定を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 安達昌彦 後藤文彦)