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東京高等裁判所 昭和48年(ラ)836号 決定 1974年9月13日

抗告人 近藤桂子(仮名)

近藤等(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙(一)の抗告申立書記載の申立の趣旨及びその理由、別紙(二)の昭和四九年六月一一日付抗告理由の追加申立書記載の申立の趣旨及び理由並びに別紙(三)の同月一九日付抗告理由の追加申立書記載の申立の趣旨記載のとおりである(なお、右追加申立書二通はいずれも抗告人近藤等の特別代理人が提出したものである)。

二  当裁判所の判断

1  本件抗告の理由は、右抗告申立書等によつて趣意不分明の部分があるが、本件記録によつてこれを補足したうえ要約すれば、次の二点に帰するものと思われる。

(抗告理由の(一))原審判は、被相続人亡近藤敏治(昭和三五年三月一八日死亡)の長男近藤幸一(抗告人桂子の夫、同等の父)が昭和四三年七月二三日死亡しているにもかかわらず、その死亡後の同年一〇月六日右幸一が申立外阿部健二と別紙(四)の遺産目録(1)の土地の一部について賃貸借契約をした旨の契約書の存在を無視し、全不動産を課税台帳の評価額によつて評価している。しかし、右阿部との契約が有効であれば借地権控除の計算をし、無効であれば更地として計算すべきものであり、したがつて、右契約の効力の有無により全遺産の評価額は異なることとなり、ひいては、各相続人の相続取得分も原審判とは異なつてくるものと思われる。

(抗告理由の(二))原審判は、原審申立人和田広子が未分割の相続財産を勝手に売却しているにもかかわらず、右売却地を同人の取得分の中に入れて右売却の問題を不問に付している。右売却行為は、共有財産を勝手に処分した不当なものであるのに、これを同人の相続取得分の中に入れると正当化されてしまい、したがつて、右取扱いは公正を欠くもので納得できない。

2  右抗告理由について判断を加える前に、右判断に必要な範囲内で、本件記録により、本件事案及び原審の判断の概要をここに記載する。

(一)  被相続人亡近藤敏治は昭和三五年三月一八日死亡しその相続人として妻近藤弘子、長男近藤幸一、二女和田広子(原審申立人)、三女太田政子、二男近藤義典の五名がいたが(長女布美子は幼時死亡)、長男幸一は昭和四三年七月二三日死亡し、その相続人として妻近藤桂子(本件抗告人)、右幸一と先妻間の長男近藤孝、同二男近藤行雄、右幸一と右桂子間の長男等(本件抗告人)の四名(以下再転相続人らという。)がおり、以上八名が本件共同相続人である。

(二)  遺産は、別紙(四)の遺産目録記載の不動産及び電話加入権であるが、原審判は、同目録(1)の宅地については、相続人間の昭和三六年九月二四日の一部分割協議を有効と認め、右協議により亡幸一の所有となり、その後再転相続人らの共有となつていることを主文で明記し、同目録(2)の宅地についても、右同日の協議により近藤義典の所有となつていることを主文に明記し、また、同目録(12)の建物については、亡幸一が被相続人敏治から生前贈与を受けたものである旨認定し、結局、本件遺産分割の対象は、同目録(3)ないし(10)の宅地、(11)、(13)の建物及び(14)の電話加入権である旨判断した。

なお、右(1)の宅地については、昭和三六年一〇月一一日受付で近藤幸一名義に相続による所有権移転登記がなされ、昭和四四年六月一八日受付で再転相続人ら名義に相続による所有権移転登記がされている。

(三)  遺産の評価につき、原審判は、「不動産の評価について、厳密には価額を鑑定させてそれによるのが理想であるが、本件においては専門家の鑑定人に鑑定評価させるときはそのために莫大な費用を要することが予想され、本件関係人はそのような費用負担を望んでいない。そして本件は不動産取引を目的とするものではなく、単に相続人間の均衡を図つてその分割をすることが窮極の目的であるから、各物件の課税台帳の評価額によつても妨げないものと認め、これによることとする。」旨判示して、別紙遺産目録記載のとおり、昭和四八年の固定資産税台帳記載の評価額を本件分割の基準とした。なお、電話加入権は、その評価額を金四万円とすることに関係人全員が合意した。

(四)  右評価額を基準として、原審判は、別紙(四)の遺産目録の取得者欄記載のとおり、同目録(3)ないし(11)(13)及び(14)の各物件の取得者を定めた。その結果、各相続人の相続取得分(同目録(1)、(2)、(12)を含む。)を右評価額によつて合計すると次のとおりとなる。

