東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1238号 判決 1975年2月18日
控訴人
嶋林そよ
右訴訟代理人
山登健二
ほか一名
被控訴人
鈴木清
右訴訟代理人
佐藤実
主文
一、原判決を取り消す。
二、控訴人外四名を原告とし、被控訴人を被告とする横浜西簡易裁判所昭和三五年(ノ)第五三号請求異議調停事件について、昭和三五年八月二五日同裁判所において成立した調停の調停条項(原判決添付調停条項参照)の中、
第二項に「更新しないこと」とある部分及び
第四項に、「なお、買取請求権を放棄すること」とある部分はいずれも無効であることを確認する。
三、控訴人のその余の請求を棄却する。
四、訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人の負担その余を被控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
原判決事実摘示請求原因1の事実及び4の事実のうち本件借地権は控訴人外四名の共有であつたが他の共有者がいずれも持分を控訴人のため放棄した結果、控訴人が本件土地の単独借地権を有するに至つたことにつき当事者間に争いがない。
控訴人は本件調停条項の一部が借地法一一条に該当し無効である旨主張し、被控訴人はこれを争うので、まず、裁判所が関与する和解又は調停手続において成立した和解又は調停の条項に借地法一一条に該当する部分があつた場合これを無効とすべきか否かにつき考えるに、およそ裁判所の和解や調停に基づく合意といえども私法上の和解契約としての一面を失うものではないから、強行法規、あるいは広く公序良俗に反するが故に私法上の行為として無効と解すべき場合においては、同じくこれを無効と解するのが相当である。
次に、本件調停によつて設定された借地権は借地法九条にいう一時使用のためであること明らかであるか否かにつき検討する。
本件調停の調停条項の内容が、原判決添付の調停条項のとおりであることは当事者間に争いがなく、その第一項によれば、本件土地の賃貸借関係は被控訴人と嶋林茂三郎との間において昭和二四年五月頃普通建物所有を目的として成立しその後茂三郎の死亡により、その相続人らがこれを承継したところ、相続人の一人である茂三郎の妻が死亡した結果控訴人外四名が共同借地人となつたことを当事者間において確認する旨がうたわれ第二項においては賃借期間を昭和三五年八月二五日から満二〇年とする旨の合意がなされ、更に賃料額、支払方法につき詳細な取り極めがあり、第三項においては賃料を将来合意で改訂することができる旨定められている。
以上によれば、本件調停においては普通建物所有を目的とする土地の賃貸借契約の存在が当事者間において確認され、ただその存続期間につき調停成立の時から二〇年ということが合意されただけであつて、右調停において新たに一時使用を目的とする賃貸借契約が成立したことを認める余地はない。調停条項第二項には「期間は更新しない」旨の文言があるが、前記のとおり存続期間として二〇年という長期間の合意があり、賃料額その支払方法等につき詳細な取り極めがなされ、また、将来合意でこれを変更しうることまで定められていることに照らすと前記文言は単に借地人に不利な条件を付したに止まるものであつて右文言のみをもつて本件賃貸借契約を一時使用の賃貸借と解したり、期限付合意解約の特約ある賃貸借契約と解することはできず、本件で取り調べた全証拠によつても、そのような解釈を導くに足る事実関係を認定することはできない。
そこで、本件調停条項中控訴人の主張する無効部分の効力につき考察する。
本件調停条項第二項につき控訴人の無効と主張する部分中「更新しないこと。」とある部分は借地法四条ないし六条の規定を排除する趣旨と解し得られるから借地人に不利なものであつて無効であり、その余の部分は借地権の存続期間を二〇年と定めた部分の反覆に過ぎないから無効ではない。
本件調停条項第四項に関する控訴人の主張中「なお買取請求権を放棄すること。」とある部分は、借地法四条二項の規定に反する契約条件で借地人に不利なものであるから無効であり、その余は借地人としての当然の義務を定めたものであるから有効であると解すべきである。
調停条項第五項につき控訴人が無効と主張する部分は全部有効である。なぜなら借地権の無断譲渡又は借地の無断転貸を禁止し、若しくは借地上の建物に無断で増築し又は借地上に無断で新築することを禁止する特約は借地法九条ノ二その他の法律の禁止するところではないし、かかる特約のある場合これに違反する者が通知催告を受けずに借地契約を解除される特約があつたからとて、借地法一一条にいう、借地人に不利な条件とは云えないからである。また、かようにして解除権を行使された者が即時地上の建物を収去して借地を賃貸人に明け渡すべきは当然である(この場合は借地人には地上建物の買取請求権はない。)。《後略》
(吉岡進 兼子徹夫 榎本恭博)