大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)131号 判決 1977年2月28日

控訴人(反訴被告)

吉永昇

右訴訟代理人

廣野通

被控訴人(反訴原告)

吉永佳子

右訴訟代理人

新家猛

瀬尾信雄

主文

原判決を取り消す。

控訴人(反訴被告)と被控訴人(反訴原告)とを離婚する。

控訴人(反訴被告)は被控訴人(反訴原告)に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五一年六月一五日から完済まで年五分の金員を支払え。

被控訴人(反訴原告)の当審におけるその余の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ、本訴、反訴とも控訴人(反訴被告)の負担とする。

この判決の第三項は、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。控訴人と被控訴人とを離婚する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、反訴につき「反訴原告の反訴請求中、離婚請求部分を認容し、金員の支払を求める請求部分を棄却する。反訴費用は反訴原告の負担とする。」との判決を求めた。

被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、当審において新たな反訴請求として「反訴原告と反訴被告とを離婚する。反訴被告は反訴原告に対し一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五一年六月一五日から完済まで年五分の金員を支払え。反訴費用は反訴被告の負担とする。」との判決及び金員支払部分につき仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次のとおり付加する外は、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(控訴人の主張)

(一)  控訴人と被控訴人の婚姻関係は、昭和四三年七月以降決定的に破綻し、既に八年三か月の長期にわたつて別居しているところ、このような婚姻関係は、もはや深刻かつ治癒し難い程に破壊しており、婚姻の本質に適合した共同生活を再建することは、到底期待できない状況にあるが、右は民法第七七〇条第一項第五号にいう婚姻を継続し難い重大な事由がある場合に該当する。

(二)  しかも控訴人は本訴において離婚を求め、被控訴人は反訴において離婚を求めているのであるから、かかる場合には、そのいずれに婚姻綻破の責任があるかを問わず、離婚請求を認容すべきである。

(三)  反訴請求原因事実中、控訴人がペチカ・ベラリオと肉体関係があつたこと及び悪意の遺棄の点は否認し、ピリカ・ビオベレと昭和四八年八月ころから同棲し、同五〇年一月二五日同女との間に一子をもうけたことは認める。しかしながら控訴人及び被控訴人の婚姻関係は、昭和四三年七月ころには既に破綻していたのであつて、控訴人とピリカ・ビオベレとの関係は、控訴人及び被控訴人の婚姻関係が破綻した後のことであり、従つてそれは右当事者間の婚姻破綻と因果関係にないから、これを離婚の原因とすることはできず、従つて慰藉料請求の原因とすることも妥当でない。また被控訴人は控訴人と結婚する前から交響楽団には入つて自活し、結婚した後も自らの希望によつて右楽団のメンバーとなつた外、大学の音楽教師の職にあつて、自活する能力があつたから、控訴人の生活扶助を必要としなかつた。

(被控訴人の反訴請求原因)

(一)  控訴人及び被控訴人は昭和四〇年一一月フインランドに赴き、控訴人は同四一年一月ヘルシンキ市立音楽院教授となつたが、同人は同年九月ころから右音楽院にピアノの勉強に通つていたペチカ・ベラリオという女性と交際を始め、間もなく同女と恋愛関係に陥つて肉体関係を持つにいたつた。控訴人及び被控訴人は昭和四二年一月一旦帰国し、徳島市において控訴人の○○女子短期大学教授就任演奏会を開いたところ、控訴人はその夜被控訴人に対し、自分はペチカ・ベラリオを愛していて別れられないところまで来てしまつたので、離婚に応じて欲しい旨懇請された。フインランド在住のペチカ・ベラリオからはその後日本在住の控訴人あてにラブレターが頻繁に届くようになり、たまりかねた被控訴人が同年二月控訴人にペチカ・ベラリオと別れて欲しいと頼んだことに端を発していさかいとなつたこともあつたところ、控訴人は同月フインランドに赴くに際し、被控訴人の同行をかたく拒み、以後常に単身フインランドに赴くようになつた。

(二)  さらに控訴人はフインランド人のピリカ・ビオバレを連れて帰国し、日本での演奏旅行に同女を同行したが、現在は同女と同棲し、昭和五〇年一月二五日その間に一子をもうけている。以上のとおり控訴人は配偶者である被控訴人以外の者と肉体関係を結び、貞操義務違反をおかしている。

(三)  控訴人は昭和四二年二月フインランドに赴いた際、被控訴人に一文の生活費をも交付せず、また被控訴人の住む場所もはつきりさせないまま出かけてしまつたため、被控訴人は親類から借金したり、自らアルバイトをしたりして生活を維持し、トランク一つさげて、控訴人の父が借りていた渋谷のレツスン室と徳島の実家との間を往つたり来たりする浮草生活を続けざるをえなかつた。被控訴人のこのような生活は、控訴人が昭和四二年九月から一二月まで及び同四三年三月から七月までの再度の渡欧のときにも繰り返されたものであつて、控訴人は婚姻生活を続けるために最も必要とする夫婦の協力扶助義務を履行しなかつた。