近藤弘子(妻)      二億〇〇六〇万六、五七〇円

再転相続人ら(長男関係) 一億九、八九〇万四、九一〇円

和田広子(二女)     一億〇、八三〇万四、四二〇円

太田政子(三女)     一億〇、四五九万六、七八〇円

近藤義典(二男)     一億一、四三三万三、三一〇円

右の不均衡に対し、原審判は、「上掲評価額自体数学的又は論理的厳密さを以て算出されたものでないのみならず、遺産分割は一切の事情を斟酌してなしうべきものであることに鑑み、本件においては調整金ないし清算金を課することが相当とは考えられないから特にその支払いを命じない。」旨判示した。

(五)  本件遺産のうち、別紙遺産目録(1)ないし(10)の土地の状況は、同目録(7)の土地の上に同目録(11)(12)の建物及び未登記の貸車庫一棟(約一九八・三四平方米)が建つており、同目録(8)の土地の一部に同目録(13)の建物が建つており、同目録(5)の土地の内八二・六四平方米(二五坪)が畑となつているほかは、すべて建物所有を目的とする貸地と私道とになつており、この土地全部の評価額七億二、五七四万七、二九〇円は、同目録(1)ないし(14)の全遺産の評価額の九九・八六パーセントを占めている。なお、右土地全部の中で貸地の占める割合は九〇パーセントを超えている。

3  そこで、本件抗告理由の(一)について判断する。

まず、抗告人らは、原審判が、すでに死亡している近藤幸一と申立外阿部健二間の別紙遺産目録(1)の土地の一部についての借地契約書の存在を無視したことを非難するが、前記認定のとおり、右(1)の土地は昭和三六年九月二四日の一部分割協議により亡幸一の取得分と定められたのであるから、以後右幸一において、同人死亡後は再転相続人ら四名においてこれを管理すべきものであり、もしその所有権を侵害するような第三者による借地契約の締結があつた場合には、他の民事手続等によつて救済を求めるべきものであつて、右借地契約の有効無効は、本件遺産分割とは関係がないものというべきである。

抗告人らは、右借地契約の有効無効によつて、右(1)の土地の評価は異なる旨主張するが、原審判は、本件遺産の土地は大部分が貸地であることを前提として、あえて固定資産税台帳記載の評価額を基準としたのであるから、右借地契約が有効であつたとしても、他の相続人ら(とくに、他の直系卑属の相続人ら)が取得した土地と同様に、貸地として評価されたことになり、抗告人らにとつて格段の不利益があつたものとは認めがたく、逆に右借地契約が無効であれば、貸地として評価されたものを更地として取得することになるのであるから、抗告人らにとつてはかえつて利益となり、したがつて、抗告人らの右主張は理由がない。

なお、抗告人らは、原審判が課税台帳記載の評価額を基準としたことを非難するもののようであるが、遺産の分割は、単に算術的公平を期するものではなく、民法九〇六条の規定の趣旨に従つて、一切の事情を考慮してこれをすべきものであるから、そこに家庭裁判所の裁量の余地が存し、また、本件の場合には、価額的に見れば、別紙遺産目録(1)ないし(10)の土地が本件値産全体のほとんど大部分を占めており、その土地も、分割の時点では大部分が貸地であつて、それを現物で分割するのであるから、このような場合には、課税台帳記載の評価額を基準として分割しても、あえて違法とまでいうことはできないものと解するのが相当である。のみならず、固定資産税課税台帳記載の評価額は、地方税法三八八条の規定により、自治大臣がその評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続を定め、最近では、地価公示法(昭和四四年七月一日施行)による公示価格をも参酌して定められているのであるから、各土地の価値の大小を見定める尺度として利用するのであれば差支えないものというべきである。したがつて、抗告人らのこの点に関する非難も理由がない(もつとも、原審判は、遺産たる建物の敷地の借地権について考慮していない点に問題があるが、この点は、本件遺産分割手続とは別個に、右建物を取得した者とその敷地を取得した者との間で、借地条件等を定めて契約をすることも可能であり、したがつて、原審のとつた措置は必ずしも妥当とはいえないが、本件事案を大局的に眺めるときは違法とまではいえないものと解する。)。

4  次に、抗告理由の(二)について判断する。

抗告人らは、原審申立人和田広子が未分割の相続財産を勝手に売却した旨主張するが、本件全資料によるも右事実を認めるに足る証拠はない。かりに、右事実があつたとしても、抗告人らの主張によれば、原審判は右売却した相続財産を右和田弘子の相続取得分の中に入れたというのであるから、問題は解消されたものというべきである。抗告人らは、不当な行為が正当化されることに不満を抱くもののようであるが、右は、原審判を取り消すに足る適法な抗告理由とは認められない。したがつて、抗告人らの右主張は理由がない。

5  以上の次第であるから、抗告人らの抗告理由はいずれも理由がなく、その他本件記録を精査しても、原審判を取り消すに足りる違法の点はみあたらないから、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 枡田文郎 裁判官 後藤静思 日野原昌)

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