大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)822号 判決 1976年2月26日

控訴人(高橋仙次郎承継人)

高橋とし

控訴人(高橋仙次郎承継人)

高橋四郎

控訴人(高橋仙次郎承継人)

高橋鞠子

右三名訴訟代理人

川本赳夫

被控訴人

本田吉弥

右訴訟代理人

箱崎丈助

外一名

被控訴人

三ツ矢林業株式会社

右代表者

関口栄

右訴訟代理人

大野正男

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一被控訴人本田の訴訟代理人の訴訟行為の効力に関する当裁判所の認定、判断は、原審のそれと同一であるから、原判決理由第一の記載をここに引用する。当審において取調べられた証拠によつても右認定、判断を左右するに足りない。

二次に、(イ)昭和三七年一二月二四日に控訴人主張のような本件和解契約が控訴人とその主張する六名の者との間で成立したこと、(ロ)右和解契約の相手方の一人である川崎興機株式会社が実体を喪失した会社であるから、右契約は不成立である旨の控訴人の主張の当否、および(ハ)右和解契約の相手方らが契約を履行する意思も能力もないのに控訴人ら先代のした仮処分を解放するためにのみ右和解契約を締結したものであるから、右契約は錯誤により無効である、そうでないとしても詐欺によるものであるから取消すとの控訴人の主張の当否、以上(イ)ないし(ハ)についての当裁判所の認定・判断は、原審のそれと同一であるから、原判決理由第二の一ないし三の記載をここに引用する。当審において取調べられた証拠によつても右認定・判断を左右するに足りない。

三そこで、次に控訴人の本件和解契約の解除の主張について判断する。およそ契約の解除は、その契約の相手方が数人であるときは、当事者間に反対の特約があるなど特段の事情のない限り、その数人の相手方の全員に対して解除の意思表示をしなければその効力を生ずるに由ないものである。しかしながら、このような形態の契約においても、相手方らが、実質的にはそれぞれ独立の債務を負担しており、従つて、個別的な契約によつても同一の目的を達することができると考えられ、たとい、全体としては一個の目的に奉仕する契約であり、そのために、相手方ら全員が相互に連帯して責任を負う旨の約定がおかれていても、すでに一部の者が、債務を履行している場合にあつては、未履行の債務者の責任のみを追求するために、これらの者のみに対して解除の意思表示をすることも妨げないと解すべきである。これを本件についてみるのに、前記引用にかかる原判決の認定によれば、本件和解契約の目的は、要するに、控訴人ら先代が、川崎興機に売渡し、その登記手続を了した本件土地の代金の回収を確保することにあるのであつて、このために、控訴人ら先代が、川崎興機、盛和機設、羽山、我妻、斉藤および被控訴人本田の六名を相手方とし、このうち、まず、羽山、我妻の両名には、同人らがそれぞれ本件土地に対して取得した根抵当権登記、所有権移転請求権保全仮登記を抹消する義務を負担させ、次に、本件土地の所有名義を盛和機設より被控訴人本田名義に移し、斉藤および被控訴人本田には本件土地を他に売却してその代金中より三二五〇万円を控訴人ら先代に交付する義務を負担させ、それを確実ならしめるため、川崎興機、盛和機設を含めた全員をして右金三二五〇万円の支払について相互に連帯して責任を負担させるとともに、若しこれらの契約に違背して和解契約が解除された場合、被控訴人本田は控訴人ら先代に対し本件土地の所有権移転登記手続をなすべきことを定めたものであることが明らかである。してみれば、右のうち羽山、我妻の各登記抹消の債務及び川崎興機と盛和機設が本件土地を被控訴人本田名義に移すことに応じる債務は、斉藤および被控訴人本田の債務とは別個独立のものであるということができるから、羽山らの債務が履行されて本件土地が被控訴人本田名義になつた場合に、斉藤ないしは被控訴人本田の債務の不履行の責任を追求するためには、あえて相手方六名全員に対して解除の意思表示を行なうことを要せず、少なくとも斉藤および被控訴人本田の両名に対する意思表示をすることをもつて足りるというべきである。ところで、本件和解の成立後まもなく羽山、我妻の各登記抹消の債務が履行され、ついで本件土地の所有名義が被控訴人本田名義に移されたことは、前記引用の原判決の認定のとおりである。

そこで、以上のような見地に立つて、本件解除の成否を調べてみるのに、<証拠>によれば、控訴人ら先代は、昭和三八年二月一一日付の内容証明郵便により、川崎興機、盛和機設、被控訴人本田の三名に対し、同人らが斉藤と連帯して本件土地を他に売却してその代金から三二五〇万円を控訴人ら先代に交付する債務を負つているのにも拘らず、本件土地につき昭和三八年一月二四日に武藤鈴一との間に地上権設定契約を結び、これが登記を経由したが、このような違反行為があつたときは、解除しうる旨の特約に基づいて本件和解契約を解除するとの意思表示をなし、右郵便はその頃それぞれの名宛人に到達した。また、同年六月二九日頃、浜田格治を通じて、口頭で斉藤に対し、同様に本件和解契約を解除する旨の意思表示をした。以上の事実を窺うことができる。

そして本件土地について、昭和三八年一月二四日付をもつて武藤鈴一のために地上権設定登記が経由されていることは<証拠>にてらして明らかである。しかして、被控訴人本田らが本件土地に武藤鈴一のため地上権設定登記を経由したことは、右和解契約の本旨にもとるものであり、信義則上容認しがたいというべきであるから、控訴人ら先代がした右解除の意思表示は、昭和三八年六月二九日にはその効力を生じたものということができる。

