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東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)91号 判決 1974年9月18日

原告

クラウン・ゼルラーバッチ・コーポレーション

右代表者

フランシース・エム・バーンズ

右訴訟代理人弁護士

湯浅恭三

外二名

同弁理士

野村利男

被告

特許庁長官

斎藤英雄

右指定代理人

戸引正雄

外一名

主文

特許庁が、昭和四十七年十一月三十日、同庁昭和四一年審判第七、六九九号事件についてした審決は、取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和三十九年十一月九日、名称を「薬物製品」とする発明につき、原告が、一九六三年十二月九日及び一九六四年二月十日、アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、特許出願をしたところ、昭和四十一年六月二十二日、拒絶査定を受けたので、同年十一月九日、これに対する審判を請求し、昭和四一年審判第七、六九九号事件として審理されたが、昭和四十七年十一月三十日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、昭和四十八年四月十一日、原告に送達(出訴期間として三か月附加)された。

二  本願発明の要旨

活性剤としてジアルキルスルホキシド特にジメチルスルホキシドを含むことを特徴とする獣医用組成物

三  本件審決理由の要点

本願発明の要旨は前項掲記のとおりと認められるところ、当審において昭和四十七年五月三十日付で通知した拒絶の理由の概要は、本願発明は、明細書記載の技術内容をもつてしては、家畜病治療用組成物の発明が完成したものとすることができないから、特許法第二十九条第一項柱書にいう発明に該当しない、というにあり、これに対し、請求人(原告)は、誤訳であるとの理由により、本願発明の家畜病治療用組成物を獣医用組成物と補正したうえ、実施例を補充するとともに、出願当初からの実施例である実施例22として鼠を対象動物とした例及び実施例53としてモルモットを対象動物とした例があるから、獣医用組成物の発明は存在する旨主張する。

しかし、実施例22に示された鼠の接着剤、実施例53に示されたモルモットの抗炎剤としてのジアルキルスルホキシドの使用は、ともに、医薬の基礎実験としての価値はともかく、獣医の技術分野における典型的な薬剤の使用とは到底いえないから、獣医用組成物の発明が出願当初の明細書に開示されていたとすることはできない。なお、提出された参考資料は、その作成年月日が不明であるから、出願時において本願組成物に獣医用用途が認識されていたとする根拠とはならない。また、補充された実施例は、それに相当する技術的説明が出願当初の明細書中に全く見出せないから、本願発明が出願時に完成していたか否かを判断する資料とはなしえない。したがつて、本願発明は、前記拒絶の理由によつて拒絶すべきものである。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、次の点において、違法であり、取り消されるべきものである。

(1)  本件審決は、本願につき、特許法が定める拒絶理由に当らない理由により拒絶をした。特許法は、第四十九条において、特許出願について拒絶をすべき場合を法定し、これら列挙の事由の一に該当しないかぎり、特許出願について拒絶をされることはないことを保障する。しかして、このような規定の性質上、その事由は、客観的、具体的なものでなければならないものであるところ、本件審決が本願出願を拒絶すべきものとする理由は、本願発明は、出願当初の明細書記載の技術内容をもつてしては、獣医用組成物の発明が完成したものとすることができないから、特許法第二十九条第一項柱書にいう発明に該当しない、というにあるが、右第二十九条第一項柱書は、「産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。」と規定するのみであり、発明の意味については何ら規定するところがない。したがつて、右にいう発明は、同法第二条第一項の定める「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」との意味に解さざるをえないが、本件審決は、本願発明が右発明の定義中のどの要件を欠くとするものか、その説示からは全く明らかでない。また、第四十九条第一号及び第二十九条第一項柱書の規定によれば、特許出願にかかる発明が産業上利用することができる発明に当たらない場合には、特許出願について拒絶すべきものであるが、本件審決は、本願発明が発明として完成したものではないから第二十九条第一項柱書にいう発明に該当しないというのであり、産業上利用することができる発明に当たらないというのではないから、本件審決は拒絶をすることのできない理由によつて拒絶をしたものといわざるをえない。更に、本件審決にいう「発明が完成する。」とは、極めて内容不明の曖昧な観念であるのみならず、特許法には、発明未完成なる観念及び発明未完成を特許出願について拒絶をすべき理由にできることについては、何ら規定するところがない。

