東京高等裁判所 昭和49年(ネ)362号 判決 1978年1月31日
控訴人・附帯被控訴人(原告)
石川厖
ほか一名
被控訴人・附帯控訴人(被告)
高島博
ほか一名
主文
一 原判決中、控訴人石川厖に対する被控訴人高島佐智子の敗訴部分を取り消す。
右部分に関する同控訴人の請求を棄却する。
二 原判決中、控訴人石川和子に関する部分を次のとおり変更する。
被控訴人らは各自同控訴人に対し六六三〇円及びこれに対する昭和四八年一一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
同控訴人のその余の請求を棄却する。
三 控訴人らの控訴及び控訴人厖が当審において拡張した請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用のうち、控訴人石川厖と被控訴人らとの間に生じた部分は同控訴人の負担とし、控訴人石川和子と被控訴人らとの間に生じた部分はこれを一〇分し、その七を同控訴人、その余を被控訴人らの負担とする。
事実
控訴人ら代理人は、「原判決中、控訴人らの敗訴部分を取り消す。被控訴人らは連帯して、控訴人石川厖(以下「控訴人厖」という。)に対し四九万七〇七七円及びこれに対する昭和四八年一一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員、控訴人石川和子(以下「控訴人和子」という。)に対し一万一〇五〇円及びこれに対する昭和四八年一一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。被控訴人高島佐智子(以下「被控訴人佐智子」という。)は控訴人厖に対し三四万五一九八円及びこれに対する昭和四八年一一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人らは、控訴棄却の判決及び控訴人らの請求拡張部分につき請求棄却の判決並びに「原判決中、被控訴人らの敗訴部分を取り消す。控訴人らの請求を棄却する。」との判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加、訂正するほか、原判決事実摘示(但し、同判決四枚目裏四行目ないし五枚目表五行目、六枚目表八行目のうち「同四(原告厖の損害)の事実は不知」をいずれも削除し、三枚目裏四行目「右事故」の次に「(以下「本件事故」という。)」を加える。)と同一であるから、それをここに引用する。
(控訴人らの主張)
(一) 控訴人厖の損害
本件事故で破損した乙車の修理のため、控訴人厖は、一四万三一四〇円を支出した。
(二) 控訴人厖の訴外和田輝男に対する賠償額
控訴人厖はさきに同訴外人に対する損害賠償の内金として丙車(同訴外人所有)の修理費三五万円を含む六〇万五二一〇円を支払つたが、東京地方裁判所昭和四二年(ワ)第七四八六号損害賠償請求事件の判決により同訴外人の同控訴人に対する債権額は一四八万七〇七五円及びこれに対する昭和四二年八月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員と確定されたので、同控訴人は昭和四八年六月一一日同訴外人に対し右一四八万七〇七五円及びこれに対する右同日までの遅延損害金四四万三六七一円合計一九三万〇七四六円のうち一七〇万円を支払つた。なお、その際同控訴人は同訴外人から残額の支払義務の免除を受けると同時に、被控訴人らに対する同額の支払義務免除宣言を受けた。
(三) ところで、本件事故は控訴人厖、被控訴人佐智子両名の過失に基づく共同不法行為により生じたものであつて、両名の過失割合は、同控訴人が三、同被控訴人が七というべきである。したがつて、被控訴人らは、同控訴人に対する損害賠償として、前記乙車の修理費につき、右過失割合にしたがいその七割にあたる一〇万〇一九八円を支払う義務があり、また、共同不法行為者としての同控訴人に対する求償義務の履行として、前記訴外和田に対する賠償額につき、前記過失割合による負担部分としてその七割にあたる一六一万三六四七円を支払う義務があるものというべきところ、同控訴人は、自賠責保険金一〇万円を受領したほか、昭和四八年九月二七日被控訴人高島博(以下「被控訴人博」という。)から内金七〇万円の支払を受けたので、同控訴人が被控訴人らに請求しうる残額は九一万三八四五円である。
(四) よつて、控訴人厖は、被控訴人佐智子に対し九一万三八四五円、被控訴人博に対し五六万八六四七円(右九一万三八四五円から物損である乙車及び丙車の修理費合計額の七割にあたる三四万五一九八円を控除した金額)及び右各金員に対する「請求の拡張申立書」が被控訴人らに送達された日の翌日である昭和四八年一一月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払(五六万八六四七円については両名連帯)を求め、控訴人和子は、被控訴人らに対し、二万二一〇〇円及びこれに対する前記昭和四八年一一月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被控訴人らの主張)
