東京高等裁判所 昭和49年(う)2749号 判決
被告人 秋谷照秋
〔抄 録〕
所論は、要するに、原判決は、原判示第四の安全運転義務違反の罪と同第五の無免許運転の罪とを併合罪の関係にあるものとして処断しているけれども、元来無免許で自動車の運転を始めた者は、その時点で安全運転義務違反の罪の実行に着手しているものであり、右両罪は同一の運転の機会に行なわれたものであるから、刑法第五四条第一項前段の観念的競合の関係にあると解するのが相当であり、原判決には法令の適用の誤があるというのである。しかしながら、刑法第五四条第一項前段の規定にいう一個の行為とは、法的見解をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価をうける場合をいうと解すべきことは最高裁判所の判例(昭和四七年(あ)第一八九六号昭和四九年五月二九日最高裁判所大法廷判決)の示すところであり、本件のような無免許で自動車を運転中過失により安全運転の義務に違反する場合について考えると、自動車を運転する行為はその形態が、通常、時間的継続と場所的移動と伴うものであるのに対し、その過程において過失により安全運転の義務に違反する行為をなすのは、運転継続中における瞬間的な一事象にすぎないから、右両者は、前記の自然的観察のもとで社会的見解上別個のものと評価すべきであって、これを一個のものとみることができないことは明らかである。所論は、無免許を始めた者は、その時点ですでに安全運転義務違反の罪の実行に着手したものと解せられる旨いうけれども、右は、安全運転義務違反の罪に関する道路交通法第七〇条の規定からみても、また、起訴状記載の公訴事実からいっても、その合理的な根拠を見出し難い見解であって、到底これを採用することができない。
したがって、本件における無免許運転の罪とその運転中に行なわれた過失による安全運転義務違反の罪とは原判決のいうとおり併合罪の関係にあるものと解するのが相当であるから、原判決には所論のような法令の適用の誤は認められない。論旨は理由がない。
(吉田 瀬下 竹田)