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東京高等裁判所 昭和48年(行コ)79号 判決 1974年12月20日

控訴人

右代表者

稲葉修

右指定代理人

布村重成

外一名

被控訴人

岡林○○

右訴訟代理人

荒井新二

岡林辰雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠の関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

控訴人は、当審において、

(一)  民法が時効中断事由としている「裁判上の請求」は、権利が訴訟においてなんらかの形で主張された場合をいうのか、あるいは更にそれが訴訟物になつたことを必要とするのかであるが、元来裁判上の請求によつて時効中断の効力が生ずるのは、訴訟物が確定判決によつて公権的に判断され、消滅時効の基礎が破壊されることによるものと解すべきであり、それは民法一四九条が、裁判上の請求は訴の却下または取下により訴訟物についての公権的判断に達しない場合には時効中断の効力を生じないとしていること、および民法一五七条二項の規定等からも容易に知りうるところである。そして、訴訟進行の遅速により判決確定による時効中断の効力発生時期が異なるごとき不公平を避けるため、民事訴訟法二三五条は、時効中断のため必要な裁判上の請求が効力を生ずるのは、訴提起のときまたは民事訴訟法二三二条により請求を拡張したときと一律に規定したのである(兼子「体系」一七八頁参照)。

しかも、裁判上の請求により時効中断の効力が生ずるのは訴訟物についてだけであるとする判例の立場(例えば、最高裁昭和三四年二月二〇日第二小法廷判決・民集一三巻二号二〇九頁)によれば、債権の一部請求の場合においては、当該訴訟中において請求を拡張しない限り中断の効力を生じないのである(その旨を判示する裁判例は枚挙にいとまがない。)。のみならず、本件のような明示的一部請求については、そもそも「裁判上の催告」なる中断事由を認める余地が全くない。

すなわち、控訴人が引用する「裁判上の催告」を認めた最高裁判所昭和三八年一〇月三〇日大法廷判決(民集一七巻九号一二五二頁)は、前訴において訴訟上留置権を行使した場合の事案に関するものであるが、留置権は、法定担保物権であり、被担保債権の存在を当然の前提とし、被担保債権と表裏一体の関係にあるのであるから、留置権の行使は被担保債権の存在を当然に明示しているということができる。そして、被担保債権の存否そのものは、当該訴訟における訴訟物ではないにせよ、訴訟の結果を左右する事項であるから、裁判上留置権を行使して相手方の請求を争つている以上、右留置権の被担保債権について、催告が継続的に行われていると解することができ、そこに「裁判上の催告」の効力を認めることができるのである。これに反して、債権の一部請求においては、債権はそもそも分割請求が可能であり、明示的一部請求は当該一部についての請求でしかなく、残部の債権の存在を当然の前提とするものではない。債権のその余の部分の存否は訴訟物となつていないのはもちろん、その存否によつて訴訟の結果が左右されることもありえない。当該訴訟において請求していない残部の債権が存在しようと存在しまいと、訴訟の勝敗には全く無関係である。この点が、裁判上留置権を行使した場合におけるその被担保債権と比べて、著しく異なる点である。むしろ、債権の全額を請求することが可能であるにかかわらず明示的に一部しか請求しないことは、少なくとも残部についての請求の意思が訴訟の場に表れているものとは解しえられないところであり、まして債権の一部について訴訟を維持していることの一事をもつて、残部についての請求の意思が当該訴訟の係属中継続的に表明されていると擬制することは到底不可能といわねばならない。要するに、債権の明示的一部請求にはその債権の残部について「裁判上の催告」としての効力を認める余地は全くない。

もし一部請求に「裁判上の催告」としての効力を認めるときは、前記最高裁判所昭和三四年判決によると「訴の提起による消滅時効中断の効力は、その一部の範囲においてのみ生じ、その後時効完成前残部につき請求を拡張すれば、残部についての時効は拡張の書面を裁判所に提出したとき中断すると解すべきである」というのであるから、一部請求の訴訟を提起し当該訴訟の係属中残部の請求をしないうちに一〇年の消滅時効期間が経過すれば、当該残部について消滅時効が完成することになるのに対し、原判決の如く「裁判上の催告」なる効力を認めうるとするならば、請求の拡張をしないで一〇年以上経過しても訴訟が終結してから六ケ月以内に残部につき訴を提起しさえすれば時効消滅しないことになる。この結論は右最高裁判決と明らかに矛盾し時効制度の根幹を破壊するものである。すなわち、右最高裁判決は、そもそも明示的一部請求訴訟には「裁判上の請求」としての効力はもとより、「裁判上の催告」としての効力も認めていないのであつて、一部請求に「裁判上の催告」としての効力を認めえないことは疑いの余地がない。