(一) 控訴人らの主張(一)の事実は知らない。同(二)の事実のうち、控訴人厖が訴外和田に対し六〇万五二一〇円を支払つたことは知らないが、その余の事実は認める。同(三)の事実のうち、控訴人厖が自賠責保険金一〇万円を受領したこと、同控訴人が被控訴人博から七〇万円の支払の受けたことは認めるが、その余は争う。
(二) 被控訴人博が被控訴人佐智子の所為について民法第七一五条の責任を負うべきことを争う。また、被控訴人博は、本件事故について共同不法行為者ではないから、控訴人厖が訴外和田に弁済した金額について、民法第四四二条による求償を受けるいわれはない。
(証拠関係)〔略〕
理由
(本件事故の発生と責任原因)
いずれも原本の存在及び成立に争いのない乙第二号証、同第六号証の一ないし五、同第七・八号証、いずれも成立に争いのない甲第九号証、乙第一四・一五号証、同第一七ないし二二号証、原審における控訴人厖本人の供述(第一回)によりいずれも真正に成立したものと認められる甲第一ないし五号証、原審証人大川光夫・同平柳徳三郎・同石渡祐の各証言、原審及び当審における証人前原義二の各証言並びに控訴人厖(原審は第一・二回)・被控訴人博・同佐智子(原審は第一・二回)各本人の各供述(但し、甲第九号証、乙第二号証、同第八号証、同第一四号証、同第一八号証、証人前原義二の各証言及び被控訴人両名本人の各供述のうち、後記信用することのできない部分を除く。)を総合すれば、次の事実を認めることができる。
(一) 本件事故の現場は東京都杉並区方南二丁目四番九号先の幅員約二六メートル(片側三車線)コンクリート舗装の環状七号線車道上であるが、同所は、その中央部分において右七号線と直交する方南八幡陸橋と立体交差し、三車線のうち中央線寄りの二車線(いずれも幅員約三・二五メートル)が右陸橋下に入る構造になつており、本件事故(衝突)地点は右陸橋下に入るわずか手前のところである。
(二) 本件事故が発生した昭和四二年一月二九日午後七時一〇分ころ、右現場付近は、小雨が降つていて見通しが悪く、路面は濡れていて滑り易い状態にあり、交通量は多かつた。
(三) 控訴人厖は、助手席に妻の控訴人和子を同乗させて乙車を運転し、環状七号線を大田方面から板橋方面に向かつて時速四〇ないし五〇キロメートルで中央線寄りの第三車線を左側寄り一杯に走行し、本件事故現場付近にさしかかつたところ、左隣の第二車線のわずか前方を同方向に走行していた被控訴人佐智子の運転する甲車が、乙車の進路である第三車線にはみ出していたうえ、先行するトラツクが急ブレーキをかけたのに追従して、急ブレーキをかけたので、これに気づいた控訴人厖は、とつさに、甲車への追突を避けるために、急ブレーキをかけるとともに、ハンドルを右に切つたが、路面が濡れていたためタイヤがスリツプし、乙車は中央線を越えて対向車線へ斜めに進入した。折柄、対向車線の中央線寄りを南進してきた訴外和田運転の丙車は、乙車との衝突を避けることができず、乙車の左前部と丙車の右前部が衝突し、丙車は更に走行して前記第三車線の乙車の後方で急停止した訴外石渡祐運転の乗用車に衝突して停止した。
(四) 本件事故により、乙車は破壊され、同乗者の控訴人和子は二日間の通院治療及び約五日間の安静を要する前頭部打撲症の傷害を受けた。
前掲甲第九号証、乙第二号証、同第八号証、同第一四号証、同第一八号証、証人前原義二の各証言及び被控訴人両名本人の各係述のうち、右認定と抵触する部分は他の証拠関係に照らしてたやすく信用しがたい。
右認定事実によれば、本件事故は、被控訴人佐智子の運転する甲車が、自車の進行車線から乙車の進行車線にはみ出していたうえ、先行するトラツクが急ブレーキをかけたのに追従して急ブレーキをかけたことに超因するものということができる。そして、およそ、数箇の車線をもつて構成される道路上で自動車を運転する者は自車の進行車線内を進行し、自車が他の車線にはみ出さないよう注意する義務を負うものと解するのが相当であるから、同被控訴人は過失の責任を免れないものというべきである。しかしながら、他方、前記認定事実によれば、本件事故の現場付近は、片側三車線のうち中央線寄りの二車線だけが陸橋下に入る構造になつているため、北進車のうち陸橋下に入る車両が二車線に集中し、並進車の流れの変化が十分に予想されるばかりでなく、本件事故当時は交通量が多く、かつ、夜間で小雨が降つて見通しが悪かつたのであるから、北進車の運転者は前後左右を注視し、車両の流れの変化に即応して事故の発生を未然に防止すべく適切な運転操作をする義務があるものというべきところ、控訴人厖がかかる注意義務を尽くしていたことを認めるに足りる証拠はなく、しかも、同控訴人は、自車の進路上に甲車を発見するや、路面が滑り易い状態であつたにもかかわらず、とつさに急ブレーキをかけるとともにハンドルを右に切つたのであり、右急ブレーキ、急転把が同控訴人にとつて不可避ないしやむを得ない措置であつたとは証拠上認めがたいから、同控訴人も本件事故発生について過失の責任を免れないものというべきである。
かような次第で、被控訴人佐智子は、控訴人両名に対し不法行為者としての責任を免れないと同時に、訴外和田に対しては、控訴人厖とともに共同不法行為者としての責任を負担すべきものであるが、ただ、さきに説示したところにしたがつて被控訴人佐智子と控訴人厖の過失の内容を比較検討すると、その過失割合は、同被控訴人が三、同控訴人が七と認めるのが相当である。
