東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)150号 判決 1974年7月31日
原告
岩本雄吉
右訴訟代理人弁護士
藤本博光
外二名
弁理士
猪股清
外一名
被告
有限会社沓坂商店
右代表者
沓坂門次郎
主文
原告の請求は、棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一 請求の趣旨
原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和四八年八月二一日、同庁昭和四二年審判第五、〇九二号事件についてした審決は、取り消す。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二 請求の原因
原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和三七年九月二四日実用新案登録出願、昭和四一年六月三日登録に係る、考案の名称を「脚立」とする登録第八〇三、九七一号実用新案権の権利者であるところ、被告は、昭和四二年六月二四日、原告を被請求人として、本件実用新案の登録を無効とすることについて審判を請求し、昭和四二年審判第五、〇九二号事件として審理されたが、昭和四八年八月二一日、「本件実用新案の登録は、無効とする。」旨の審決があり、その謄本は、同年一〇月二七日原告に送達された。
二 本件実用新案の考案の要旨
左右一対の脚杆に架設する踏杆の横断面を正梯形とし、その上下各辺が該脚杆の縦通縁線にそれぞれ平行して上辺は外側となり、かつ、脚立又は梯子としたいずれの場合にも両側辺の一方又は双方が地表に平行な仮想水平線と一致するようにしてなる脚立。(別紙第一の図面<省略>)
三 本件審決理由の要点
本件実用新案の考案(以下「本件考案」という。)の要旨は、前項掲記のとおりと認められるところ、本件考案のものと本件実用新案の登録出願前に特許庁資料館に受け入れられた米国特許第二、六四七、六七六号明細書(以下「引用例」という。)に記載のものとを対比するに、本件考案が横断面正梯形の踏杆を左右一対の脚杆に架設しているのに対し、引用例のものは、断面が正梯形をなす楔形の踏台90%を、区間Bのみに設けている点で構成上相違するが、この相違点のため、引用例において、区間Aを上方に、区間Bを下方にして梯子として使用した場合に、区間Aの踏板9が傾斜して足の踏み掛けを不安定にするという欠点はあるが、梯子は地面に接する側を決めて使用するのが通常であり、引用例においても使用する側に留意すれば上記のような欠点は解決することができ、もし、接地側を決めないで使用するならば、単に、区間Bの踏台90と同じものを、区間Bと対称にある区間Aの踏板9に代えて用いればよいのであるから、引用例における区間Aの踏板9を区間Bの踏台90と同じものに代えるようなことには格別考案力を認めることができない。したがつて、本件実用新案は、引用例のものより、当業者の極めて容易に考案をすることができるものであり、その登録は、実用新案法第三条第二項の規定に違反してされたものであるから、同法第三七条第一項の規定により無効にすべきものである。
四 本件審決を取り消すべき事由
本件審決は、本件考案の解決した技術的課題を看過した結果、本件考案の作用効果の認定を誤り、ひいて、本件考案をもつて引用例から極めて容易に考案をすることができるとの誤つた結論を導いたものであるから、違法として取り消されるべきである。すなわち、
引用例の構成が、本件審決の認定のとおり、梯子の区間Bがレール70、80及び踏台90から成り、その踏台90は、明細書の第2図と第6図に示されているように互いに鋭角をなす踏面91、92を有する断面が楔形であり、同第6図に明らかなように踏台90の断面の楔形は正梯形とみられるもので、その正梯形の狭い上辺側はこれを外側にしてレール70の辺縁に平行して一致し、広い下辺側はこれを内側にしてレール70の辺縁に平行して一致しており、同第2図のように区間Aと区間Bとを折り曲げて脚立として使用し、同第1図のように区間Aと区間Bを延ばして梯子として使用することができる構成(別紙第二の図面参照)のものであることは認めるが、引用例のものは、本件審決も認めるとおり、区間Aを上方に、区間Bを下方にして梯子として使用した場合に、区間Aの踏板9が傾斜して足の踏み掛けを不安定にするという欠点があるため、梯子として使用する場合には、地面に接する側を決めて使用しなければならない。このため、利用者が梯子として使用する場合には、いちいち地面に接する側を確認しなければならず、迅速な作業を害されるという欠点があつた。本件考案は、このような欠点を解消することを技術的課題として、考案されたものであり、本件考案によれば、横断面正梯形の踏杆を左右一対の脚杆に架設しているので、利用者は梯子として使用する場合、いちいち地面に接する側を確認する必要がなく、作業を迅速に行いうる効果があるところ、本件審決は、本件考案の叙上の技術的課題を看過し、「梯子は地面に接する側を決めて使用するのが通常である」旨の誤つた前提に立つて、本件考案の優れた作用効果の認定を誤つたものである。
第三 被告の答弁
被告は、適式の呼出を受けながら、本件準備手続期日及び口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面をも提出しない。
第四 証拠関係<略>
理由
原告主張の事実は、民事訴訟法第一四〇条第三項の規定により、被告において、これを自白したものと看做されるべきところ、本件考案がその考案の属する技術分野における通常の知識を有する者が引用例から極めて容易に考案をすることができたかどうかの判断は、法的価値判断を含み、その限りにおいて法律問題として自白の対象とはなりえないものと解すべきである。
よつて、以下、果たして、本件考案は、当業者が引用例から極めて容易に考案をすることができたものかどうかにつき審究するに、叙上自白に係る事実及び引用例の構成についての原告自認に係る事実並びに弁論の全趣旨に徴すれば、本件考案と引用例記載のものとの構成を対比した場合、本件考案の踏杆と引用例のものの区間Bに設けた踏台90の形状は、いずれも横断面正梯形をし、その設けられた位置構造において一致し、ただ、本件考案においては、右の形状の踏杆を左右一対の脚杆にそれぞれ架設しているのに対し、引用例のものにおいては、本件考案と同一形状の踏台は区間Bの脚杆のみに設けられ、区間Aの脚杆の踏板は区間Bに設けられた踏台と形状を異にすることが認められるが、引用例のものにおいて、区間Bを上方に、区間Aを下方すなわち接地側にして梯子として使用する場合には、区間Aの踏板9の上面及び区間Bの踏台90の上面92は共に地面に平行な仮想水平線と一致し、踏み掛けを不安定にすることなく、梯子として本件考案と全く同様の作用効果を奏するものであることは、叙上対比に係る両者の構成及び本件弁論の全趣旨に照らし、おのずから明白であるから、この範囲において、引用例には、本件考案と同一の技術思想が開示されているものと認めるを相当とする。叙上確定したところによると、引用例のものは、区間Aを上方に、区間Bを下方(接地側)にして梯子として使用する場合には、本件考案と異なり、原告主張のような欠点があるけれども、引用例のこのような欠点は、区間Aを下方に区間Bを上方にして用いさえすれば、容易に避けることのできるものであり、これをもつて格別欠点というに値しない(したがつて、本件考案が右の欠点を解決した点に優れた効果があるとすることは、当たらない。)し、また、引用例のものにおいて区間Bの踏台と同じものを区間Aの踏板に代えて用いさえすれば、この欠点を解消しうることは看易いところというべきであり、このようにすることについて、格別の困難性を認むべき証拠資料もない。したがつて、本件考案は、引用例から当業者が極めて容易に想到しうるものというべく、本件審決の認定、判断は正当である。
叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条並びに民事訴訟法第九五条及び第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。(三宅正雄 武居二郎 橋本攻)