東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)134号 判決
以下原告の主張する審決の各取消事由の存否について、順次検討する。
1 審決の取消事由第一点について
(一) 引用例中特に第一図に示すろ波器においては、直列分路のろ波器部分として働く並列共振回路3は、電気機械振動子例えば水晶振動子を含む並列分路からみて、外側に接続され、他方、反復極を発生させるための並列共振回路2は、右水晶振動子を含む並列分路からみて、内側に接続されているけれども、そのねらいとする目的達成の上で、右のような接続とは反対に、すなわち、並列共振回路2を外側に、同3を内側に接続したとしても、ろ波器としての機能には差異がないというべきである。このことは、引用例の回路構成をとる限り、並列共振回路2と3との接続の順序は任意であるから、並列共振回路2が外側にある場合のろ波回路を本願発明のろ波器に対置することは可能であるとする原告の主張からも、明らかである。
ところで、原告は、引用例の回路構成においては、反復極を発生する並列共振回路が内側にある場合と外側にある場合とを区別することは、回路網技術的に本来無意味なものであり、これを、回路構成をそのような並列共振回路の外側にあることを不可欠の要件とする本願発明と対比することは許されないとし、審決の判断を誤りであると主張する。しかし、右のように引用例中に並列共振回路2が並列分路からみて外側に、同3がその内側に接続されている構成のろ波器が示唆されている以上、審決が、並列共振回路が内側にある場合と外側にある場合とについて検討したうえ、前記構成のろ波器を本願発明と比較対照しうべき引用技術として選定したことは、むしろ当然であり、審決のこの点の判断に誤りはない。
(二) 原告は、本願発明において、補償回路と電気機械振動子を含む並列素子との間には、この並列素子に直接接続された直列素子と、この直列素子における電気機械振動子を含む並列素子とは反対側に接続された別の並列素子とが挿入されており、このように補償回路がろ波器部分の外に接続されていることが重要な意味をもつている旨の主張をする。
ところで、ここでいう別の並列素子とは、本願発明の願書に添付の図面第四図及び第六図に示す実施例において、そのろ波器部分を形成しているコンデンサC3C4を指すものと解されるが、このような別の並列素子については、本願発明の特許請求の範囲中に、これが本願発明にとつて重要な意味をもつこと、すなわち、本願発明において不可欠の要素であることを窺うに足りる記載はない。なお、右特許請求の範囲中「補償は、……ろ波器部分(D、E)の外に備えられている……」との記載は、電気機械振動子を含む並列素子、ろ波器部分D、E及び補償用回路の位置関係を特定するとともに、ろ波器部分D、Eについて、これを規定する直列素子が右並列素子に直接接続されている旨を述べたにとどまり、別の並列素子が、ろ波器部分D、Eの一部としてであろうと、その外であろうと存在することを表わすものでないことは、その文言自体及びこの点に関する明細書の記載の趣旨に照らして明らかである。
そうすると、原告のこの点の主張は、特許請求の範囲に記載されていない事項を発明の要旨中に規定されているものとして、これを前提に主張するに帰するから、失当というほかはない。
(三) 原告は、本願発明の構成要件である「補償は……ろ波器部分の外に備えられている……」との点は、本願発明において引用例の並列共振回路3を要素とするろ波器部分に対応する四端子網が、少なくとも一個の並列枝路をもつことを別の形で表わしたものである旨主張する。しかし、このように右四端子網が少なくとも一個の並列枝路をもつことは、とりも直さずろ波器部分D、Eに、電気機械振動子を含む並列素子とは別の並列素子が含まれていることにほかならないところ、右の別の並列素子については、既に前(二)で述べたとおり、特許請求の範囲中に記載がなく、本願発明の要旨外のものであるから、原告の右の主張は失当である。
次に、原告は、電気機械振動子の容量比を有利にするためには、前記の四端子網が直列枝路の他に並列枝路をもてばよいという着想に到達することと、並列枝路をもたない四端子網から並列枝路をもつ四端子網へ等価変換することが回路網技術者において常識であることとは同列に論ずることのできる問題ではない旨主張する。なるほど、前記の四端子網が直列枝路の他に並列枝路をもつことにより電気機械振動子特に水晶振動子の容量比を有利にすることが事実であるとしても、このような並列枝路すなわち電気機械振動子を含む並列素子とは別の並列素子が本願発明の要旨と直接かかわりがないものである以上、右の主張も採用できない。
2 審決の取消事由第二点について