(2)  仮に特許出願にかかる発明が完成していないとの理由で特許出願について拒絶をすることができるとしても、本願願書に添付した明細書の記載には、「鎮静剤及びその製造方法特に持久力のある服用の便利な鎮静剤が要求されている。……少くとも一部分は苦痛症状に特有な多くの異なる種類の症状に使用できる一般用鎮静剤が更らに望ましい。」(六頁九行目から七頁四行目)として、本願発明の技術的課題を掲げ、「痛みに関係のあるジメチルスルホキシドを含む組成物を接触する。」という技術的構成により、「各種の疾患源から生ずる苦痛を除去出来る。」という効果を発揮する(七頁五行目から八行目)ことが記載されており、被告主張の発明の構成の要件を悉く具備しているから、本願出願にかかる発明は完成しているというべきである。

被告は、前記(1)の点につき、特許法の目的ないし精神からすれば、同法第二条にいう発明でないものが、発明でないとの理由により拒絶できないとは到底考えられない旨主張するが、同法第四十九条が特許出願について拒絶をすべき場合を具体的、制限的に列挙しているのは、恣意的に国民に保障された権利の侵害を許さないためであるから、特許法の精神というような主観的、抽象的な観念を持ち出して拒絶理由を追加することは許されず、被告の主張は、法律の文理解釈からして容れられないことは明らかである。のみならず、実体からいつても、発明でないから特許しないなどということは、明らかに学問上の理論に関する論文について特許出願をしたというような常軌を逸した設例の場合以外には到底ありえないから、被告主張のような解釈により特許出願について拒絶をしなければならない必要はない。そもそも、前記第四十九条は、被告主張のような無理な解釈によることなく、合理的に拒絶をすることができるように定められた規定であり、被告のいう発明未完成の大部分の場合は、第四十九条第三号に掲げる第三十六条第四項、第五項の解釈適用により解決されるべきものである。

第三  被告の答弁

被告指定代理人は、請求原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

原告の主張事実中、特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。本件審決の認定、判断及び法律の解釈、適用はすべて正当であり、原告主張の違法の点はない。

(1)  原告主張の取消事由(1)の点について

(A)  特許法第二条第一項は、『この法律で、「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。』と定めているから、特許法においては、右定義に該当するものが発明であり、該当しないものは発明ではない。しかして、発明は、特定の技術的課題を解決するために特定の技術的構成を採用し、その結果として特定の効果を発揮するものであるから、技術的課題のみが存在し、その解決のための技術的構成が確立しておらず、また、その効果も確認されていないものは、発明として未完成のものであるといわなければならない。このように構成及びそれと効果との因果関係が確立していない発明は、まだ完成していないから創作とはいえず、また、それは自然法則に基づく因果関係を利用して一定の目的を達成するものではないから、技術的思想ともいえない。したがつて、未完成の発明は、創作、技術的思想のいずれの点からも、特許法第二条にいう発明ではない。

(B)  特許法第四十九条が特許出願について拒絶をなすべき場合を特定し、同条各号のいずれか一に該当する場合でなければ拒絶をすることはできないものであること、同条各号には、第二条の規定に違反する場合を掲げていないことは、まさに原告主張のとおりである。しかし、特許法の目的、精神からみて、第二条にいう発明でないものを、発明でないとの理由で拒絶をすることができず、特許しなければならないとは、到底解することはできない。第四十九条第一号に掲げる第二十九条は、その第二項柱書において、第二条にいう発明であること及び産業上利用することができるものであることの二点が特許を受けることができるための基本的要件であることを規定するものであり、同条は、第二条の発明に関する規定を取り込んだ規定と解して不都合はない。また、構成及びそれと効果との因果関係が確立していないもの、すなわち発明でないものは、産業上利用することができないことは明白である。