四ところで、日本森林が昭和三八年六月一三日、被控訴人本田から本件土地を買受け、ついで、被控訴人三ツ矢が同月一九日日本森林からこれを買受け、夫々その買受当日所有権取得登記手続を了したことは当事者間に争いがない。従つて和解契約の解除は被控訴人三ツ矢の本件土地取得登記後になされたことになるから、被控訴人三ツ矢の本件土地取得が有効である限り、右の解除によつて第三者たる被控訴人三ツ矢の権利を害しえないことは明らかである。

五よつて被控訴人三ツ矢の本件土地買受けは無効であるとする控訴人らの再抗弁について以下判断する。控訴人らは、控訴人ら先代が昭和三八年二月一一日、被控訴人本田を相手として本件土地につき処分禁止の仮処分決定を得て同月一二日にその旨登記を経由している。もつとも右登記は同年六月一二日に仮処分執行の取消決定によつて抹消されたが、右仮処分執行取消の手続は、片平幸夫弁護士が控訴人先代の委任状を偽造してしたものであるから右取消決定は無効であり、前記仮処分は現になお有効に存続しているから、被控訴人三ツ矢の本件土地の所有権の取得は控訴人らの先代、従つてまた控訴人らにも対抗しえないと主張する。そして、右仮処分がなされたことおよびその執行の取消がなされたことは、いずれも当事者間に争いがないが、片平幸夫弁護士が控訴人ら先代の委任状を偽造して右仮処分執行の取消手続をしたとの点は、この点に関する<証拠>は採用しがたく、他にこれを肯認するに足りる証拠はない。

控訴人らは、右主張が理由がないとしても(一)日本森林は、商号があるだけで、会社の実体がなく、法人格を認めることができないから、その売買契約は当事者を欠くものであつて無効である。よつて被控訴人三ツ矢は本件土地の所有権を取得しえない。(二)また、被控訴人本田と日本森林との間の売買契約は、心裡留保、もしくは通謀虚偽表示として無効である。(三)被控訴人本田は、日本森林が売買代金支払の意思および能力がないのにあると信じて売買契約を結んだものであるから要素の錯誤があつて無効であると主張する。

このうち(一)については、日本森林が実体がなく、法人格を認められないものであるとの事実を認めるに足りる証拠がないのみならず、一般に会社の法人格が否認されたからといつて、直ちに当事者が不存在となるのではなく、その会社の名において行動した実質的な権利の帰属者が取引の相手方としての責任を負担するものと解すべきであるから、この点においても控訴人ら右(一)の主張は採用できない。また(二)の点については、その主張のような心裡留保ないし通謀虚偽表示の成立を認めるに足りる証拠はない。また(三)について按ずるに、売買契約における買手の代金支払の意思及び能力、換言すれば信用及び資力は一般に契約の要素でないから、特段の事情がない限りこれについての錯誤は契約の要素についての錯誤とはいいがたい。本件についてこれを見るに、<証拠>によると、被控訴人本田は、訴外斉藤万太郎が日本森林との売買のお膳立てをし、控訴人ら先代高橋仙次郎も日本森林に売却することを了解したので、日本森林の信用資力を問題とすることなく、たやすく売買契約を結んだことが認められるので、かかる状況においては、日本森林の信用及び資力についての錯誤を以て、契約の要素の錯誤とは認めがたい。そればかりでなく<証拠>によると、同被控訴人は右の経緯から日本森林について全く調査することなく、また他人をして調査せしめ、その結果を検討することもなく、いとも簡単に売買契約を結んだことが認められるので、被控訴人本田が日本森林の信用資力について錯誤したとしても、同人に重大な過失があるといわざるを得ない。よつて控訴人らの右主張はいずれも失当である。

控訴人らは、最後に、かりに右主張がいずれも理由がなく、被控訴人三ツ矢が本件土地の所有権を取得したとしても、同人は背信的悪意の取得者であるから、その取得を控訴人らに対抗できないと主張する。

しかし、控訴人らがその根拠として指摘する和解契約の無効原因の存しないことは、さきに引用した原判決の認定する通りであるし、また被控訴人三ツ矢が日本森林との売買当時本件和解契約の解除原因ないし解除による失効を熟知していたとの点は、これを肯認するに足りる証拠がなく(なお、本件和解契約の解除の効果が法律的に発生したと認められるのは、昭和三八年六月二九日であつて、被控訴人三ツ矢と日本森林との間の売買契約の日である昭和三八年六月一九日よりも後のことである)、また、このことについて、被控訴人三ツ矢に重大な過失があつたと認めるに足りる証拠もない。このほか、控訴人らは、控訴人ら先代名義の偽造の委任状により、片平幸夫弁護士が本件土地についての仮処分取消決定を得たとの事実を前提とし、被控訴人三ツ矢がこの事実を知りながら本件土地の所有権移転登記を経由したから背信的悪意者であると主張するが、前記のとおり、委任状偽造の事実は認められないから、控訴人らの右主張はその前提において失当である。よつて、控訴人らの被控訴人三ツ矢が背信的悪意取得者であるとの主張もまた理由がない。

六以上のとおり、被控訴人三ツ矢は本件土地を有効に取得したものであるから、控訴人らの被控訴人三ツ矢に対する本件土地の所有権移転登記の抹消登記手続を求める請求は理由がない。従つて被控訴人本田に対し、和解契約が解除された場合の約定に基づく右土地の所有権移転登記を求める請求は結局履行不能であるから認容できず、予備的に所有権に基づき所有権移転登記の抹消登記手続を求める請求は、控訴人らに所有権がないからこれまた理由がないものというほかはない。よつて控訴人ら先代高橋仙次郎の被控訴人らに対する請求をすべて棄却した原判決は結局正当で本件控訴は理由がない。よつて本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(室伏壮一郎 小木曾競 深田源次)

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