それゆえ、原判決はこの点につき法令解釈の誤りを犯し、かつ判例違反のそしりを免れないものである。

(二)  原判決は、一部請求は債権総額についての権利主張が当然なされているものであると判示するが、そもそも退職手当支給に関する法規の解釈につき司法判断がなされれば、それに基いて被控訴人の退職手当総額が計算上当然算出されることを前提とすれば、いつでも請求を増額拡張して全額の権利主張が可能であるにもかかわらず、被控訴人はあえてそれをしなかつたもので、この被控訴人の前訴における訴訟態度は、およそ一部請求訴訟という訴訟形態を是認する限り、実体法上も手続法上もそれなりの評価を受けざるをえないものである。かように一部請求訴訟を認める限り、本件前訴のような明示的一部請求は、文字どおり債権総額のうちの一部の請求でしかなく、債権総額についての請求では決してありえないものであること、前記(一)で詳述したとおりである。この点において原判決には事実誤認、理由不備の違法がある。

(三)  原判決は、本件においては残額消滅の挙証困難の事態が想定されないことを理由としているが、そもそも時効中断事由の存否の判断と挙証困難性とは次元を異にする問題であり、両者を比較衡量して時効の完成を認めたり、時効の中断を肯認したりすべきではないのであり、これまでの確定した判例による法的安定性を害する常識論ははなはだ危険と評するほかない。

(四)  原判決は試験訴訟の弊害除去の手段を種々提案しているが、訴権濫用による訴却下、不当抗争による損害賠償義務、前訴における争点効というような複雑な法律上あるいは事実上の新紛争を構成する規制策や訴訟費用の負担義務のごときは、およそ規制策として無力に近いものというべく、実体法に根拠づけられた消滅時効制度の活用こそが本筋の規制策なのである。すなわち、債権総額を熟知しながら、その選択によりあえてその一部のみを試験的に請求して訴訟を提起し、しかも訴訟中何時でも請求の拡張が可能であるのに、これすら漫然と怠り判決を迎えた者は、そのことによる不利益を負担することとなつても、むしろ常識に合致し、法的安定を保つゆえんなのであつて、本件の場合にも時効の完成が認められるのは至極当然といわねばならない(なお、この際民事訴訟法二三七条二項の法意も想起されるべきであろう。)

と述べ

被控訴人は、

本件事案こそは、明示的一部請求の場合でも、「裁判上の催告」を容易に認めうる事実関係をそなえた例である。明示的一部請求の理論は、あくまで、私法上の債権債務関係をその本拠として作りあげられたものであり、それを本件の如く、退職法規の解釈につき司法判断があれば、それに基づいて、退職手当総額が一義的に決められる公法上の債権にそのままあてはめることは問題であろう。公法上の債権の多くの場合、請求権者が請求しうる総額の一部につき権利行使をした場合でも、国は、その理由をただすなどしながら、特段の事情のない限り支給すべき全額を支払うのが通常である。一部免除あるいは期限猶予などをはじめとして、請求された範囲内でしか支払が行なわれないのを通常とする私法上の取引、あるいは私法上の債権とは異なつた公法上の債権の特殊性は明示的一部請求理論を考察するにあたり考慮の外に置くことは許されないものである。また、前訴では、退職手当の一部不支給という行政処分類似の行為の効力が争われ、その行為の非違が最高裁判決によつて最終的に確定されたため、その後になつて始めて国は右の不支給を事実上取消して追加支給したのであるから、本件の場合にも明示的一部請求理論を用いて、残部の請求を斥けることは到底許されるべきでない、

