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東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)118号 判決

一、本件の特許庁における手続の経緯、本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二、そこで、原告の主張する本件審決を取消すべき事由について検討する。本件商標と引用商標とでは、両者の語頭の第一音が「ラ」と「ダ」の相違があることは、被告も認めて争わないところである。しかし、「ラ」と「ダ」は母音を共通にする同列音であるのみならず、成立に争いない乙第一、二号証によれば、「ラ」の音は、発音の際舌のさきではじくのと同時に起る破裂の度合によつて「ダ」と聞き違いやすい音となる事実および本件商標のように語頭に「ラ」の音がくると特に正確に発音しにくく「ラ」を「ダ」と発音してしまう人も居る事実が認められる。したがつて、「ラ」と「ダ」とは、清音と濁音の区別があることを考慮しても、両者は明瞭に区別して発音することや聞き取ることが必ずしも容易ではない音であるというべきである。そして、本件商標と引用商標とは、語頭の第一音を除いた他の三音はすべて同一であるから、両者を全体として称呼した場合、その語音、語調が著しく近似し、取引上両者は相紛れやすい称呼であるといわざるをえない。

原告は、本件商標と引用商標とでは、その観念と相まつてみれば紛れやすい称呼を生じるものではない旨主張するが、一般に、当該商標がどのように称呼されるかは、その観念とは関係なく決せられるべきものであつて、本件商標と引用商標との場合についても、これと異なつて観念をも考慮のうえ称呼の類否を決すべきであるとする特段の事情は認められない。

また、原告は、本件商標と引用商標との関係と同様に、称呼の全体が三音から五音までからなり、語頭の第一音のみが「ラ」と「ダ」の相違を有する両商標がそれぞれ登録されている例が多数あるから、これらとの均衡に照らしても本件商標登録を無効とした審決は違法である旨主張する。しかし、本訴においては、本件商標と引用商標との類否のみを判断すれば足りるのであつて、その判断に当つて他にどのような商標が登録されているかということは、必ずしも判断の結論に影響を及ぼすべき筋合のものではなく、他に登録された商標と同様に取扱わなかつたからといつてそれだけで審決を違法であるとすることはできない。

したがつて、本件商標と引用商標は、その称呼において類似するから、両者は類似の商標というべきであつて、これと同旨の本件審決の認定判断は正当である。

三、よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は失当であるから棄却する。

〔編註〕 本件における当事者の主張は左のとおりである。

請求の原因

一 特許庁における手続の経緯

原告は、「RUNHILL」の欧文字をローマン体で横書きして成る商標(以下「本件商標」という。)について、商品の区分第一七類の商品「被服、布製身回品、寝具類」を指定商品として昭和四〇年一一月一八日商標登録出願し、商標登録第八〇五七七八号として昭和四四年一月二七日その登録を受けた。被告は、原告を被請求人として昭和四四年一一月一〇日本件商標の登録無効の審判を請求したところ(昭和四四年審判第九〇一九号)、特許庁は、昭和四八年四月四日本件商標の登録を無効とする旨の審決をなしその謄本は、昭和四八年五月一九日原告に送達された(出訴のための附加期間三カ月)。

二 本件審決理由の要点

請求人(被告)が引用する登録第七五六九二三号商標(以下「引用商標」という。)は、「dunhill」の欧文字(縦の字廓を特に延ばした特異な書体)を横書きして成り、商品の区分第一七類の商品「被服(運動用特殊被服を除く)、布製身回品(他の類に属するものを除く)、寝具類(寝台を除く)」を指定商品として昭和四〇年三月一八日防護標章登録出願、昭和四二年一月二一日商標登録出願に出願変更し、昭和四二年九月二九日にその登録がなされたものである。

本件商標と引用商標とでは、その外観上は互に区別することのできる差異が認められる。しかし、これを称呼上よりみると、本件商標はその欧文字の構成に相応し「ランヒル」、引用商標は「ダンヒル」の称呼を生ずるとするのが最も自然である。してみれば、両者は何れも五音よりなり、四音中三音を共通にし、語頭の第一音において「ラ」と「ダ」の差異を有するものである。しかし、「ラ」と「ダ」は母音を共通にする同列音であるのみならず、発音の際の調音位置がきわめて近いところで行われ、これが弱い場合には「ラ」、強い場合には「ダ」の音となるものであるが、この場合に、強弱にそれぞれ個人差のあることは明らかで、明瞭に区別して発音され難く、また、明瞭に区別して聞き取り難い音に属するものである。かつ、両者間の区別が極めてあいまいな地方のあることは経験則上明らかなところである。したがつて、「ランヒル」「ダンヒル」を全体として称呼した場合、その語音語調が著るしく近似し、その観念につき論及するまでもなく、取引上彼此相紛れるおそれのある類似の商標と判断せざるをえない。また、両者の指定商品も同一である。それゆえ、本件商標は、引用商標と同一の商品について使用する類似の商標であつて、かつ、引用商標よりも後願にかかるものであるから、商標法第八条第一項に該当し、同法第四六条第一項の規定に基づきこれを無効とすべきである。

三 本件審決を取消すべき事由

(一) 本件審決理由のうち、本件商標がその欧文字の構成に相応し「ランヒル」、引用商標よりは「ダンヒル」の称呼を生ずる旨の認定は争わない。しかし、審決が「ランヒル」と「ダンヒル」とを全体として称呼した場合、その語音語調が著しく近似し、取引上彼此相紛れるおそれのある類似の商標であると判断したのは誤りであつて、この判断を前提とする審決は違法であつて取消を免れない。

(二) 本件商標と引用商標との称呼を比較すると、両者の語頭の第一音は「ラ」と「ダ」の相違がある。この両者は、前者が清音であり、後者が濁音であつて、聴覚に与える異種音としての印象は極めて明確である。とりわけ、本件商標は初歩的英語「RUN」と「HILL」との結合よりなり、商標に外来語が頻繁に採択されている今日、観念と相まつて、「ランヒル」と「ダンヒル」とを称え誤り、聞き誤りを生じるおそれはない。また、審決は、「ラ」と「ダ」の区別が極めてあいまいな地方のあることは経験則上明らかであるとするが、商標権は全国に及ぶものであるから、一地方の事情を商標類否の基準に適用しようとするのは正当ではない。

原告の主張が妥当であることを裏付ける資料として過去の商標登録例が多数存在する。これらの商標は、いずれも称呼の全体が三音から五音までから成り、語頭の第一音のみが「ラ」と「ダ」との相違があるに過ぎないものである。これら登録例との均衡からみても、審決は違法である。

被告の答弁

(一) 原告主張の請求原因事実のうち本件の特許庁における手続の経緯、本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは認める。原告が本件審決を違法とする事由は争う。

(二) 本件商標と引用商標とでは、語頭音「ラ」と「ダ」とが調音位置が近似し、区別して発音がし難い音であり、かつ、聞き違いの生じ易い音であることは明らかである。したがつて、本件審決は正当である。

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