本願発明にあつては、補償回路は、直列分路における並列共振回路として、又は、並列分路における直列共振回路として構成されているのに対し、引用例のものにあつては、補償回路は、単に直列分路における並列共振回路として構成されている点で両者が相違すること(原告の主張する相違点(A))は明らかであり、このことは、審決も是認するところである。
ところで、補償が、直列分路における並列共振の形において行われる場合と並列分路における直列共振回路の形において行われる場合に関する両者の変換関係式がいかようのものであるかは、回路網技術者である以上広く了知していると解して妨げがなく、また、回路網技術者にあつては、一つの回路網に接した場合にその等価回路網群を想定してみることは極めて通常のことである。そうだとすると、補償が、本願発明のように直列分路における並列共振回路の形において行われるときのろ波素子と引用例のように並列分路における直列共振回路の形において行われるときのろ波素子とは、互に等価回路の関係にあるものと解すべきであり、このように解するについて妨げとなるべき特段の事情は窺えない。しかもなお、本願発明における補償のための二つの手法、すなわち、<1>補償が直列分路における並列共振回路(1)の形で行われる場合のろ波素子によること及び<2>補償が並列分路における直列共振回路(9)の形で行われる場合のろ波素子によることとは、択一的条件限度であつて、一般に発明の進歩性判断に際しては、既に先行技術がその一方の条件を示している限り、他方の条件については更に検討を加えるまでもないことである。
3 審決の取消事由第三点について
原告が、審決の取消事由第三点においてする主張のうち、従来技術(先行技術)における問題点、本願発明の主たる目的ないし技術的課題、その解決手段に関する部分は、本願発明の明細書・図面及びこの技術分野における技術常識よりみて是認することができる。
しかし、原告が本願発明による新規かつ特有のものであるとして強調する作用効果に関する主張についてみるに、原告のいう容量比を有利にできること、一〇〇以上の容量比を有し現在製作しうる水晶振動子を用いて原理的に優れた特性を持つ本願発明の願書に添付の図面第一図や引用例に記載のろ波器を実際に製作可能にさせること、したがつて、この種ろ波器の製作を容易にさせること、という作用効果は、要するに、水晶振動子(電気機械振動子)を含む並列素子とは別の新たな並列素子、例えば、同図面第四図におけるコンデンサC3C4が、本願発明における構成要件中の「ろ波器部分(D、E)」の一部としてか又はその外に、構成要件とされていることによつてはじめて奏せられるものであるところ、すでに1(審決の取消事由第一点に対する判断)の(二)において述べたとおり、このような並列素子又はコンデンサについては、本願発明の特許請求の範囲に記載されていないのであり、したがつて、原告の右主張は、本願発明の要旨外の事項を、発明の要旨に規定されているものとして、これを前提に主張するに帰するものというべきであつて、失当というほかはない。
4 以上のとおり、原告主張の審決の取消事由は、いずれも失当であり、審決の判断には誤りがない。
よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註その一〕 本願発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。
本願発明の要旨
「並列分路の端子における分岐回路から見て、減衰極を発生する電気機械振動子の直列共振の他に更に少なくとも一個のろ波器阻止範囲に置かれた並列共振周波数(反復周波数)が現われ、その作用は前位または後位もしくはこの双方のろ波素子において発生された減衰によつて補償されているようになされた際、補償は直列分路における並列共振回路(1)の形において又は並列分路における直列共振回路(9)の形において行なわれ、かつ、分岐回路におけるこの補償は電気機械振動子(Lq、Cq、Cp)を含む並列素子及びこれに直接接続された直列素子によつて規定されているようなろ波器部分(D、E)の外に備えられていることを特徴とする少なくとも一個の電気機械振動子を含む並列分路を有する分岐回路におけるろ波器」審決の理由の要点
1 本願発明の要旨
前項に記載のとおりである。
2 アメリカ合衆国特許第二、九二三、九〇〇号(昭和三五年五月九日特許庁資料館受入、以下「引用例」という。)には、次の記載がある。
「T形回路の並列枝路には、少なくとも一個の電気機械的振動子と一個の容量素子と一個のインダクタンス素子との並列接続からなる二端子回路1が挿入され、該T形回路の残りの枝路(すなわち、直列枝路)には、二つの並列共振回路2と3との直列接続からなる二端子回路が接続され、前記二端子回路1の並列共振周波数が並列共振回路2の並列共振周波数と等しくなるようにされている電気的ろ波器。」(別紙図面(二)参照)
3 審判請求人の主張とこれに対する判断
(一) 審判請求人の主張
