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東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)111号 判決 1974年3月28日

原告 石川正浩

被告 日本弁護士連合会

訴訟代理人 伊藤広保 外一名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告は、「異議申出人を原告、相手方を柴多庄一及び大野康平とする昭和四七年(懲異)第二号懲戒請求事件について、被告が昭和四七年一一月一四日にした異議申出を棄却する旨の裁決を取り消す。」との趣旨の判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

(一)  柴多庄一及び大野康平はいずれも大阪弁護士会に所属する弁護士であるが、原告は、右両名について懲戒事由があると思料し、同人らを相手方として同弁護士会に懲戒請求をしたところ、昭和四七年二月一〇日右両名を懲戒に付さない旨の決定がなされたため、原告は右決定に対して被告連合会に異議の申出をしたところ、被告連合会は懲戒委員会の議決に基づいて、昭和四七年一一月一四日右異議申出を棄却する旨の裁決をし、右裁決はその頃原告に送達された。

(二)  しかし、右裁決は、別紙「裁決に対する不服の理由」記載のとおり、公正を欠き、弁護士法の精神に反するものであるから取消を免れない。

(三)  弁護士法五六条の規定による懲戒についての審査請求を却下され、若しくは棄却され、又は同法六〇条の規定により懲戒を受けた者は、同法六二条によつて東京高等裁判所にその取消の訴を提起することができる。

ところで、右規定の解釈として、弁護士法六一条一項による異議の申出をした者がそれを被告連合会により不適法として却下され又は理由なしとして棄却されたときはその取消の訴を裁判所に提起することができないとするのは正しくない。なぜなら、右の解釈によれば、懲戒を受けた弁護士は裁判所に訴を提起してその取消を求めることができるのに反し、当該弁護士から害を受けてその懲戒の請求をした者には、右と同様の不服申立の途が閉される結果となり、余りにも不公平で、特に弁護士よりも弱い立場に在る者の保護に欠けることになり、ひいては憲法一四条の法の下における平等の精神に反するからである。

したがつて、本件のごとく、弁護士法五八条一項によつて弁護士の懲戒の請求を、その弁護士の所属弁護士会に対してした者が、右請求を棄却されたので被告連合会に、同法六一条一項に基づく異議の申出をしたところ、これも棄却された場合においては、当然同法六二条により、右棄却の裁決の取消の訴が提起できると解さなければならない。

二、被告訴訟代理人は、「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

(一)  弁護士法五八条は、何人も弁護士会に弁護士の懲戒を請求することができる旨を規定し、また、同法六一条は懲戒請求者が日本弁護士会に対して異議の申出をすることができる旨を規定しているが、日本弁護士連合会のした異議申出棄却の裁決については、これを不服として裁判所に出訴することを認めた規定が存在しない。これは弁護士を懲戒するかどうかを弁護士会又は日本弁護士連合会の自主的な判断に委せ、懲戒をしないとした場合にも、裁判所に対して懲戒を訴求することまでは許さないとするのが弁護士法の精神であるからである。したがつて、本件訴は、法の認めないものであるから不適法として却下を免れない。

(二)  原告主張の請求原因(一)項記載の事実は認める。

理由

一、原告が、大阪弁護士会所属の弁護士柴多庄一及び同大野康平に懲戒事由があるとして、同弁護士会に対し、懲戒の請求をしたが、懲戒に付さない旨の決定がなされたため、これを不服として、被告連合会に対して異議の申出をしたところ、被告連合会が、異議の申出を棄却する旨の裁決をしたことは、当事者間に争いがない。

