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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)435号 判決 1975年1月30日

控訴人 手塚工務店こと 手塚芳夫

右訴訟代理人弁護士 石原辰次郎

被控訴人 有限会社下野工業所

右訴訟代理人弁護士 山内堅史

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠関係は、左に付加するほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

控訴代理人は、本工事残代金一二〇万円について被控訴会社は昭和四五年八月中旬頃訴外宝子建設株式会社(以下訴外会社という)から、控訴人の承諾なく、直接訴外会社から請負った別途工事代金六〇万円と右一二〇万円の支払をうけるものとして額面金一八〇万円の約束手形の交付をうけたので、控訴人は訴外会社から本工事残代金一二〇万円は既に被控訴会社に支払ずみであるという理由で支払を拒絶され、被控訴会社からも右一二〇万円が入金された旨通知をうけ、右三者間の債権債務は決済されていたものである。かりに右主張が理由ないとしても、被控訴会社は元請である控訴人の地位を全く無視し、これを差しおいて訴外会社から直接本工事残代金を手形をもって受領して決済しておきながら右手形が不渡りとなるや一方的にこれが復活して残存していると称して、右のごとく支払ずみとして処理してから約一カ年を経過した昭和四六年七月二二日付請求内訳書(甲第六号証)をもって請求してきた。しかし当事者間で支払ずみであることを確認した表示行為を一方的に安易に撤回し、かつ控訴人に無断で訴外会社からうけとった約束手形が不渡になったからといってその損失を既に回復不能の時期になって控訴人に転嫁するのは自らの利益のため控訴人にかわってなした右の弁済受領の効力を否定して控訴人を詐害する背信的行為であって信義則に反し到底許容さるべきでない。訴外会社は昭和四五年末あるいは同四六年一月ごろに至り倒産して所在不明となったので、被控訴会社の前述のごとき行為がなければ控訴人は当時本工事残代金の弁済をうけられたにもかかわらず、これが全く不可能になった。このことは被控訴会社の責に帰すべき過失により債権者である控訴人の訴外会社に対する権利行使を妨げ本工事残代金の回収を不可能にして損害をこおむらせたものであり、控訴人は被控訴会社に対して右不法行為を理由として回収不能に陥らしめられた右本工事残代金一二〇万円相当の損害賠償を請求し得ることもちろんである。よって控訴人は被控訴人に対し右一二〇万円の損害賠償債権をもって昭和四九年六月六日の口頭弁論期日において対当額において相殺する旨の意思表示をしたと述べ、被控訴代理人は、控訴人の右主張を争う、注文者が倒産した場合に元請者が下請者に対する支払責任を免れるとするならば、うまく行ったら元請者がそのまま利益を収め、失敗したら下請者への支払を拒むという虫のよい結果となり、商業道徳に反する。本件の場合背信性をいうならば、むしろ非は控訴人側にこそあると述べ、立証として控訴人は当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、被控訴人は当審証人下野実の証言を援用した。

理由

被控訴会社は給排水衛生設備工事の施工を業とする会社であるところ、控訴人から昭和四五年三月一四日江の島シーサイドパレスマンシヨンの給排水衛生設備工事を、代金四二〇万円、その支払は出来高に応じ毎月末締めの翌月二〇日払の約定で請負い直ちに着工し同年七月一三日ころ右工事を完了したことは当事者間に争いがない。

一、被控訴人は、右工事の途中同年七月控訴人から右マンシヨンの量水器取付工事を代金二〇万円で、その支払は工事完了のときとの約定で追加請負い本工事完成と共に右追加工事も完了したうえ、引渡を了した旨主張するのに対し、控訴人は右追加工事は当然本工事のなかに含まれている旨抗争するので按ずるに<証拠>によれば、東京都の業者が都内で工事を施行する場合には量水器は都から無償で貸与される扱いになっていたところから本件マンシヨン所在地の藤沢市においても同様の扱いと考え、被控訴会社としては量水器は別途工事として見積書を控訴人に提出した結果、本工事について請負代金四二〇万円とする請負契約が成立した。しかし本工事着工後、藤沢市側からは量水器のうち水道本管に直結する親メーターの貸与はうけられるが、各戸別の子メーターについては貸与されないことが判明した。工事としては子メーターなしでも高架水槽から各戸の水栓につなぐという直結方式が可能であったが、それでは各戸別の水道使用量が測定できないという不便があるため被控訴会社から控訴人の方にその旨申入れたところ、見積を出してくれというので金二〇万円の見積書を提出したところ、控訴人から見積書が高いがやってくれといわれ、被控訴会社は右追加工事にとりかかり同七月一三日これを完成して、そのころ控訴人に通知したことを認めることができる。追加工事分が本工事のなかに当然含まれているという控訴人の主張は、控訴人が訴外会社に提出したという見積書(乙第三号証)によっても、量水器は支給品をもってあてられるとして見積金額のなかに含まれていないことから徴して明かに不合理であり採用できない。

