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東京高等裁判所 昭和49年(ツ)73号 判決 1974年10月16日

上告人 東京製糖株式会社

右代表者代表取締役 大和田熊蔵

右訴訟代理人弁護士 中田直介

被上告人 高橋浪三

主文

原判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

一、本件上告理由は別紙記載のとおりである。

二、上告理由第一点について

原判決は、本件建物部分が被上告人の所有に属するとの同人の主張を排斥したうえで、上告人から被上告人に対し、本件建物部分賃貸借契約の解約申入れがなされたことを認定し、その解約申入についての正当事由の有無の判断において、被上告人の事情として、同人が現に七六歳の老令にありながら日雇人夫賃の収入のほかに確たる収入の途もなく、子女からの生活援助にも期待がかけられず、月額一、〇〇〇円の家賃で借りている六畳間、半畳の押入、便所および玄関のある本件建物部分を明け渡すことになれば、もはや、右の収入および生活の状態でまかなえる住居を他に求められず、日夜生存する生活の根拠を失うことを挙げて、上告人の本件建物明渡要求の必要性と比較勘案して前記正当事由がないと判示し、さらに、被上告人が本件建物部分と同程度の借家を他に求めるとすれば多額の権利金、敷金を一時に支払わねばならないうえに上告人の前記収入の程度に比較して高額の家賃を払い続けて行かなければならないことを理由として、前記正当事由の欠缺は一時的金銭給付をもって補充することはできないと判示している。

右判示は要約すれば、被上告人の低収入とその家族の状況からすれば、本件建物部分のような低額家賃で判示の環境、設備、面積のある借家を他に入手でき難いというにつきるのであって、それ以外に、上告人が本件建物部分に居住し続けなければならない職業上、家族生活上、その他の精神的物質的理由は示されていない。そうとすれば、被上告人が本件建物部分を明渡すことを困難とさせている事情は、その金額によっては一時的金銭給付で解消されうるものというべきであり、前記正当事由の欠缺は金銭給付で補充されることもありうるのであって、その金額が、原判決の示す上告人の事情である本件建物部分を含む隣接空家建物およびそれらの敷地の効率的利用に却って反する程に多大となるおそれがあるときに始めて、右正当事由の補充性が否定されるべき理である。

原判決が、まず、本件建物部分の家賃月額一、〇〇〇円が果して今後も相当なものとして維持されうるのか、同建物部分が今後どの位の年月引き続いて正常な借家として耐用されうるか、そして、多少の環境、古さ、設備等の変化を伴うにしても、右建物部分とほぼ同程度の借家の正常な賃料額(なお、本件建物部分の家賃が被上告人と上告人前主生方との特別の事情で減額されているのか否か、原判決では必ずしも明瞭ではない)、権利金、敷金はどの位であり、以上を綜合して、被上告人が本件建物部分を明け渡してそれと同程度の借家を入手してこれを相当期間住居とする場合の必要金額の審理に入ることもなく、金銭給付をもっては前記正当事由を補充することができないとしたのは、結局、理由不備、審理不尽というのほかはなく、論旨は理由があり、右の違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

三、そこで、他の論点を判断するまでもなく、民事訴訟法第四〇七条第一項により、原判決を取り消し、右に示した諸点の審理をさせるための本件を原審に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 畔上英治 裁判官 上野正秋 岡垣学)

<以下省略>

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