東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)97号 判決
原告の主張する審決取消事由の存否について検討する。
まず、取消事由3の主張について判断する。
原告は、審決が本願発明についてその構成をとることによつて著しく優れた効果を奏したものとは認められないとしたのは誤りである、と主張する。
当事者間に争いのない審決の理由(請求原因の三)によれば、審決が右判断の根拠としているのは、本願発明の明細書における実施例と引用例一における実施例4の各反応結果であることが明らかである。
そして、審決は、本願発明の明細書における右実施例1について、「三七時間に処理されたジニトロトルエンは、約一一二kgであり、触媒一kg当りに換算すると、約三四kgである」ことを前提としているのであるが、成立に争いのない甲第二号証によれば、右実施例中に「触媒量三・三kg」とあるのは「〇・三三kg」の誤記であつて、右の「約三四kg」という審決の数量は、計算上「約三四〇kg」となるべきものと認められる。何故ならば、甲第二号証の第二四頁の第六行~第八行には「No.28ラネー・ニツケル触媒の三・三kg(〇・七二ポンド)」と記載されているところ、〇・七二ポンドは〇・三三kgに相当するし、同第二六頁の「表」中、触媒負荷(a)の欄には、「〇・一〇二」と記載されているのであつて、これは触媒量を〇・三三kgとして算出した場合の数値と一致するし、また、同表の触媒寿命の欄には「三五〇」と記載されているのであつて、これも触媒量を〇・三三kgとして算出した場合の数値三四〇に近似するのであつて、右実施例1中の「三・三kg(〇・七二ポンド)」の記載が「〇・三三kg(〇・七二ポンド)」の誤記であることは、同号証の記載に徴して明白だからである。
そうすれば、審決は、本願発明の右実施例1における、触媒一kg当りの処理されたジニトロトルエンの量を約三四kgであるとし、これを引用例一の実施例4における四五kgと比較して、「その際、収率もほぼ同程度である。したがつて、本願発明は、前記の構成をとることによつて、著しく優れた効果を奏したものとは認められない。」としているのであるから、その判断が誤りであることは明らかである。
そして、この判断の誤りが審決の結論に影響を及ぼすべきことは審決の理由に徴して明らかであるから、原告のその余の主張について判断するまでもなく、審決は違法であつて取消を免れない。
被告は、この点について、たとえ「三・三kg」が「〇・三三kg」の誤記であつたとしても、本願発明が引用例一のものに比して著しく優れているということはできない旨主張しているけれども、これを採用しうべき十分な根拠はなく、右の判断を左右することはできない。
よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。
本願発明の要旨
ニツケル触媒の存在において液相で芳香族ポリニトロ化合物を接触水素添加して対応する芳香族ポリアミンを生成せしめる連続法であつて、上記芳香族ポリニトロ化合物と水素とを、ニツケル触媒の攪拌されたスラーリを含有する反応帯へ供給する連続法において、同時にそして連続的に
(a) 水素で飽和された反応帯を保存し、
(b) 一時間当り反応帯中の触媒のポンドにつきニトロ基の約〇・一五ポンド当量より多くない触媒負荷に当量な速度で上記芳香族ポリニトロ化合物を液相へ供給し、
(c) 反応帯中の上記芳香族ポリニトロ化合物の濃度を約〇・一重量%以下に保ち、
(d) 反応帯中の触媒の濃度を上記スラーリの約五重量%ないし約一〇重量%に保ち、
(e) かつ、反応帯中に触媒を保持しながらスラーリの液相を反応帯から引き出す
ことを特徴とする方法。
審決の理由の要点
本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