叙上認定の事実を左右するに足る証拠はない。そうだとすると被控訴人の追加工事代金二〇万円の請求は理由がある。

二、つぎに本工事残代金一三〇万円の請求について判断する。

被控訴会社は本工事代金四二〇万円のうち残金一三〇万円について請求するのに対し、控訴人は右のうち金一二〇万円については、被控訴会社は訴外会社から約束手形(甲第五号証の一ないし三)を控訴人に無断で交付をうけ決済をすませたものである旨抗弁するので按ずるに、被控訴会社が右約束手形を本工事残代金のうち一二〇万円の支払のために訴外会社から受取ったが、訴外会社が昭和四五年末ごろ倒産し、右手形が不渡りとなった後になって右残代金を控訴人に請求するに至ったことは被控訴会社も争わないところであるけれども、<証拠>をあわせると、この点については次のとおり認めることができる。すなわち本件工事は控訴人が訴外会社から請負い、これをさらに被控訴会社に下請させたものである関係上、これまでにも訴外会社は控訴人に対する請負代金の支払のため自ら振出し又は他から取得し自ら裏書した約束手形を控訴人に交付し、控訴人からさらにこれを被控訴人に対する下請代金の支払のため交付し、その手形金の支払によってその金額相当の請負代金が訴外会社から控訴人に、控訴人から被控訴会社に順次支払われたこととしていたところ、右甲第五号証の約束手形(訴外富谷観光株式会社振出、金額一八〇万円、満期昭和四五年一二月二〇日)は昭和四五年八月五日ごろ訴外会社が右振出人から取得したものであったが、訴外会社はこれを当時本件工事に関連して被控訴会社に別途直接請負わせた雨排水設備工事、湯沸器等の取付工事代金六〇万円と、控訴人に請負わせた本件工事代金中の一二〇万円合計一八〇万円の支払のために被控訴会社に交付した。右金額のうち一二〇万円は本来控訴人に支払われ、控訴人から被控訴会社に支払われるべきものであったので、右交付にあたっては訴外会社の担当者宮崎英二において控訴人方に電話してその点につき了解を求めたところ、同人の妻が応待し、はじめは若干難色を示したが、結局従前同様の趣旨において右手形を訴外会社から被控訴会社に交付することを承諾した(控訴人の妻は控訴人方事務所にあってその事務を手伝っていたものであり、右の応待の仕方からみても右の程度の事務処理の権限は与えられていたものと推認する)。そこで被控訴会社はこれまでも訴外会社から控訴人を経由して取得した前記手形のうち二通ほどは控訴人の承諾をえて自ら同人の氏名を代書し三文判を押印して同人名義の裏書を代行したことがあったので、これについても控訴人に連絡した上同様の措置をとり、自己の裏書をして他に譲渡した。そのさい被控訴会社は訴外会社に対し六〇万円については領収書、一二〇万円については預り書を交付した。しかるに満期に右手形は不渡になったので、被控訴会社はこれを買戻し、次いで訴外会社も倒産したため右支払を受けることができず、結局右手形金額相当の代金(本件の分は一二〇万円)は、訴外会社から控訴人に対するものとしても、控訴人から被控訴会社に対するものとしても未決済のこととなった。そこで控訴人方事務所において控訴人と被控訴会社の担当者下野実、当時控訴人に頼まれて本件工事の現場監督をしていた丸田洋一の三名が話合った結果、控訴人は結局本件工事残代金を支払うことを承諾した。以上の事実を認めることができるのであって、この認定に反する原審及び当審における控訴人本人尋問の結果は採用できず、他に右認定を左右するに足る明確な証拠はない。もっとも成立に争いない甲第四号証の一によれば被控訴会社から訴外会社宛に工事終了通知書が発行されていることが明らかであるけれども、前顕証人丸田洋一の証言によればこの種の通知は現場の工事施行者から施主に宛てることが通例なされていることがうかがわれるから、この一事によって途中から本工事が訴外会社と被控訴会社間の直接請負関係に転換されたもの、従って前記甲第五号証の約束手形はその直接の支払のために交付されたものと認めることはできない。また被控訴会社が右手形を受取ったのち一二〇万円については控訴人から弁済を受けたものとして帳簿処理をし、その旨控訴人に通知しているからといって、この種の扱いは取引上通常の事例に属し、手形の支払の有無にかかわらず代金債務が消滅したことを意味するものではないと解されるからこのことから直ちに前記約束手形の交付が代金債務の支払にかえ代物弁済としてなされたものとすることはできない。

結局右事実によって考えれば右約束手形の交付は代金支払のためにしたものであるから、その交付によって直ちに債務消滅の効果をもつものでないのみならず、その支払のないこと前記のとおりである以上、これによって代金債務が消滅したものとすることはできないことは明らかである。この点の控訴人の主張は失当である。

三、本工事残代金のうち右一二〇万円以外の金一〇万円の弁済については、なんらその主張立証は存しない。

四、以上認定の事実によれば、本件約束手形が訴外会社から被控訴会社に対し交付されたことにつき控訴人はこれを結局諒承したものというべきであるから、これが控訴人に無断でなされたことを前提とする控訴人のその余の抗弁についてはこれを判断するまでもなく失当として採用できない。

五、したがって控訴人は被控訴会社に対し、本工事残代金一三〇万円と追加工事代金二〇万円合計金一五〇万円およびこれに対する弁済期である右各工事の完成された翌月である昭和四五年八月二〇日の翌日から商事法定利率年六分の遅延損害金を支払うべく、これと同旨の原判決は正当であり、本件控訴は理由がない。

よって民訴法九五条八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 浅沼武 判事 加藤宏 園部逸夫)

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