したがつて、右(A)、(B)の理由から、第二条の発明に該当しないものにかかる特許出願は、発明でない点及び産業上利用することができないものである点のいずれからみても、第二十九条第一項柱書に定める特許の要件を欠き、特許を受けることができないものである。本件審決は、本願出願について、技術的思想ないし創作であることを否定したものであり、明細書記載の技術内容についての事実認定及び自然法則に基づく因果関係を利用して一定の目的を達成する技術的思想の完成を認めるための具体的要件は、本件審決引用の拒絶理由通知書中の拒絶理由に示され、右拒絶理由に対する出願人の見解についての判断もまた説示されている。原告は、未完成とされる発明の大部分の場合は特許法第三十六条第四項、第五項の規定が適用さるべきである旨主張するが、原告も自認するとおり、学問上の理論に関する論文について特許出願をしたような常軌を逸した出願の場合にもこれにつき拒絶をする必要があるのである。もとより、例えば、着想だけで技術的構成が不明な場合もありうるが、このような場合には、第三十六条第四項、第五項の規定にも違反することとなる。しかし、このようなものが、第二条第一項にいう発明でないことも、前述したところ((A)、(B)参照)から明らかである。しかして、このように、第二十九条によつても、また、第三十六条第四項、第五項によつても、特許を受けることができない場合、いずれの規定により拒絶をするかは裁量事項に属することであり、例えば、前記着想のみのような場合には、第二十九条の規定を適用する方が、より適切である。着想のみと認定される事例は、明細書の記載に重大な不備があり、構成及び構成に基づく効果が不明な場合であるから、構成、効果に関する記載を補正により加入することは不可能である(仮に手続補正書を提出しても、その補正は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内のものでないことにより、明細書の要旨を変更するものとして却下を免れない。)。第三十六条第四項、第五項違反の拒絶理由通知は、一般に、明細書の軽微な不備を補正させるための訂正命令と同様なものとして受け取られているから、このような拒絶理由通知は、徒らに無駄な補正を出願人に求めることとなり、特許庁としても補正を却下しなければならず、二重の無駄を生ずるが、第二十九条の規定を適用すれば、その認定の当否を論ずれば足りる。更に、特許法における先願主義に関し、発明の存在が認識できない重大な記載不備の明細書においても、発明が存在するとすれば、着想のみの出願により先願権が確保できることとなり、完成した後願は排除されるという矛盾が生ずる(なお、本件審決においては、本願出願の拒絶理由として、第三十六条第四項、第五項違反をいうものではない。)。

(2)  原告主張の取消事由(2)の点について

原告の指摘する明細書中の記載は、形式的にはともかく、獣医薬の技術分野における技術常識からは、技術的構成及び効果が記載されているとすることはできないものである。

第四  証拠関係<略>

理由

(争いのない事実)