(四)  そして控訴人は昭和四三年七月フランスから帰国した際、被控訴人に対して、控訴人の父を介して一方的に別居を申し渡し、その日から同居を拒否し、生活費も交付しないで現在にいたつているが、これは配偶者である被控訴人に対し、同居、協力扶助の義務を履行せず、悪意をもつて遺棄したものである。

(五)  控訴人の以上の行為は、民法第七七〇条第一項第一号及び第二号に該当するので、被控訴人は控訴人に対し反訴を提起し、離婚を請求する。また被控訴人は控訴人の右行為により、甚大な精神的損害を被つたから、その損害額一〇〇〇万円を慰藉料として請求する。

(証拠関係)<略>

理由

一<証拠>によると、控訴人と被控訴人は昭和三八年一〇月二三日結婚式を挙げ、翌三九年六月五日婚姻届をした夫婦であることが認められるところ、右当事者双方の経歴及び婚姻生活の実情は、次のとおり付加訂正する外は、原判決の理由と同一であるからこれを引用する。

<以下、略>

二右事実によれば、控訴人は昭和四二年二月末から同年六月まで及び同年一〇月から同年一二月まで渡欧したが、いずれのときも留守中の被控訴人のため生活費の準備をせず、送金もしなかつたので、被控訴人は生活費捻出のため交響楽団で働いたり、被控訴人の父からの援助で生活を維持したこと、また控訴人は昭和四三年四月フランスに向け出発し、同年六月ころ帰国したが、右帰国の日控訴人の父を介し、被控訴人に対して離婚を申し渡して、被控訴人との同居を拒否し、その代りとして、被控訴人のため杉並区○○町二一番地に家を借り、約二年間被控訴人を同所に住居させ、当初その家賃は控訴人の父が支払つていたけれども、途中から被控訴人がこれを支払うようになつたこと、被控訴人は昭和四五年から四国女子短期大学及び徳島大学の音楽教師として勤務し、その生活を維持していること、控訴人は同四八年八月ころフインランドの女性と同棲し、その間に一子をもうけ現在にいたつていることが認められる。

三控訴人は、控訴人及び被控訴人の婚姻関係は昭和四三年七月ころから既に破綻していたのであつて、控訴人とピリカ・ビオベレとの関係は、控訴人及び被控訴人の婚姻関係が破綻した後のことであり、従つてそれは右当事者間の婚姻破綻と因果関係がない旨主張する。

控訴人のいう昭和四三年七月ころといえば、ちようど控訴人がフランスから帰国し、別居するようになつたころであるが、しかし右別居は控訴人がその父を介して一方的に申し渡したためのものであつて、正当な理由に基づくものではなく、しかもその当時までは、当事者双方が従来の態度を反省し、相互に努力するならば、将来再び円満な婚姻関係を回復することが十分可能であつたことは、原判決がるる判示するとおりであるから、控訴人及び被控訴人の婚姻関係は、昭和四三年七月当時既に破綻していたとまでは認め難い。

また被控訴人が音楽教師として働く能力を有することは、控訴人のいうとおりではあるが、しかし控訴人の渡欧中はもとより、その後においても、当事者間において被控訴人がその能力を活用して自活することの話合ができていたことの証拠はなく、被控訴人が暫く交響楽団で働いたのも、控訴人がその渡欧中、被控訴人のための生活費の準備がなく、送金もなかつたため、やむをえずアルバイトとしてしたことであるから、このことのゆえに被控訴人に生活扶助の必要がなかつたものということはできない。

四そうすると、控訴人には不貞行為があり、また何ら正当な事由なく、被控訴人を同居せしめず、生活扶助の義務を履行しなかつたのであるから、控訴人は悪意をもつて被控訴人を遺棄したものというべきである。従つて右事由に基づく被控訴人の控訴人に対する離婚の反訴請求は理由がある。

五一方控訴人の離婚について考えるに、婚姻破綻の主たる責任が控訴人にあること右に述べたとおりである以上、本来控訴人の右離婚請求は棄却されるべきであるが、しかし右認定の諸事情を総合判断すると、控訴人及び被控訴人の婚姻関係は事実上既に破綻して、再建の見込は殆んどなく、しかも被控訴人自らも、その事情はどうであれ、離婚を求めているのであるから、ことここにいたつた責任は、主として控訴人にあるとはいえ、婚姻を継続し難い重大な事由あるものとして離婚を求める控訴人の本訴請求も、結局正当としてこれを認容すべきである。

六控訴人の右不貞行為及び悪意の遺棄が不法行為を構成し、右行為によつて、控訴人及び被控訴人の婚姻関係が破壊され、その結果離婚を招来した以上、控訴人は被控訴人がそのため被つた精神的損害を賠償すべきところ、控訴人が賠償すべき慰藉料の額は、当事者双方の経歴、資産収入、婚姻の期間、離婚の原因等、諸般の事情を考慮し、五〇〇万円をもつて相当とする。

よつて控訴人は被控訴人に対し、右慰藉料五〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五一年六月一五日から完済まで、民事法定利率年五分の遅延損害金を支払うべき義務がある。<以下、省略>

(渡辺一雄 田畑常彦 丹野益男)

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