と述べた。

理由

一被控訴人が控訴人に対し退職手当残額金三二九万二、一二〇円の請求権を有するものと判断すべきことは、原判決理由一の判示のとおりであるから、これを引用する。

二控訴人は、右請求権につき消滅時効を主張するところ、被控訴人はその起算日を争うが、国家公務員であつた被控訴人の本件退職手当請求権は、会計法第三〇条により五年間の消滅時効に服するものと解されるところ、右請求権は被控訴人の退職の日である昭和三七年三月三一日において直ちに行使しうる請求権として発生し、同日から右時効は進行するものと解すべきであるから、この点に関する被控訴人の主張は採用できない。

三被控訴人の時効中断の主張について判断する。

(一)  被控訴人が昭和二三年一一月二七日会計検査院を退職(以下、第一次退職という)した当時施行されていた「国家公務員法の規定が適用されるまでの官吏の任免等に関する法律」(昭和二二年一〇月二一日法律一二一号)により従前の例とされている「退官退職手当支給要綱」(昭和二三年三月二九日閣議決定、昭和二一年七月一日から施行)に基づき定められた「退官退職手当支給準則」(昭和二二年三月二九日大蔵省給与局通牒四七五号、昭和二一年七月一日から施行、以下、支給準則という)一条一項、二条により退職手当として控訴人から金一五万九、六〇〇円(以下第一次退職手当という)の支給を受けたが、右第一次退職の日に衆議院常任委員会専門員に就職し、昭和三七年三月三一日退職(以下、第二次退職という)するまで、これに在職した者であるところ、右第二次退職にあたつて、衆議院は、被控訴人が昭和二八年八月一日から適用の「国家公務員等退職手当法」(以下、退職手当法という)附則一〇項、同法施行令附則一四項、一五項に該当する者であるとして、同施行令附則一六項により退職手当(以下、第二次退職手当という)を被控訴人に支給したこと、被控訴人が右第二次退職手当の支給額算定につき法令適用の誤りがあるとし、すなわち、被控訴人は第一次退職の日に再就職した者であるから前記支給準則一条二項本文の適用上第一次退職手当は支給されるべきではなく、また前記退職手当法附則一〇項にいう退職手当の支給とは適法なもののみを指すと解すべきであるとし、従つて、被控訴人の第二次退職時までの勤続期間は三九年一一月となり、第二次退職手当として支給されるべき額は六五七万六、〇〇〇円となるが、既に第二次退職手当として支給を受けた三一八万三、八八〇円を差引いた額三三九万二、一二〇円につき控訴人に支払いを求める権利があるところ、その内金一〇万円と遅延損害金の支払いを求める旨の訴を提起したことは、成立に争いのない乙一号証の一ならびに弁論の全趣旨によつて認められる。

しかして、右訴が前記消滅時効期間満了前の昭和三七年九月三〇日に提起されたこと、同訴訟においては、第一審東京地方裁判所が昭和四〇年六月三〇日被控訴人勝訴の判決を言渡したが、控訴人の控訴申立があり、第二審東京高等裁判所が昭和四三年四月二六日原判決取消、被控訴人の請求棄却の判決を言渡したこと、そこで被控訴人が上告したところ、最高裁判所は昭和四七年七月二〇日原判決破棄、控訴棄却の判決を言渡したので、前記第一審判決どおり被控訴人の勝訴が確定したことは、当事者間に争いがなく、本件訴訟が右の残部請求訴訟として、右前訴の裁判確定の後六ケ月以内に提起されたことは、本件記録上明らかである。