一本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が、原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二本件審決は、本願出願につき、法律の解釈、適用を誤つた結果、特許法の定める拒絶の理由に当たらない理由により拒絶をすべきものとした違法があるものというべく、取消を免れない。すなわち、当事者間に争いのない本件審決の理由(要点)によれば、本件審決が本願出願について拒絶をすべきものとする理由は、本願発明は、本願明細書記載の技術内容をもつてしては、獣医用組成物の発明が完成したものとすることができないから、特許法第二十九条第一項柱書にいう発明に該当しない、というにあるところ、同法第四十九条第一号の規定に徴すれば、特許出願にかかる発明が第二十九条の規定により特許することができないものであるときは、その特許出願について拒絶をしなければならないことは明らかであり、又、第二十九条第一項柱書は、「産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。」と定めているから、特許出願につき、出願にかかる発明が第二十九条第一項柱書の発明に当らないことを理由として、拒絶をすること自体は、必ずしも違法とはいえないであろうが(あえて附言すれば、第二十九条第一項柱書の規定は、「次に掲げる発明については、特許を受けることができない」旨を定め、第四十九条第一号は、これを受けて「……第二十九条……の規定により特許を受けることができないものであるとき」を拒絶の理由としているものであるとみるを相当とし、いわゆる柱書の規定により拒絶をするとか、発明のうちに産業上利用できる発明とそうでない発明があるとかいうことは、第二条の定義規定をもつ現行特許法のもとにおいては、法の真髄を理解しない浅薄な形式的観念論といわざるをえない、と考えられるが、ここでは暫く措く。)本件審決において、本願発明が第二十九条第一項柱書にいう発明に該当しないことの根拠とする本願発明が完成したものとすることはできないとの点については、右第二十九条はもとより、特許法の全規定中にも、特許出願にかかる発明の完成、未完成に関する事項を定めたものと解するに足りる規定はなく、また、発明の未完成をもつて特許出願の拒絶理由とすることができる旨を定めた規定も見出しえない。したがつて、本件審決は、特許法の定めていない拒絶理由により、換言すれば、特許法上の根拠なしに、本願出願につき拒絶をすべきものとしたものというべく、もとより違法たるを免れない。

被告は、特許法第二条は、『この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。』と定めており、第二十九条第一項柱書にいう発明は、右第二条に定める発明でなければならないと解せられるところ、発明は、特定の技術的課題を解決するために特定の技術的構成を採用し、その結果として特定の効果を発揮するものであるから、技術的課題だけが存在し、その解決のための技術的構成が確立しておらず、また、その効果も確認されていないものは、発明として未完成のものというべく、このように、構成及びそれと効果との因果関係が確立していないものは、まだ完成していないから創作とはいえず、また、自然法則に基づく因果関係を利用して一定の目的を達成するものでないから技術的思想ともいうことができず、したがつて、創作、技術的思想のいずれの点からも、第二条にいう発明ではない旨主張し、更に、発明未完成を理由とする拒絶の実務上の必要性についても主張する(前掲被告の答弁の項(1)の(A)、(B)参照)。

しかしながら、第二条の規定から被告主張のような発明完成の意義及び発明の完成、未完成を区別する基準等を直ちに見出すことはできない。いま、被告が右主張の根拠とした法律的見解の当否につき更に詳細に判示することは本件においては、さほど意味のあることでもなければ(講学上は別として)、必ずしも必要のあることではないので、特にこれについて判示することを省略するが、被告として、本件について、強く反省しなければならないことは、特許出願を国家に対する登録要求権として肯認する(いわゆる権利主義をとる)現行特許法のもとにおいては、発明の未完成などという明文の根拠を欠く、不明確な理由により(発明未完成を拒絶理由としうるとすることは、第四十九条及び同条第一号に掲げる第二十九条の各規定の趣旨について、如何なる見解をとるにせよ、疑いもなく、不可能である。)、特許出願について拒絶をしてはならないということである。

しかして、前掲本件審決理由の要点及び、成立に争いのない乙第一号証(拒絶理由通知書)によれば、本件審決が本願発明をもつて未完成とした理由は、本願明細書の記載からは、獣医用組成物の発明としての技術内容を認めるに不十分であるというにあることは明らかであり、このような場合には、あるいは、原告主張のように、特許法第三十六条第四項又は第五項の規定により処理するのが、法の趣旨とするところであると解するのが相当であるかもしれないが(本件の争点とは直接関係のないことであるので、この点についての判断は省く。)、これらの規定によつて処理することが適当であろうとなかろうと、発明未完成などという、法律的に全くその実体を把握し難い拒絶理由を案出することは許されるべきではない。したがつて、これとみるところを異にする被告の前示主張は、その基礎とした理論的見解の当否について判示するまでもなく、到底採用しうべき限りではない。

(むすび)

三叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八十九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(三宅正雄 中川哲男 橋本攻)

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