原告は、右異議申出を棄却した裁決の取消を求めて本訴を提起したので、その適否について考えるに、懲戒に関して、弁護士法の規定するところによれば何人も、弁護士について、その所属する弁護士会に懲戒の請求をすることができ(五八条)、所属の弁護士会により懲戒を受けた弁護士は、日本弁護士連合会に対して、行政不服審査法による審査請求をすることができ(五九条)、右審査請求について却下若しくは棄却の裁決を受けた者は、東京高等裁判所にその取消の訴を提起することができ(六二条)、又日本弁護士連合会がみずから懲戒をした場合にも、懲戒を受けた弁護士は東京高等裁判所にその取消の訴を提起することができるが(六〇条、六二条)、他方弁護士の懲戒を請求した者は、その弁護士会が懲戒しない場合において、日本弁護士連合会に対して異議の申出をすることができると規定されている(六一条)が、右異議の申出を棄却する旨の裁決がなされても、これに対して、裁判所に右裁決を取り消して懲戒すべきことを求める途を開いた明文の規定は存在しない。

ところで、弁護士法五八条所定の懲戒請求権や、六一条の異議申出権は、これら申立をする者の個人的利益や満足のために設けられたものではなく、弁護士懲戒制度の運用の公正を担保するため、もつぱら公益的見地から認められたものである。したがつて、被告連合会の処分に対して懲戒請求者に不服があつても、法律によつて特に出訴を認めた定めのない限り、裁判所に対しその不服につき出訴することは許されない(私人が公の利益を代表して訴訟の当事者適格を与えられ、出訴を許されるのは、特別の場合であるから、法律に明定されていなければならない。行政事件訴訟法四二条参照)。

法が懲戒を受けた弁護士に対してのみ、裁判所に出訴する道を開いた所以は、懲戒が弁護士に多大の不利益を被らせ、特に懲戒が除名処分に至るときには、弁護士の身分に致命的な不利益をすらもたらすことに鑑み、慎重を期したからである。

この制度は弁護士会の懲戒権の行使に対し懲戒を受ける弁護士の人権の保護という観点から例外的に認められたものであるから、弁護士法に明文の規定を欠くにもかかわらず、懲戒請求者にまでも拡張して訴の提起を許す解釈をとることは相当とはいい難い。

原告は、右のような解釈は、弁護士により損害を被つた社会的弱者の保護に欠け、法の下の平等を規定する憲法一四条に反すると主張する。

しかしながら、

(一)  原告は弁護士法五八条一項により懲戒を請求する者即ち弁護士に対する依頼者と考えているようであるが、右懲戒請求は何人でもできるとして規定されている。また、弁護士の依頼者が弁護士に比し、常に社会的弱者であるということはできないのみならず、そもそも懲戒請求者と弁護士との関係において、社会的強弱を論ずることは無意味である。もし、懲戒手続内における立場の強弱を考えるならば、弱者は明らかに懲戒請求を受けている弁護士である。なぜなら、右手続において当該弁護士は懲戒を受ける惧れがあるのに対し、懲戒請求者は右手続の帰趨により身分上その他の不利益を受けるものではない。したがつて、右手続は、対立二当事者が裁判の結果により直接法律的拘束を受け、原告も場合により敗訴又は誘発された反訴における敗訴等により重大な不利益を負担するに至る惧れある民事訴訟とは全く異なり、刑事訴訟手続に類するものであつて、このことは懲戒権は広義の刑罰権に包含されることからも当然である。しかして、刑事訴訟手続においては、民事訴訟手続のように当事者が全く平等には取り扱われておらず、手続上不利な立場に立つ被告人の保護のために、公益を代表する検察官及び裁判権を行使する裁判所の訴訟活動にも、種々制限を加えているのであり、弁護士懲戒制度もこのような観点から被告人的立場にある弁護士に限つて裁判所への出訴が許されているのであり、そのことは何ら憲法一四条の精神に反しない。

