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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)591号 判決 1978年1月26日

控訴人 日本道路公団

右代表者総裁 前田光嘉

右指定代理人 島尻寛光

石田貞三

被控訴人 栖原俊子

<ほか四名>

右被控訴人五名訴訟代理人弁護士 大倉忠夫

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人栖原俊子に対し金一九九万五、四三三円、被控訴人栖原勝、同栖原律江、同栖原武、同栖原徹に対し各金六九万四、五〇八円及び右各金員に対する昭和四五年四月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人らその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じて二分し、その一を控訴人、その余を被控訴人らの各負担とする。

この判決は、第二項に限り、仮りに執行することができる。

事実

控訴人指定代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、左に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(主張関係)

一  控訴人指定代理人

(一)  本件事故は、訴外丸山徳臣の前方不注視ないし速度違反、ハンドルの不操作によって生じたものであるが、その雇主である被害者栖原美男も、本件事故車を営業のため右丸山に運転させ、自らもその後部座席に同乗していたのであるから、丸山の右のような運転につき、前方に対する注視を促し、速度を減ずるよう注意すべき義務があるのに、このような注意義務を欠いたのが本件事故の一因をなしている。従って、仮りに控訴人に損害賠償義務ありとするなら、損害額の算定に当り、右の過失を斟酌さるべきである。

(二)  なお、被控訴人らの予備的主張事実のうち、第三京浜道路を控訴人が管理している事実を認めるが、その余の事実を争う。

二  被控訴人ら訴訟代理人

(一)  控訴人の過失相殺の抗弁事実を争う。

(二)  予備的主張

(1) 控訴人は、本件事故が発生した第三京浜道路を管理し、一般自動車交通のため利用に供し、その対価として料金を徴収しているが、これは、とりもなをさず、右道路利用者と道路利用契約を締結するとともに、その者に対し自動車を安全に走行できるように道路を管理すべき契約上の義務(道路安全管理義務)を負うことを意味する。

(2) 被害者美男は、本件事故車を所有し、事故当時これを丸山徳臣に運転させこれに同乗して第三京浜道路を走行し、もって通常の用法に従って右道路を利用した。

(3) 訴外簗瀬和夫は、本件事故現場付近に落ちていたゴム紐を除去するため、制限速度八〇キロメートル毎時の第三京浜道路に立入ろうとしたが、当時本件事故車両及び訴外田久保八重子運転車両が接近していたのであるから、高速走行する右車両運転者の心理的動揺により、急転把など操作上の混乱を惹起しないよう、佇立して右車両の通過を待つなどの配慮をし、もって自動車事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに拘わらず、これを怠り、いきなり事故車両の前方を横断した過失により、高速走行中の右丸山に急転把を余儀なくさせ、その結果事故車両を転覆させて右美男を死亡するに至らせたものである。

(4) 右簗瀬は、前記のとおり路上に落ちていたゴム紐を拾うため本件事故現場付近に立入ったのであるから、同人が控訴人より道路清掃などを請負った訴外ハイウエイ開発株式会社の従業員であると否に拘わらず、控訴人の前記契約に基づく義務履行補助者に該当する。

従って、控訴人は、道路安全管理義務不履行として、民法第四一五条に基づく損害賠償義務がある。

(5) 被害者美男は、控訴人の債務不履行により、原判決事実摘示(請求原因第六項)のとおり金四九八万円の得べかりし利益を失ったほか、甚大な精神的苦痛を味ったが、右苦痛は金七〇〇万円をもって慰藉さるべきである。

(6) 右美男の妻である被控訴人俊子、子であるその余の被控訴人らは、美男の死亡により右損害賠償請求権を各相続分に応じて、すなわち被控訴人俊子は金三九九万三、三三三円、その余の被控訴人らは各金一九九万六、六六六円宛相続により承継取得した。

(7) よって、被控訴人らは、控訴人に対しそれぞれ右金員のうち請求の趣旨記載の金員の支払いを求める。

(証拠関係)《省略》

理由

当裁判所は、被控訴人らの請求は主文第二項の限度において正当として認容すべきも、その余は失当として棄却すべきものと判断するのであって、その理由は次のとおりである。

一  原判決理由中「被告の責任(二)」、「損害額」の項(原判決二六枚目裏六行目から同二八枚目裏一一行まで)を除き、同判決の説示(原判決一七枚目裏一行目から同二六枚目裏五行目まで)するところは、左に付加、訂正するほか、当裁判所の判断と同一であるから、これを引用する。

(一)  原判決二〇枚表一行目及び同裏一〇行目の「証人簗瀬」とあるを「原審及び当審証人簗瀬和夫」と各訂正する。

(二)  原判決二二枚目裏一一行目の「前顕乙第一八号証」とあるを「成立に争いのない乙第一五号証」と訂正する。

(三)  原判決二五枚目表八行目「まして」から同裏五行目までを次のように改める。

さらに、前顕乙第八号証、第一〇号証によると、待避車線に駐車した清掃車からゴム紐が落ちていた地点まで約八メートルの距離が存したこと及び右簗瀬が待避車線から馳け出してゴム紐の落ちていた地点に達するまで約二秒、右地点においてゴム紐を拾い上げ身体の向きを変え交通の状況を確認して清掃車に戻りかけるまでに約二秒、同所から清掃車後部に達するまで約四秒、さらに清掃車荷台にゴム紐を投げ入れて運転席ドアー付近に達するまで約三秒を要することが認められるから、この時間内に時速約九〇キロメートルで走行する本件事故車の走行距離から逆算してみると、右事故車は簗瀬が待避車線から馳け出した時点で約二七五メートル、ゴム紐を拾い上げて清掃車に戻りかけた時点で約一七五メートル離れていたことになるが、既に説示した(引用の原判決の説示)丸山徳臣、田久保八重子の行動の項の事実に徴すると、右簗瀬の行動に要したとする時間のみから、直ちに本件事故直前における事故車の位置を認定することに躊躇せざるを得ない。したがって、右乙号各証によって認められる事実から、前叙認定を左右することはできない。

