大判例

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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)900号・昭49年(ネ)223号 判決

第一審被告が前記針金除去手術に当って針金の一部を第一審原告丸一博の体内に残存せしめたことが第一審被告の故意又は過失による違法な行為であるか否か及び右針金の一部の残存と第一審原告丸一博の疼痛との間に困果関係を認めることができるか否かについて検討する。

右の点について、当裁判所は、≪証拠≫を総合し以下のとおり判断する。

およそ人体の内部にある金属片は、その物質の性質により、腐蝕、溶解等の化学的作用により人体に異物反応を生ぜしめ、又はその所存部位、形状、大きさにより筋肉、血管等に物理的刺激を与え、組織を傷つけ、血行障害を起すなどして、疼痛の原因となるおそれがあると考えられる。

しかし、本件において、第一審被告が第一審原告丸一博の骨折の治療に用いた針金は銀線であるところ、銀はその化学的性質が極めて安定した物質であって、人体内にある場合でも(それが骨内であるにせよ、筋肉内であるにせよ)、医学上、腐蝕、溶解等の化学的作用により全身的には勿論、局部的にも影響を及ぼすおそれはないものと考えられているところであり、本件においても、前記山口病院で除去した針金(銀線)に変質は認められず、その周囲に僅かな青さびが認められた程度で、目立った異物反応はなく、第一審原告丸一博の疼痛となるような有害な影響を与えたものとはいうことができない。また第一審原告丸一博の右大腿骨骨内に埋没した針金が物理的刺激により疼痛の原因となることは考えられないところであり、筋肉内の針金切片についても、その形状、大きさ及びその所在部位からみて物理的刺激により疼痛の原因となることは殆んど考えられず、寧ろ、骨折及びその治療のための接合手術の後遺症として形成された瘢痕組織による刺激又は血行障害が寒冷時又は疲労時において疼痛の原因となる可能性の方が大きく、これに比すれば、第一審原告丸一博の右大腿骨付近の筋肉内に残存していた針金の切片による物理的刺激は極めて軽微なものであったと考えられる。

もっとも、人体の複雑な構造からみて、一般に無害と考えられる銀線であっても、人体に対し予測し得ない障害の原因となり得ないでもないので、万全を期するためにはこれを完全に除去した方が好ましいことはいう迄もなく、その故に、第一審被告においても前記のとおり針金除去手術を行ったものと推測されるが、針金の一部を残存せしめたことからみて、右手術の目的が完全には遂げられなかったことは否定できないところである。

しかし、骨折部位の接合、癒着のために用いられた針金の除去手術は、骨接合を順調ならしめるため半年から一年位を経過した後に行われることが適当とされており、本件においては前記のとおり約一年三月後に除去手術が行われたものであるが(右除去手術の時期が不適当であったと認めるに足りる証拠はない)、骨接合手術から除去手術迄の間に骨折部位を締結していた針金は骨の成長のために切断され、新生した仮骨或いは肥厚した骨膜内に埋没し、又は手術のあとに形成される瘢痕組織にかくれて発見し難い状態になる場合が多く、更に手術のあと増生した血管のため出血し易くなっていて、針金の除去に技術的な困難を生じ、もし手術による侵襲の範囲を拡大してまでも綿密に針金を除去しなければならないとすれば、却って被手術者に対し組織の損傷、出血の増加、細菌の感染などの危険を招くおそれが大きくなる。従って、人体内にある金属片の化学的及び物理的危険性の大小と勘案して、除去手術を一定の範囲でとどめることもやむを得ない場合があるといわなければならない。本件においても、前記のとおり骨折部位の締結に用いられた針金が化学的に極めて安定した銀線であり、物理的危険性も殆んど考えられない状況であったことからみて、第一審被告が第一審原告丸一博の体内の針金の全部を発見し得なかったか、又は発見したが完全に除去することを断念したものであるかを問う迄もなく、右針金の一部を残存せしめたことをもって、直ちにこれを第一審被告の故意、過失による違法行為ということはできないものというべきである。

(平賀 安達 後藤)

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