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東京高等裁判所 昭和49年(う)774号 判決 1974年9月13日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人細野良久作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

所論は事実誤認を主張し、(一)刑法一七五条のわいせつ図画であるか否かは、これに物理的工作を加えた後の状況で判断すべきものではなく、その図画自体を客観的に判断して決すべきものであるから、本件の図画はわいせつ図画ではない。(二)本件の図画は、横浜税関においてわいせつ図画ではないと認めて正規に輸入を許可したものであるから、被告人は、これを販売しあるいは所持するについて、違法なわいせつ図画であるとの認識がなかった、というのである。

そこで記録を調査し当審における事実取調の結果を加え、まず所論中(一)の本件図画はわいせつの図画ではないとの点について検討するに、図画がそれ自体によってはただちにわいせつ性を判断することができず、なんらかの操作を加えてはじめてわいせつ性が明らかになるものであっても、すでにわいせつ性が潜在していて、これを入手した者が誰でも簡単な操作を加えることにより容易にわいせつ性を顕在化できるものであれば、刑法一七五条の立法趣旨目的にも照らし、これを同法条にいわゆるわいせつ図画というを妨げないと解すべきところ、≪証拠省略≫によると、被告人が販売所持した本件の「エロチスクツバング」と題する写真誌は、男女の性器、性交場面などを露骨に撮影した多数の写真を掲載し、これらの各写真中明らかにわいせつと目される部分を黒色油性マジックインキで塗りつぶしているが、右のマジックインキを塗布した部分は、シンナーなどの薬品を含ませた綿を用いて軽くたたくといった方法で表面に塗布されたマジックインキを除去し、かなり鮮明な程度にまで容易に復元できるものであることが認められるから、本件の写真誌がわいせつ図画であることは明らかである。

また、所論中(二)の被告人にわいせつ図画であるとの認識がなかったとの点については、≪証拠省略≫によると、本件の写真誌に掲載された各写真中前記のとおり黒く塗りつぶされた部分は、その周囲など塗りつぶされた部分に写っている男女の位置や肢体などの状況から、その下に男女の性器や性交場面を撮影した部分がかくされているであろうことを外形上容易にうかがい知ることができるものであるところ、被告人はこれを販売するに際し、相手方に、黒く塗ってある部分はシンナーなどで軽くたたくようにすれば消える旨告げているのであり、この事実によれば、被告人は本件の写真誌がこのような簡易な方法でわいせつ性を顕在化しうるものであることを知りながら販売所持したと認めるに充分であるから、わいせつ図画であるとの認識があったことも明らかである。所論は、本件の写真誌は横浜税関において正規に輸入許可がなされたものであるから、被告人が販売所持を法上許されたものと誤信したことについて相当な理由があり故意を阻却する、というもののようであるが、≪証拠省略≫によると、被告人は本件の写真誌が税関を通った正規のものかどうか知らなかったというのであるから、そのような誤信を生ずべき理由はなく、よしんば税関を通ったものと思っていたとしても、本件写真誌の形状からして、黒く塗られた部分には明らかにわいせつと目される部分がかくされており、これをマジックインキで塗りつぶしてあればこそ、税関においてこれによりわいせつ性が消去されたとの判断の下に輸入を許可したものであることをたやすく知りうるものであるのみならず、前示のとおり、被告人はシンナーなどでマジックインキを除去し容易に復元しうる旨を告げて販売している事実からすれば、むしろこのことを充分承知していたと認むべきであるから、法上許されたものと誤信すべき相当な理由があったものとはとうていいえない。

原判決には所論がいうような事実の誤認ないし法令適用の誤りは存せず、その他記録を精査するもなんらの過誤を発見することができない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 矢部孝 判事 藤原高志 佐々木條吉)

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