(四)  原判決二六枚目表四行目の「共同」とあるを削除する。

二  次に、被控訴人らの民法第七一五条の使用者責任の主張について考えるに、右同条にいう使用者、被用者の関係は、雇傭契約に限らず、請負契約であっても、請負人が独立の地位を持つことなく注文者の指揮監督に服し、この点において被用者とほぼ同視しうる関係をも包含するものと解すべきところ、《証拠省略》を総合すると、ハイウエイ開発株式会社は昭和四一年ころ控訴人の管理する高速道路、一般有料道路の料金徴収、清掃、売店の経営などを目的として設立された会社であるが、同四四年六月二日控訴人から同月三日から同四五年三月三一日までの第三京浜道路、横浜新道の清掃を代金一、〇八八万八、三〇三円で請負ったこと、右契約によると、同会社は請負契約上の権利、義務を第三者に譲渡、承継及び清掃作業の全部または一部を第三者に委任、または請負わせることを禁止され、清掃を行なったときはその都度控訴人の検査を受けこれに合格した清掃回数に対する請負代金相当額の支払いを受けること、控訴人の監督員は一定の場合同社に対し必要と認める期間作業の全部または一部の中止及び再施工を命じ、作業前後の記録写真の撮影を指示することができること、清掃作業は、第三京浜道路は原則として昼間、横浜新道は夜間とし、いずれも監督員の指示した時間内に行ない、作業中の作業員の服装、作業車の回転灯の点灯について特に規制されているほか、作業車には縦四〇センチメートル、横一・一メートルの「清掃中日本道路公団」なる標示方法をとることが義務づけられていること、清掃には路面機械清掃、散水清掃及び簗瀬和夫が本件事故当時従事していた補助清掃の三つの作業があり、そのいずれにおいても作業区間、作業車の速度、作業頻度及び作業方法などが詳細に定められていること、作業はその種別毎の工程表をあらかじめ監督員に提出してその承認を得た後に行ない、補助清掃は監督員の指示によってすることが定められている事実を認めることができ、右の事実によれば、訴外会社は、作業時間、作業方法、作業結果など請負った作業の全般にわたって控訴人の指揮監督を受け、独立の地位を有する請負人というよりも、前記法条に、いわゆる被用者と認めるのが相当である。

そうして、簗瀬和夫が本件事故当時ハイウエイ開発株式会社の従業員であった事実は、原審及び当審証人簗瀬和夫の供述によって認めることができるから、右簗瀬の前記不法行為は、控訴人の事業の執行についてなされたものというべきであり、したがって、控訴人は、右不法行為によって生じた損害を賠償する義務ありといわなければならない。

三  進んで損害額の点について判断する。

(一)  逸失利益  《証拠省略》を総合すると、被害者美男は本件事故当時四一年の男子であって丸美塗装店なる名称のもとに丸山徳臣ら三名の従業員を使用し、一ヵ月金六万円の収入を挙げていた事実を認めることができる。《証拠判断省略》そうすると、本件事故がなかったなら、同人はなお二二年間稼働することが可能であったというべきであるから、その間右の割合による収入から被控訴人ら主張の生活費二分の一を控除し、民法所定年五分の割合による中間利息を月別に控除して本件不法行為当時における損害額を算定すると、金五三三万四、〇九九円となる。

(二)  相続  《証拠省略》によると、被控訴人俊子は右美男の妻、その余の被控訴人らはいずれもその子であることが認められるから、被控訴人らは、美男の死亡により同人の右損害賠償請求権を各相続分に応じて、すなわち被控訴人俊子は三分の一の金一七七万八、〇三三円、その余の被控訴人らは六分の一の各金八八万九、〇一六円宛承継取得したものというべきである。

(三)  葬儀費用  《証拠省略》を総合すると、被控訴人俊子は被害者美男の葬儀費用として香奠返しを除き合計金二一万二、八三三円の支出を余儀なくされた事実を認めることができる。

(四)  慰藉料  以上に認定した事実に諸般の事実を斟酌すると、本件事故による精神的苦痛は、被控訴人俊子において金二〇〇万円、その余の被控訴人らにおいて各金五〇万円をもって慰藉されるものと認めるのが相当である。

(五)  過失相殺  本件事故が丸山徳臣の過失に原因すること、右丸山が被害者美男の被用人であったことは、前叙認定のとおりであり、右美男がその所有する本件事故車を自己の営業のため右丸山に運転させていた事実は、《証拠省略》によって認めることができる。そうすると、被害者美男としては、右丸山に対し前方注視を促すとともに速度を減ずるよう注意すべき立場にあったのに、このような注意を欠いたのが本件事故の一因をなしたということができるし、これと右丸山の過失は、損害額の算定につき斟酌すべき被害者側の過失といえる。そこで、右過失を斟酌すると、被控訴人らの損害額は、以上合計額の各一〇分の五、すなわち被控訴人俊子において金一九九万五、四三三円、その余の被控訴人らにおいて各金六九万四、五〇八円の限度に止めるのが相当である。

以上の次第であるから、被控訴人らの控訴人に対する本訴請求は、予備的主張について判断するまでもなく、被控訴人俊子において金一九九万五、四三三円、その余の被控訴人らにおいて各金六九万四、五〇八円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四五年四月二日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度においては正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却を免れない。

よって、本件控訴は、一部理由があるから、原判決を右の限度で変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡本元夫 裁判官 鰍沢健三 長久保武)

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