東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)153号 判決
以上の争いのない事実によれば、本件審決は違法であるから取消を免れない。よつて原告の本訴請求は正当であるから認容する。
〔編註〕 本件における事実関係は左のとおりである。
一 原告は主文同旨の判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。
(一) 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四〇年五月二〇日特許庁に対し、名称を「粒度分布測定法」とする発明につき特許出願をしたが、同四四年二月五日拒絶査定を受けた。そこで原告は同年四月一日審判の請求をし、同年審判第二〇五七号事件として審理されたが、同四八年七月二四日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同年一〇月二七日原告に送達された。
(二) 本願発明の要旨
粒度分布を求めようとする粒子の懸濁液の中に円筒状固体を浸漬させ、その円筒状固体の見掛けの質量を測り、その見掛けの質量の減少と時間との関係を求めて粒度分布を知る粒度分布測定方法
(三) 審決理由の要点
本願発明の要旨は前項のとおりである。
これに対し、特公昭三〇―七二九〇号公報(以下「引用例」という。)には、粒度分析を行わせる試料を徐々に沈降させる媒質液内に置かれる浮子と、試料粒子の沈降状況に応じて変化する浮力を媒質液内のほぼ一定位置に浮子を保持する状態で検出する装置と、検出された浮力変化を記録する装置とを具えている粒度分析曲線記録装置について記載されている。
そこで本願の発明と引用例に記載されたものとを対比すると、懸濁液中に浸漬させたものが本願の発明では円筒状固体であるのに対し、引用例のものでは図面第1図中符号2で示されたような浮子である点で両者に一応の相違が認められ、その他の点は一致するものと認める。よつて前記相違点についてさらに審究するに、比重を測定すべき範囲が、前者では円筒体の長さに亘る水深領域であるのに対して後者では浮子の位置する一水深点である違いに帰し、これは請求人の主張するようにあるいはデーター解析法の相違に基づくものであろうが、平均値を求めるために、求める点の前後のある範囲内の値を考慮に入れることは通常行われているところであり、前者の円筒体としたことはこの相加平均を求める機構としたにほかならない。また表面張力、付着粒子の影響についても請求人はその相違を主張しているが、表面張力は浸漬物体(本願のものも円筒全体を懸濁液中に浸漬する場合について明細書中に記載している)には作用しないから、浮子の大小は関係なく、付着粒子の影響を受けないよう浮子の大きさ、形状等を適宜定めることは後者の明細書にその記載はないが、計測機器である以上少くともそのような配慮を講ずることは当然のことであるから、浮子の大小の点の相違は単なる設計変更に過ぎないものと認められ、全体として前者の方法は後者の装置として記載されているものから容易になし得る程度のものと認められる。
(四) 審決を取消すべき事由
審決には次のような判断の誤りがあり、違法であるから取消されなければならない。
1 審決は本願発明の技術内容を次のとおり誤認している。
審決は、本願発明では、比重を測定すべき範囲が、円筒状固体の長さに亘る水深領域であり、懸濁液中に浸漬させたものを円筒体としたことは、その長さの範囲中における比重の相加平均を求める機構としたものにほかならないと述べている。
しかしながら、本願発明は、粒子が既に懸濁している液の中に浸漬させた円筒体の見掛けの質量を測り、その見掛けの質量の減少と時間との関係から粒度分布を知る測定法であるから、その測定範囲は、液面から円筒体の下端面までの深さに亘る水深領域であり、これは円筒体の上端面が液面上にあるか液面下にあるかを問わない。しかも円筒体の上端面が液面下にある場合には、円筒体の上端面上に滞在する粒子があるから、審決でいうような円筒体の長さの範囲中の液の比重の相加平均は求められない。したがつて審決の前記判断には、本願発明の技術内容の誤認がある。
2 審決は、引用例と本願発明の本質的相違を看過して両者を対比した誤りがある。
引用例は、媒質液の液面下に浮子を浸漬し、媒質液面上に置いた試料粒子が浮子の最大のフクラミ部平面を含む水深平面を沈降通過する際に、浮子によつて示されるその水深平面の液の比重を測るものである。したがつて、測定素は、必要的に可能な限り小さいものであることが要求され、またその形状は一定の水深の平面を測定対象とするから、菱錐体またはこれに類する形状のものでなければならない。
これに対して本願発明の測定法は前記のとおりのものであるから、円筒体の形状は、上端面と下端面が同一面積でなければならず、その大きさも、一定の水深領域を測定するものである以上少くともそのような働きをする適宜の大きさのものでなければならない。
したがつて、菱錐体またはこれに類する形状の浮子の形状を変えて円筒体とするときは、円筒体の見掛けの質量を測る機能を有するようにはなるが、反対に一定の水深平面を測る機能はなくなるから、引用例の浮子を設計的にどのように変更しても本願発明の円筒体の浸漬される深さの範囲を測る機能を有するものとはならない。
以上により明らかなように、審決は、引用例と本願発明の本質的相違を看過して両者を対比している。
3 審決は、本願発明の引用例からは期待できない顕著な作用効果を看過誤認している。
審決は、表面張力は浸漬体に作用しないから、浮子の大小は関係ないと述べている。しかし引用例の測定素は、前記のとおり必要的に可能な限り小さいことを要求されるから、浮子を懸吊する糸条に作用する表面張力は比較的大きく浮力に影響する。これに対して、本願発明においては、円筒体は引用例のように小さいことを要せず、技術常識上当然に小さくないことを要するものであるから、吊糸に作用する表面張力は比較的小さく浮力に影響する。したがつて審決のこの判断は誤りである。
また審決は、付着粒子の影響を受けないよう浮子の大きさ、形状等を適宜定めることは、計測器である以上少くともそのような配慮を講ずることは当然のことであると述べている。しかしながら、引用例の測定素は前記のとおり、必要的に小形で、しかも菱錐体またはこれに類する形状のものでなければならず、上から沈降して来る粒子は浮子の肩部に付着しやすい。したがつて経時的にみれば、肩部の付着粒子の量が増加するからその影響で測定値に誤差を生ずる。これに対して本願発明においては、浸漬させている円筒体の上端面上に液がある場合にも、その円筒体の上端面を底面とする液面までの液柱内の粒子は経時的に沈降するが、それは液柱内でその位置を変えるだけであつて、液柱内の液の質量には何の変化もなく、しかもこの液柱と円筒体とは一体となつて測定素を形成するので、この液柱内の粒子は測定上付着粒子としての影響をしない。もつとも、円筒体の側面に粒子が全然付着しないわけではないが、この側面は垂直壁をなしているので粒子の付着する可能性は極めて少ない。したがつて、本願発明においては付着粒子の影響はこれを無視することができる。審決はこれらの点を見落している。
二 被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の請求原因事実をすべて認めると述べた。