東京高等裁判所 昭和49年(う)2873号 判決
被告人 谷米辰夫 外一名
〔抄 録〕
まず所論指摘の診断書が作成されるまでの経緯からふり返ってみよう。渡辺武久が、昭和四七年一〇月中ころ自宅で意識を失って入院した以後、同年一二月二八日と翌年六月一二日の二回勤務中に(一回は客を乗せて運転中に)失神の発作を起しその都度救急車で病院にかつぎこまれたこと、これらの報告を受けた被告人がてんかんの発作ではないかと考え、同月一九日渡辺に蒲原病院脳神経外科で精密検査を受けさせたこと、その間渡辺は乗務を続けながら病院からもらった発作予防の薬などを毎日服用して治療を続けていたこと、被告人は渡辺や医者から発作の原因は脳の血管が狭くなって貧血を起こすためで、血圧が高いことも原因しているなどの説明を受けたこと、ところが同年一一月一八日渡辺がタクシー運転中にまたしても失神状態におちいったため、被告人もことの重大性を考え、渡辺に乗務をやめるよう命じたこと、しかし同人がこれに従おうとしないので、運転を続けてもよい旨の医師の証明書をもらってくるように命じたこと、この段階では被告人は医師がそのような証明書を出すはずはないと考え、証明書が出ないことを理由に同人を解雇する腹であったことなどは、被告人もほぼ認めており、証拠上も間違いないものと認められる。以上の経緯に徴すると、遅くとも渡辺が最後に発作を起こした段階では、誰でも少しく冷静に考えれば、渡辺が運転中いつ発作を起こすか判らぬきわめて危険な状態にあることに容易に気づくことができたと思われる。だからこそ被告人も、医師が証明書を出すことはありえないと考えたものと認められる。被告人がすくなくともうすうす右の状態に気づいていたことは明らかである。
それにも拘らず被告人は原審公判に至って、渡辺がもってきた診断書に日中の勤務なら良い旨記載されていたので、すっかり安心した、発作の心配もなくなったと思ったなどと弁明し、所論もこれを論拠にしている。たしかにこの診断書には、日中の勤務は差支えない旨の記載がある。しかしこれは、医師が渡辺から乗務に支障がないと記載してほしい、それでないと解雇されてしまうなどと頼みこまれた結果書いたものである。被告人は、こんな事情は知らなかったであろうが、診断書には、一過性脳乏血発作症で加療中と記載されており、過労にならないようにすれば日中の勤務は差支えない旨記載されているものの、渡辺が具体的にどのような種類・程度の勤務にたえ得るかは、明確にされていない。また今後発作のおそれがないとは書かれていない。これらの事情に徴すれば、診断書の記載は、専門医の手になるものとはいえ、それまでの被告人らの強い不安・心配を払拭するに足りるほど明確な内容のものであったとは考えられない。これに、被告人がタクシー会社の経営者として、自社の運転手が乗務中に三度も失神状態におちいったことを報告されており、事故発生の危険性に十分気づいていたと思われる事情を考え合わせると、被告人が診断書の内容に全然疑問をいだかなかったというのは不自然で、これにつき直接医師に確かめることもしないでかねての不安から解放されたと認めることは困難である。被告人の捜査官に対する各供述調書中に、診断書の内容にも疑問があった、大事故を起こさなければと心配していた、本件事故をきき発作を起こしたと直感したなどとある部分は、以上の状況や供述全体の内容から見ても十分信用できると考えられる。これに反し、被告人の公判での弁明が信用できないことは明らかである。
以上要するに、被告人は渡辺に失神発作のおそれがあると承知しながら、同人をそのまま運転業務に就かせ、これを容認していたと認めるほかはない。
(横川 斉藤 中西)