控訴人らは、被控訴人博につき民法第七一五条及び自賠法第三条による責任を負うべきであると主張する。しかしながら、原本の存在及び成立に争いのない乙第八号証によれば、甲車は被控訴人博の所有であり、かつ、同人が自己のため運行の用に供していたものと推認されるが、同人が自己の事業のために被控訴人佐智子を使用し、同女がその事業の執行につき本件事故を惹起したことを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人博は自賠法第三条にいう自動車の運行供用者としての責任を負うべきであるにとどまるものといわなければならない。
(控訴人和子の損害)
前掲甲第一・二号証、原審における控訴人厖本人の供述(第一回)によれば、控訴人和子は自己の被つた前記傷害の治療費として二一〇〇円を支出したことが認められるところ、前記認定の本件事故に対する控訴人厖の過失割合からすると、控訴人和子が被控訴人らに対して請求しうる金額は六三〇円と認めるのが相当であり、また、前記認定の本件事故の態様、同控訴人の受傷の程度、控訴人厖の前記過失割合その他諸般の事情を考慮すると、控訴人和子が被控訴人らに対して請求しうる慰藉料額は六〇〇〇円とするのが相当である。
(控訴人厖の損害及び求償債権)
前掲甲第三ないし五号証、成立に争いのない甲第一〇・一一号証、原審(第一回)及び当審における控訴人厖本人の各供述によれば、同控訴人は、昭和四三年三月中に自己の乙車の修理費として一四万三一四〇円を支出したほか、訴外和田に対し同人の丙車の修理費三五万円を含む六〇万五二一〇円を支払つたことが認められ、また、東京地方裁判所昭和四二年(ワ)第七四八六号損害賠償請求事件の判決によつて同訴外人の同控訴人に対する債権額は一四八万七〇七五円及びこれに対する昭和四二年八月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員と確定されたこと、同控訴人は、昭和四八年六月一一日同訴外人に対して右一四八万七〇七五円及びこれに対する同日までの遅延損害金四四万三六七一円合計一九三万〇七四六円の内金一七〇万円を支払い、同訴外人から残額の支払義務の免除を受けると同時に被控訴人らに対する同額の支払義務免除宣言を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。
そうすると、同控訴人は、被控訴人佐智子に対し、乙車の修理費一四万三一四〇円について、前記過失割合にしたがい、その三割にあたる四万二九四二円の支払を求めうるものというべきであり、また、共同不法行為者の一人は、被害者に対して損害の賠償をした場合には、他の者に対してその者が本来負担すべき責任の割合に応じて求償権を有するものと解すべきであるから、控訴人厖は、共同不法行為者である被控訴人佐智子に対し、同控訴人が同訴外人に対して支払つた前記二三〇万五二一〇円については、前記過失割合による被控訴人佐智子の負担部分というべきその三割にあたる六九万一五六三円を求償しうるものといわなければならない。
以上により、同控訴人は同被控訴人に対し合計七三万四五〇五円の支払を求めうべきところ、同控訴人が、自賠責保険金一〇万円を受領したほか、被控訴人博から七〇万円の支払を受けたことは同控訴人の自認するところであるから、同控訴人は既に全額の支払を受けて余りがあるものというべきである。また、被控訴人博は、甲車の保有者であるから、被害者の被つた物損を除く損害の賠償について、被控訴人佐智子と同一の責任を負うものというべきである。したがつて、同控訴人は、被控訴人博に対し、同控訴人が訴外和田に弁済した二三〇万五二一〇円から物損である丙車の修理費三五万円を控除した一九五万五二一〇円について、同じく前記過失割合にしたがいその三割にあたる五八万六五六三円を求償しうるものというべきところ、同控訴人が八〇万円の支払を受けたことは前記のとおりであるから、既に全額の支払を受けて余りがあるものといわなければならない。
(結論)
控訴人厖の本訴請求はすべて理由がなく、原判決中、同控訴人に対する被控訴人佐智子の敗訴部分を取り消し、右部分に関する同控訴人の請求を棄却することとし、同控訴人の控訴及び当審における請求(請求拡張部分)はいずれも理由がないから、これを棄却することとする。
控訴人和子の本訴請求については、被控訴人らに対して各自六六三〇円及びこれに対する昭和四八年一一月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるが、その他の部分は理由がないから、原判決中被控訴人らに対し各自一万一〇五〇円及びこれに対する昭和四三年四月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を命じた部分を前記のとおり変更することとし、同控訴人の控訴は理由がないからこれを棄却することとする。なお、仮執行の宣言は不相当であるから、これを付さない。
よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第九六条、第八九条、第九二条、第九三条第一項本文を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 枡田文郎 齋藤次郎 山田忠治)