(二)  なお弁護士により被害を受けた者がその弁護士について懲戒を請求したにかかわらず懲戒が行われず、さらに異議の申出も棄却された場合に、裁判所に出訴ができないのは、一見片手落のように見えるが、弁護士の行為によつてその権利を侵害されたとする者が救済を求める方法が別にないわけではない。弁護士懲戒手続の目的は弁護士の非行による被害者の救済ではなく、もつぱら弁護士の綱紀及び品位の保持にある。被害者の権利の救済は民事訴訟手続等に依るべきであつて、懲戒手続をもつてこれに代用することは右制度の運用を歪める惧れがある。また、懲戒手続における懲戒請求者は右手続における当事者ではないと解されるから同人の不服申立を懲戒の裁決を受けた弁護士の不服申立とを平等に扱わないと権衡を失するという説は相当でない。

(また、刑事訴訟法上の準起訴手続は、実体につき何らの公権的判断を経ていない事件につき起訴するか否かを定める段階において認められた制度であるのに反し、弁護士法六二条一項による出訴は、本来弁護士会の自治権に基づき二審級にわたつて有権的判断を経由した事件につき、更に行政訴訟法上の抗告訴訟としての訴を許されたものであつてこの二つの制度は同日に論ずることはできない離れたものである。)

二、以上要するに、懲戒請求者たる原告が被告会社のした異議申出棄却の裁決について、その取消を求める本訴は不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 園部秀信 裁判官 兼子徹夫)

別紙

裁決に対する不服の理由

一、原告は別紙懲戒申立の事由(一)ないし(七)記載の事実が弁護士法五六条の懲戒事由に該当するとして大阪弁護士会及び被告連合会に対し懲戒の請求をした。

二、しかるに被告連合会は、原告が主張する事実を証明すべき資料が十分あるに拘らず、敢えて、懲戒に該当する事実なしとした。これは同業者を庇うために事実を誤認し、法律の解釈適用を誤つたものであり、全部不服である。

別紙

懲戒申立の事由

(一) 原告は、亡父石川正智が、昭和一二年創立し、昭和二九年九月学校法人となつた大阪市天王寺区東高津町所在、日本予備校において、兄弟と共に運営に参加し、校長代理のほか、総務、企画、教務部長等を歴任し、前後一七年間勤務協力し、同族的私物化しないように常に公正な態度で、模範的な学校とするため努力してきたが、昭和四五年六月、何ら理由なく、不適法な評議員の議決によつて理事職を解任されるに至つた。そこで、原告はその父及び前記予備校を相手とし、大阪家庭裁判所に親子不和調整に関する申立(同庁昭和四五年家(イ)第二〇六七号)をしたのを始めとし、理事解任無効、評議員会決議不存在確認請求の訴等を提起した。

(二) 弁護士柴多庄一は、右予備校の顧問弁護士としてこれら訴訟等につき、原告の父又は右予備校の代理人となり、大野康平弁護士は柴多弁護士と共同して前記訴訟等の追行を担当したものであるが、両名は事件につき仲裁のため協議したいと原告を呼び出し事情及び真意を聴取した上、原告に賛同する旨申し向けながら、原告の父または前記予備校の代理人となつた。

右は弁護士法一条、二条、二五条一、二、三、五号に該当する非行である。

(三) 大阪家庭裁判所に申し立てた親子不和調整調停事件において、原告は前記予備校を正しい学校法人としようと努力しているに拘らず、柴多弁護士は原告の父に勧めて調停を不調とさせた。

右は、偽計により原告の業務を妨害した行為である。

(四) 原告の父は、昭和四六年四月八日死亡したが、柴多及び大野弁護士は前記各種訴訟等につき原告の父の真意に基づく委任なくして、同人の代理行為をし、私文書偽造、印鑑盗用又は背任の行為をした。

(五) 前記予備校には、使途不明金問題があり、右両弁護士は報酬、顧問料等を受けておりながら、何らこれにつき究明しなかつたが、これは背任罪を構成する。

(六) 原告が右予備校に復職したい希望を有することを利用し、右両名は前記学校から弁護料を詐取した。

(七) 右両名は、原告の兄弟石川清、同明、同和のした公文書不実記載、業務上横領、背任、名誉毀損、侮辱などの犯罪の指導ないし幇助をしている。

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