本願発明の特許出願についての優先権主張日前に日本国内において頒布された刊行物・特公昭三八―一七九七二号特許公報(以下「引用例一」という。)には、ニツケルを主体とする触媒の存在下に、芳香族ジニトロ化合物を液相水素還元して、相当するジアミノ化合物を製造するに際して、原料ジニトロ化合物の仕込みを五分以上中断しないようにする技術が記載されており、また、同じく日刊工業新聞社昭和三七年七月三〇日発行、山中龍雄著、「触媒化学」第一三八頁(以下「引用例二」という。)には、触媒を反応器から取り出さないで復活させる技術が記載されている。
そこで、本願発明を前記引用例一に記載の技術と対比して検討すると、ニツケルを主体とする流動触媒の存在下に、反応帯を水素で飽和しながら、芳香族ポリニトロ化合物を液相で連続的に接触水素添加して、対応するポリアミノ化合物を生成せしめる点で、両者はその軌を一にし、前者の方が後者よりも、(1)触媒負荷が低い点、(2)反応帯中での原料化合物の濃度が低い点及び(3)反応帯中での触媒の濃度が高い点が異なり、また、(4)前者が触媒を最初に全量加え、触媒を反応帯中に残して反応生成液のみを取り出すのに対して、後者が触媒を反応期間中少量ずつ加え、反応帯外で反応生成液と触媒とを分離する点が異なる。
ところで、前記(1)、(2)及び(3)の点について検討すると、引用例一には、原料化合物が反応系内に高濃度に蓄積しないように、少量ずつ連続的に加える(したがつて、触媒負荷が低い)場合には、好収率で反応し、なお、触媒は活性を失つていないのに対して、原料化合物を最初に全量加えた(したがつて、触媒負荷が高い)場合には、二〇時間経過しても、水素の吸収は理論量の一五%で、しかも、反応はほとんど停止した(すなわち、触媒が活性を失つた)旨の記載があり、さらに、一般に、触媒及び原料化合物の使用量及び割合を変更することは、当業者が収率等を考慮して適宜行なうのが普通であるので、引用例一の技術思想に基いて、触媒をさらに高濃度に使用し、原料化合物をさらに少量ずつ加える(したがつて、触媒負荷をさらに低くする)ことによつて、触媒活性をさらに長くすることは、当業者ならば格別創意を要しないで行なうことができるものと認められる。
しかも、一般に、触媒反応においては、なるべく低濃度の触媒を使用して、なるべく高濃度の原料化合物を処理できることが理想である点からみて、前記(1)、(2)及び(3)の条件は、それ自体決して好ましい条件とは考えられない。
次に、前記(4)の点について検討すると、一般に、触媒の添加及び分離の具体的手段のようなものは、当業者が実施に当つて適宜決定するのが普通であること及び触媒反応の形式として、流動床式よりも古くから行なわれていた固定床式触媒反応にあつては、触媒を始めに全量入れておき、それを反応器内に残して反応生成物のみを取り出すことは常識であつて(引用例二参照)、流動床式触媒反応は、むしろ触媒を追加したり、反応器外で再生したりするために、その後考えられた形式であることを考慮すれば、本願発明が(4)の条件を採用したことに、格別の創意は認められない。
請求人は、本願発明が前記の構成をとることによつて、触媒の寿命が延びると主張するので、この点について具体的に検討すると、例えば、本願発明の実施例1によれば、最初に三・三kg加えた触媒は、三七時間後には活性が衰えて反応は中止されており、触媒反応の一般常識から考えても、著しく寿命が長いとは認められない。
しかも、その三七時間に処理されたジニトロトルエンは、約一一二kgであり、触媒一kg当りに換算すると約三四kgであるのに対して、引用例一の実施例4においては、一〇〇kgのジニトロトルエンを処理するのに、使用した触媒は、二・二kgであると認められ、触媒一kg当り、本願発明の実施例1におけるより多い四五kgのジニトロトルエンを処理しており、その際、収率もほゞ同程度である。
したがつて、本願発明は、前記構成をとることによつて、著しく優れた効果を奏したものとは認められない。
以上要するに、本願発明は、引用例一及び二に記載の技術内容に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第二九条第二項の規定により、特許を受けることができない。