(二)  ところで、右前訴の第一審判決は、被控訴人の主張を容れ、第一次退職手当は支給準則の適用上支給されるべきではなく、その支給は違法のものであつたから第二次退職手当支給につき退職手当法附則一〇項は適用されないと判断したこと、第二審判決が第一審判決を取消すべきものとした理由の要旨は、中途退職手当の支給が違法無効である場合には退職手当法附則一〇項の適用はないものといわなければならないが、現行の退職手当法の下で欠格事由のないかぎり退職者が法律上当然に所定額の退職手当請求権を取得するのとは異なり、支給準則に基づく退職手当支給の場合にあつてはは、手当額について法定限度内における支給庁の裁量の余地が認められており、支給準則に基づく退職手当の支給は職員の退職に伴い職員と国との間に成立した退職手当支給の債権債務関係を決済する行為としての性質をもつものではなく、むしろ行政庁の一方的意思に基づいて職員に対し設権的に退職手当を与える一の行政処分にほかならないと解されるところ、第一次退職手当の支給は法規上賦与すべからざるものを賦与した違法があり、かつ右は重大な瑕疵といえるが、いまだ客観的に明白な瑕疵があるというに足りないとするものであること、すなわち、一般に行政処分の瑕疵が客観的に明白であるというのは、処分要件の存在を肯定する行政庁の認定判断の誤りであることが権限ある国家機関の判定をまつまでもなく、なんびとの判断によつてもほぼ同一の結論に到達しうる程度に明らかであることを指すものと解すべきであるが、被控訴人の第一次退職に際し退職手当を支給すべきかどうかは、右退職について支給準則一条一項または同条二項本文のいずれの適用があるかという支給準則の解釈如何にかかわることであり、右解釈問題がしかく簡単でないことに鑑みれば、支給準則一条一項により第一次退職手当を支給すべきものとした会計検査院の判断の誤りが前記程度に明らかであるとはいえないから、右手当支給の処分は無効といえないというにあること、これに対し最高裁判所の前示判決が被控訴人の上告を容れて、中途退職者に対し法令上支給すべきでないにもかかわらず誤つて退職手当が支給されたときは、行政処分としての支給決定があるかどうかにかかわりなく、退職手当法附則一〇項の適用はないものと解すべきであり、被控訴人の第二次退職にあたり支給されるべき退職手当額は退職手当法附則四項、国会職員法八条、官吏としての在職年を国会職員としての在職年とみなすことに関する規程三条、退職手当法五、六、七条によつて算定されるべきであるとして、被控訴人の請求を認容すべきものとしたことは、当裁判所に顕著なことである。

(三)  前示の事実からすれば、被控訴人の控訴人に対する前記前訴は請求権の一部につき給付判決を求める旨を明示して提起されたものといわなければならないが、右訴訟において被控訴人が現に請求する一〇万円を除いた残額につきその権利の存在を主張しないとする意思を表わしていたものと認めるべき証拠はなく、また、同訴訟においては前示のとおり退職手当支給に関する法規の解釈適用について争いがあり、司法的判断が確定するまでにも第一審から第三審にわたり前示のような変遷が見られた経緯に鑑みれば、被控訴人が右訴訟過程において請求の拡張等の手続をとらなかつたことをもつて、残額の請求権につき権利の上に眠つていたというべきではなく、また、右一部請求訴訟について、いわゆる試験訴訟の弊を招くおそれを考える必要のない事実関係にあつたということができる。

(四) 以上判示したところによつて考えれば、被控訴人は前記前訴において本件残額請求権についてもその権利存在の主張を維持し、債務の履行を欲する意思を表わし続けていたものと認めるべきであり、右の主張には「裁判上の請求」としての時効中断の効力はないとしても、いわゆる「裁判上の催告」の効力があり、その効力は右訴訟係属中維持されていたと解すべきである(このことは、一部請求の場合の既判力の範囲をどのように解するかにかかわりないものというべきである)。しかして、右訴訟終了後六ケ月以内に本件残部請求訴訟の提起があつたことは前示のとおりであるから、右によつて本件退職手当残額三二九万二、一二〇円の請求権の消滅時効は中断したものといわなければならない。

四よつて、右退職手当残額金の支払いを求める被控訴人の本件請求は認容すべきである。

次いで、遅延損害金の請求について判断するが国家公務員に対する退職手当支給の義務は、履行につき期限の定めがなく、かつ、支給のために必要相当とする事由の存する期間内は履行の請求があつてもなお遅滞の責を免れうるものと解するのを相当とするところ、被控訴人が第二次退職時において本件退職手当残額請求権につき履行の請求をしたことは、原審における被控訴人本人の供述および弁論の全趣旨に照らして認められるところであり、前示退職手当法規に関する疑義による支給遅延は必要相当なものとはいえず、他に支給の遅延を必要相当とする事由の主張立証がない本件としては、第二次退職の日の翌日から完済まで民法所定年五分の割合によつて遅延損害金の支払いを求める被控訴人の付帯請求もすべて正当として認容すべきである。

よつて、右と結論を同じくする原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(安倍正三 中島一郎 桜井敏雄)

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