<1>引用例のろ波器においては、反復極は、電気機械的振動子を含む並列枝路へ直接接続されるようなろ波器の直列枝路において発生するものである。
<2> 本願発明は、反復周波数点における減衰低下を補償するためのろ波器部分が、水晶振動子を含む並列枝路及び直接これに接続される直列枝路より形成される四端子網のろ波器部の外にあるという点において、引用例のものに対して、大きく相違するものである。
<3> 前記<2>の四端子網は、少なくとも一個の並列枝路をもつものである。
<4> 本願発明によれば、ろ波器全体の設計及び構成が著しく自由になる。
<5> 本願発明によれば、容量比(Cp/Cq)を大きくしてもよいことになる。
<6> 反復極を発生する共振回路の損失は、通過域と減衰域との「接続範囲」に対して大きな影響を及ぼすことはない。
(二) 審判請求人の主張に対する判断
主張点<1>について 引用例のろ波器において、いわゆる反復極を発生する並列共振回路が、並列枝路へ直接接続されている直列枝路に挿入されている事実は、審判請求人主張のとおりである。しかし、該直列枝路に挿入されている並列共振回路2と3との接続の順序については、どちらが内でどちらが外であつても、引用例記載の範囲内であり、本願発明と比較されているものは、反復極を発生する並列共振回路2が外側にある場合のろ波回路である。よつて、審判請求人のこの点の主張は理由がない。
主張点<2>について
並列共振回路3が、内側にある場合(すなわち、並列共振回路2が外側にある場合)の引用例記載のろ波器においては、並列共振回路3の二つの端子と対応するアースとによつて形成される区間について、四端子定数の成立することは明らかであり、また、回路網理論の分野においては、このような区間をもろ波器として扱つている文献があるので、該区間を四端子網のろ波器の概念に属するものとして扱つて差し支えない。したがつて、引用例のろ波器においても、反復極を発生する並列共振回路は、並列枝路に直接接続される直列枝路より形成される四端子の外側にある場合もある。よつて、審判請求人のこの点の主張も理由がない。
主張点<3>について
<3>の主張は、本願発明の特許請求の範囲の記載に基づくものとは認められず、また、並列枝路をもたない四端子網から並列枝路をもつ四端子網への等価変換は、回路網技術者にとつて常識化されているから、審判請求人のこの点の主張も理由がない。
主張点<4>について
引用例のろ波器と本願発明とが互に同一ないし等価回路の関係にあることは明らかであるから、両者の間に設計及び構成の上で格別の差異はない。したがつて、審判請求人のこの点の主張も理由がない。
主張点<5>について
<5>の主張は、本願発明の特許請求の範囲の記載に基づくものとは認め難いところであり、また、水晶振動子の容量比に対する設計上の要求を緩和するために、ろ波器に対して等価変換を施して水晶振動子を含む枝路の並列容量を増大させるという技術的思想は、回路網技術者にとつてはすでに常識化されているところであるから、審判請求人のこの点の主張も理由がない。
主張点<6>について
本願発明のろ波器と引用例のろ波器とは互に等価回路の関係にあり、しかも、反復極を発生する並列共振回路は、いずれも回路網上同様な位置に挿入されているのであるから、通過域と減衰域との「接続範囲」に対する前記並列共振回路の影響は、いずれにおいても同様であると解される。したがつて審判請求のこの点の主張も理由がない。
4 本願発明と引用例のものとの比較検討
右3に述べたところを前提として、本願発明と引用例のもとを比較検討する。
(一) 補償が直列分路における並列共振回路の形において行われる場合の本願発明のろ波器と引用例のろ波器とを対比するに、審判請求人の主張点<1>ないし<3>に関連して説示したところから明らかなように、両者は同一である。
(二) 補償が並列枝路の直列共振の形において行われる場合の本願発明のろ波器と引用例のろ波器とを対比するに、前者においては、補償のための共振回路が、並列枝路に配置され、後者においては、それが直列枝路に配置されている点において一応の差異はあるにしても、両者は、互に等価回路の関係にあることは明細書の記載に徴して明らかであり、その変換関係式は回路網技術者にとつては常識化されているところであり、しかして、回路網技術者は、一つの回路が与えられたときには直ちにその等価回路を想定するように訓練され習慣づけられているところであるから、前記の差異は、回路網技術者が容易に発明をすることができた程度のものと認められる。
5 結論
本願発明は、引用例のものに基づいて、回路網技術者が容易に発明をすることができたものであるから、特許を受けることができない。
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
<省略>
<省略>
別紙図面(二)
<省略>