大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(う)1214号 判決

被告人 猪俣又三

〔抄 録〕

そこで記録及び証拠物を調査して検討すると、<中略>

1、被告人が講親として、それぞれの無尽を計画し、各無尽の期間及び掛金払込の時期(いずれも一六か月、一六回掛けとした)、開始時期、講員が集合して講会を開く日、総口数、加入者の人数、毎回払うべき一口の掛金(いずれも一口一万円とした)、毎回の落札口数及び掛金総額(これを総寄金と称した)などを定めたほか、講運営に必要な規約を定め、毎回のいわゆる落札者の給付を受くべき金額は、右総寄金より経費(一口につきいずれも三千円とした)を差し引いた残額(これを目的額と称した)従って一口につき一五万七千円とし、落札者は更にこの中より未落札者に対し配当すべき金利にあたる金員を割返し金として差し引かれて給付を受けるものとしたこと

2、被告人は講親として会員を勧誘、募集して各加入者と契約を結んでいるが、各加入者相互間には相互に知らない者が多く、加入者は、前の講が終了したとき被告人の勧誘を受けて新しい講に入る例も多いが、被告人が新しい会員を勧誘して加入してくる者もあり、また中には加入者の紹介によって加入し、そのまま出席もせず、従来の加入者に依頼して掛金を支払い給付を受ける者も少なからずあって、各回の出席者も少なく、加入者相互間には横の関聯が稀薄であること

3、被告人は講親として、毎回、講の掛金の受入、落札者の決定(入札によるほか、被告人が希望者の申出を受けて指定する方法が行なわれた)、各経費及び割返し金の計算、落札者に対し現実に給付すべき金額の算出及びその給付、右経費中、入札したが落札できなかった者に対する競花代(毎回総寄金額に応じて六万円ないし千四百円位の範囲内で計上した)の支給、入札のなかった場合の競花代の分配、同出席者に足代として交付する出席足代(毎回一口百円として総口数分の金額を計上したが出席者は一〇人位から十数人しかいなかった)の分配などを行なったほか、割返し金を各加入者に対しその口数に応じて配当する事務はもちろん、欠席者に対する集金や配当の仕事も行ない、落札金に対する給付は被告人振出しの小切手で行なうこともしばしばあったこと、

4、被告人は講親として、各講における初回の目的額(一口一五万七千円)を他の講員より割安な一口一か月千円の割合による割返し金を提供することによりこれを独占的に利用していたこと、

5、被告人は毎回総寄金の中より差引かれる経費(一口につき三千円)の中に積立金として総額五、六千円を計上し、これに入札を行なわず当日分配もしなかった競花代のあるときこれを合わせてこれらを借用名義で被告人が保管し独占的にこれを利用し、落札者の中に倒産したりして掛戻しのできないものが出た場合その損害を第一次的にこの積立金の中から補填しなお不足する場合、講親たる被告人が全責任を負うものとし、積立金が最終の講会に残っていた場合毎回の保管金に月一分前後の利息にあたる金額をこれに加算して全加入者にその口数に応じて配当したが、被告人は右配当金のほか配当残の名目で被告人の適当とする金員を取得していたこと<中略>

以上の事実が認められ、これらの事実によれば、本件の無尽は、なるほど頼母子講の如き形態と名称を残しているけれども、その実質においては、被告人が講元として自己の事業として講員を募集し、自己の責任で掛金を受入れ運営しているものと認められ、各加入者は被告人との契約によって被告人と直接に結ばれているけれども、加入者相互間には直接契約関係が存在しているものと認めることができないから、右は相互銀行法第二条第一項第一号の相互銀行業務というべきであって、講員全体の集団的契約によって成立し、掛金や掛戻金請求権が講員全体に合有的に帰属し、講世話人、管理人などの講業務執行者が自己の名で掛金や掛戻金債権を取り立てる権限を有するとしても、その債権は、業務執行者に信託的に帰属しているとみられるべき所論指摘の頼母子講とその実質において異なるものであることは云うまでもないところである。

(吉川 瀬下 竹田)

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